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【小説:ショート読み切り】:BUGワールド - 出国ゲートの荷物(内部不正)

BUG(Brain Uplift Gem)は、脳内に埋め込むことで“思考そのもの”を拡張する次世代チップ。

脳の情報処理(演算・記憶補助・認知補正)を加速し、学習や判断、複雑なタスク処理を人間側の感覚のまま高速化。

さらに外部接続端子を介して一般のコンピューターやネットワークと直結でき、データ参照や解析、仮想空間での作業を「手を動かす前に終わらせる」ような体験へ変えます。

脳内に埋め込むための手術は、誰が言い出したのか「BUGを埋め込む」と呼ばれる。

BUGを埋め込んだ者は、思考と機械の境界を薄くしながら、現実と仮想を行き来して働く——それがBUGワールド

外部接続端子にケーブルを挿せば、脳はそのままネットワークに“入国”できます。

それでは今日も、BUGワールドにつなげてみましょう。


BUGワールドの敵は、外から来るとは限らない。
むしろ厄介なのは、内側にいる。

外敵なら、国境で止められる。
パスポートを疑い、ビザを照らし、影の揺れを見ればいい。

でも内側の敵は、最初から“通っている”。
制服も、笑顔も、名札も本物だ。
そして何より——僕らと同じように、国を守る言葉を知っている。


当直室でぬるいコーヒーを飲んでいると、出国監視のログがふっと跳ねた。

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夜間アウトバウンド:増加
種別:暗号化アーカイブ(大型)
発信:内部管理権限
宛先:監査関連(複数)
ーーーー+ーーーー+ーーーー+ーーーー

監査。
その単語が目に入った瞬間、胃のあたりが重くなった。

監査は本当に入る。明日だ。
その準備でデータをまとめること自体は不自然じゃない。
むしろ今夜、港が忙しいのは当然だ。

問題は、“複数”だ。

監査室は国内にある。
監査のための荷物は、国内便で十分なはずだった。

僕は端子カバーを外し、ケーブルを挿した。
現実の指先は冷たく、意識が沈んでいく。

視界が切り替わる。
仮想都市の夜が広がった。


出国ゲートは、港の霧の中にある。
貨物船が静かに待ち、クレーンが淡く光っている。
遠くでは入国ゲートの灯がまたたき、街は眠りながら働いている。

港の中央、貨物の列の前に——見慣れた人物がいた。

同僚だ。
入国審査官のひとり。僕より先にこの部署にいて、僕にやり方を教えてくれた先輩。

名前は——ここではミナトにしておく。

ミナトは白い手袋をはめ、貨物のラベルを一つずつ確かめていた。
荷物の外側には、きれいな封印がされている。

「夜勤ですか?」

僕が声をかけると、ミナトは振り返り、いつもの笑顔で言った。

「監査の準備。急に量が増えてさ」

監査。
この世界の万能語が、また出た。

僕は貨物の列を見た。
荷物は二種類に分かれていた。

ひとつは、はっきりと「監査室」。国内便の正規印。
もうひとつは——よく似た文字で「監査庫」。
ラベルの色も似ている。封印の形も似ている。

ただし、行き先が違う。

「監査庫?」

僕が呟くと、ミナトは肩をすくめた。

「外部保管庫。監査の補助だよ。向こうが指定してきた」

向こう。
その言い方が、すでに怪しい。

監査は“見る側”が強い。
指示は強くなる。例外も通りやすくなる。
だから監査は、不正が混ざる“余地”になる。

僕は一つの荷物に近づいた。
封印の糸が、ほんの少しだけ逆向きにねじれていた。

本物の封印は、ねじれない。
ねじれた封印は、一度開けられて、また閉じられた封印だ。

「……開けましたか?」

僕が言うと、ミナトは一瞬だけ瞬きをした。
それから、笑顔を保ったまま言う。

「気のせいだろ」

その声に、ほんの少しだけ“硬さ”があった。
嘘をつくときの硬さ。

僕はBUGに命じて、荷物の搬出経路を重ねて表示した。
「監査室」行きは、国内の監査棟へ。
「監査庫」行きは、国外の社外保管庫へ——霧の向こう、国境の外、雲の中へ。

「行き先が違いませんか?」

僕が言うと、ミナトは小さく息を吐いた。

「違うよ。違わない」

ミナトは白い手袋の指先でラベルを叩いた。

「監査室に運ぶのは本当だ。明日の監査に必要だから。
でも、監査員の一人がこれなくなったから、指定したURLにもデータを保存しろって。そう言われた」

「誰にですが?」

僕が訊くと、ミナトは笑ったまま目を伏せた。

「……この都市の管理者連中だよ」

一見、正しく聞こえる。
でも監査は社内で実施される。絶対に社外にデータを出すことはない。

そのことをミナトに伝えると、ミナトは続けた。

「逆らえば、俺の評価は下げられ、部署からも外される。
監査官しかできない俺がほかの部署に回されたら・・・俺は続けられない。」

僕はミナトの目を見る。
そこに疲れがあるのが分かった。
追い詰められているのかもしれない。
何かを握られているのかもしれない。

でも、荷物の中身は、会社の資産だ。

「上の指示とはいえ、荷物を盗むのは間違っています」

僕が言うと、ミナトは静かに言った。

「盗んでない。正規の通行証がある」

そう言って、ミナトは懐から“通行証”を出した。
管理権限の鍵。
正規の署名。正規の印章。正規の手続き。

つまり、内部不正の本質だ。

手続きは正しい。だから止めにくい。
しかも今回は、監査という“正しい理由”が本当に存在する。

僕は息を吸った。

「それは、あなたの通行証じゃない」

ミナトの眉がわずかに動く。

僕は続ける。

「あなたが持っているのは、通行証じゃない。
“通行証のふりをした免罪符”です」


ここで強行すれば、ミナトは敵になる。
捕まえることはできる。
でも職場は割れる。
僕の背中には、明日からナイフが刺さる。

……それでも止めるべきだ。

僕は出国ゲートの灯を上げた。
検問の光が霧を押し返し、貨物の列を照らし出す。

「臨時検問を発動。搬出荷物を再確認します」

ミナトが低く言う。

「やめろ。監査室の便まで止まる」

「止めます」

僕は正直に言った。

「止めないと混ざる。
混ざった荷物は、二度と戻りません」

霧の中で、クレーンが止まる。
船の影が揺れる。

貨物の列から怒号が上がる。

「監査が始まるんだぞ!」
「準備が間に合わない!」
「誰の判断だ!」

——本当に監査に必要な荷物もある。
だからこそ、痛い。

でも、痛みを避ければ、国が終わってしまう。
戻れない線を越える。

検問がラベルを一つずつ照らす。
すると「監査庫」行きの指示書だけ、宛先の表記が微妙に違っていた。

本物は「監査室」。
偽物は「監査“庫”」。

たった一文字。
でも、その一文字で国外へと持ち出される。

さらに、封印の糸のねじれが、複数見つかった。
開けられた荷物。
中身を見たのか、抜いたのか、複製したのか。

ミナトは笑って言った。

「よく気づくな。
だから嫌なんだ、君みたいなのは」

「嫌われるのも仕事です」

僕が言った瞬間、ミナトの目の奥に、何かが折れた。

「……君は守りたいんだな。
国じゃなくて、“清さ”を」

僕は首を振った。

「清さじゃない。
“戻れなくなる線”を超えないようにしたい」

漏れた個人情報は回収できない。
国は、もう同じ国ではなくなる。

ミナトは長い沈黙のあと、白い手袋を外した。
素手になった指が少し震えている。

「……俺は」

ミナトは言いかけて、止めた。
言葉にすると、全部が終わってしまう顔だった。

代わりに、通行証を検問台に置いた。

「これで止められるなら、止めてみろ」

僕は通行証を見た。
そして手を伸ばして——握り潰す代わりに、封筒へ入れた。

証拠として残すためだ。
罰するためだけじゃない。
次に同じことが起きないようにするために。


視界が重くなり、当直室の天井が戻ってきた。
端子を抜くと、喉の奥が痛かった。

翌朝、社内は静かにざわついた。

「監査準備が止まった」
「必要なデータが監査室に届いていない」
「誰がやった」

僕の名前はすぐに広がるだろう。
でも、広がっていい。

騒ぎの中、監査室から一本だけ連絡が来た。
声は短く、しかし疲れていた。

「荷物の一部が届いていません。今すぐ必要です」

僕は答えた。

「“一部”は止めました。混ざっていました。
監査室便だけでなく、監査庫便にもデータが送られようとしていましたので」

沈黙のあと、相手は小さく息を吸った。

「……やっぱり、ですか」

そして続けた。

「止めてくれて、ありがとう。
こちらも、気づいていたのに言えませんでした」

通話を切ったあと、僕は椅子にもたれた。
胸の奥の硬いものが、少しだけほどけた。

スマホに、ミナトからメッセージが届く。

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ありがとう、とは言わない
でも……止めてくれて、助かった
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短い。
それでも十分だった。

僕は返信する。

ーーーー+ーーーー+ーーーー+ーーーー
次は、監査庫への発送手続き前に呼んでください
いつでも力になります
ーーーー+ーーーー+ーーーー+ーーーー

送信して、画面を閉じた。

記録に残す。

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本日の脅威:内部不正(正規権限の悪用)
目的:厳重保管データ(個人情報)の国外搬出(監査便に混在)
手口:正規便(監査室)と不正便(監査庫)の二重搬出/封印の再封/宛先一文字改ざん
対応:出国検問の強化/搬出経路の固定/権限の分離と監査/例外処理の可視化
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最後に、ひとこと追記した。

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外敵は門を叩く
内敵は門を持っている
だから必要なのは、門番を疑う勇気だ
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そして僕は、今日もゲートに立つ。
外の旅人を疑うためじゃない。

内側の僕らが、迷わないために。

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