【映画雑談】4回目の『バケモノの子』──細田守と“学び”の映画について
※「バケモノの子」のネタバレを含みます
※この記事は、以下の会話をもとにAIが作成した記事です
今回は、久しぶりに『バケモノの子』を見返し、そこから広がった細田守論をまとめてみる。
見るたびに評価が動く、実に不思議な作品だ。
最初に結論を書いてしまうと、
『バケモノの子』は「嫌いではない作品」になった。
ただし「好き」と言い切れない理由も、はっきりある。
以下、その理由を整理していく。
■ 渋谷の白鯨の美しさ
まず、映像のクオリティは日本アニメでもトップクラスだと思う。
渋谷に出現する“白鯨”の場面は、何度見ても幻想的で絵画的。
細田守特有の左右の動線・色彩・テンポの良さが最も生きている。
そして物語の流れもテンポがよく、長い時間軸を軽やかに扱っている。
この技術的完成度には毎回感心する。
■ 熊徹と九太の“師弟の物語”としての強さ
前作『おおかみこども』では、誰も反省せず、親子が互いに影響し合っていない印象が強かった。
対して『バケモノの子』は明確に違う。
熊徹と九太は──
教える
学ぶ
反発する
反省する
また学ぶ
という双方向の成長が描かれていて、これは非常に良い。
クライマックスで“心の剣”を使う展開は、ある意味予想できたとはいえ、
やはり盛り上がる。
師弟一体の象徴表現としてよくできている。
■ とはいえ「わからないところは何回見てもわからない」
本当にこの作品は、構造的に謎が多い。
● 九太の家出の理由が弱い
親戚は悪人ではないし、むしろ名家っぽい。
それなのに突然家出する流れは説得力が薄い。
● 熊徹が九太を気に入る理由が薄い
毎回忘れるのだが、熊徹は渋谷で初めて九太を見て
「いい目してやがる」と声をかける。
だが、特に必然性は感じられない。
● 一郎彦が“人間にしか見えない”のに誰も気づかない
九太は一瞬でバレたのに?
ここは完全に脚本の都合。
● 渋天街の地理があまりにも曖昧
別世界なのか?
通路を通らないと行けないのか?
喧嘩して飛び出したら結構すぐ渋谷に戻れるのはなぜ?
世界観の距離感がシーンごとに変わるため、
九太の「戻る」「出る」の重さが曖昧になる。
● 楓の行動がときどき謎
刃物持った一郎彦が突っ込んできているのに、
なぜ九太の手を掴んで拘束するのか?
離したほうが普通だと思う。
そして投げ飛ばされてもタフすぎる。
■ 一郎彦の“闇”の描き方は良い
人間誰しも抱える嫉妬や劣等感の象徴として、
一郎彦の“闇”はよくできている。
自分は人間では?というアイデンティティの揺らぎ
その裏返しとして「正しいバケモノ」になろうとする
自由に愛される九太への嫉妬
父の期待の重圧
これらの積み重ねで暴走する流れは自然で、
猪王山がちゃんと反省するのも丁寧で良い。
ここは『おおかみこども』とは決定的に違う。
■ この作品の本当のテーマは「学ぶ」
作品を何回か見て強く感じるのは、
この映画のテーマは「学ぶ」ことそのものだということだ。
見様見真似で学ぶ
人に教わって学ぶ
自分で目標を掲げて学ぶ
間違えて学ぶ
反省して学ぶ
出会いから学ぶ
師弟がお互いに学び合う
ここまで“学ぶこと”を肯定的に描いたエンタメ作品は珍しい。
だからこそ、九太が熊徹の足運びを真似るシーンは、この映画の象徴であり、最も美しい場面だと思う。
■ 楓の設定だけが“細田病”で惜しい
惜しいのは、楓の背景が細田守特有の“良家の息苦しさ”に回収されてしまったこと。
本来なら──
勉強が好き
奨学金を取って海外に行きたい
世界を広げたい
くらいの動機で良かった。
そのほうが「学ぶ」テーマとも合うし、
九太が世界を広げるきっかけとして自然になる。
しかし、細田監督特有の
“息苦しい裕福な家”
家出したい
親子の溝
が入ってくると、どうしても表現が矮小化してしまう。
細田守はどうも「壊れた(または歪んだ)家庭」をロマン化する傾向がある。
これが、私の倫理観と合わない。
■ 細田作品ベストとワースト
完全に主観だが、今のところこうなる。
● ベスト:『時をかける少女』
原典があるため細田病が出ず、
アニメ化の意義が最大限に生きている。
● 中堅:『バケモノの子』
最初は嫌いだったが、複数回観て評価が上がった。
● ワースト確定:『おおかみこどもの雨と雪』
何回見ても嫌い。
5回見たが、やはりダメだった。
● 再評価の余地:『未来のミライ』
細田病が強い印象はあるが、1回しか見ていないので保留。
● 次の観賞予定:『竜とそばかすの姫』
金ローの録画が控えているので、こちらも近々観る予定。
■ まとめ
『バケモノの子』は──
映像は圧倒的に美しく
学ぶことを肯定する稀有な作品で
師弟の成長が丁寧に描かれ
何度も反省するキャラクターたちが魅力的
ただし世界観は曖昧で
細田病が要所に顔を出すため
「好き」とは言えないが「嫌いではない」という位置に落ち着く
そんな作品だと思う。
細田守は、天才性と癖の強さが同居する監督だ。
だからこそ、作品を複数回見ると印象が大きく変わるのだろう。
次は『竜とそばかすの姫』を観て、また同じように整理してみたい。

