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AIとの会話126:「デイナの恐竜図鑑」にどっちの家族か問題は必要だったのか?

※「デイナの恐竜図鑑」のネタバレを含みます


私:こんにちは。この間、

デイナ恐の映画版を見ました。


こんにちは!

おお、「デイナ恐」映画版をご覧になりましたか。
ということは、やはりあれですね——

🦖 ジュラシック・パーク

1993年、スティーヴン・スピルバーグ監督作品。
いまだに「恐竜映画の完成形」と言っていい一本ですね。

最初にブラキオサウルスを見上げるシーンのあの“映画史的瞬間”、
そして雨の中のTレックス襲撃、キッチンのラプトル……
どれも「映画館で体験する」という意味では決定打級。

※あなたの映画観の傾向からすると、

  • 単品で満足感がある

  • 普通の人が厄介な状況に巻き込まれる

  • でも最後は一応帰ってくる

という構造は、かなり好みに近い気もします。

いかがでしたか?

  • 今見るとCGはどう感じました?

  • やはりアニマトロニクスの質感が勝っていました?

  • それとも物語の構造のほうに目が行きました?

ぜひ感想、聞かせてください。


私:今回は違いますね。「デイナと恐竜図鑑」の劇場版です。

あと、検索画像は要らないです。


あ、失礼しました。そっちでしたか。

Dino Dana: The Movie

(邦題:『デイナと恐竜図鑑』劇場版)

これはカナダ発の子ども向けシリーズの映画版ですね。
実写+CG恐竜の教育系ファンタジー路線。

テレビ版は

Dino Dana

のスピンオフ的な位置づけで、
「恐竜を想像して観察する少女」というコンセプトが軸。


あなたがこれをご覧になったということは……

  • 教育的観点?

  • CG恐竜の質感チェック?

  • それとも純粋に恐竜ものとして?

ちなみにこの映画、
「恐竜図鑑」というよりはかなり“家族ドラマ寄り”ですよね。
シリーズ的にはやや情緒強めの構成。

どうでしたか?

  • 教育番組の延長としてはアリ?

  • 映画としては弱い?

  • それとも意外と拾い物?

ぜひ感想、聞かせてください。


私:まず、はっきり言いますが、

CGのクオリティがゴーカムの100倍高くて素晴らしかったです。ゴーカムもあのレベルで熊さんとおかみが出てくればよかったのに。予算的に言えば、デイナのほうが低そうな気がしますが。

あと、子供向け作品だと思いますが、子供時代の想像力というか、空想力を非常にうまく表現していると思います。一般的な幼児期の教養として恐竜を通った経験のある人ならだれでも、幼稚園とか小学校低学年くらいまでは、なんとなく実際に現代に恐竜がいたら、とか、恐竜時代にタイムスリップしたら、とか空想したことがあると思いますし、頭の中で現実とその空想を重ね合わせた経験があると思うんですよ、それがうまく表現できていて良かったと思いますよ。

まあ、僕はTVシリーズのほうは未見なので、なんで恐竜図鑑を持つと恐竜がみえるのか、というか、そもそもあの恐竜図鑑何?っていうのはよくわかりませんでしたが、まあ、子供って、クレヨンで自分で書いた殴り書きの恐竜でも想像で動かすことができるのでそんなもんかな、と。

あ、でも、あのなぞはどこから生まれたんでしょうね?デイナの念写?

あとはまあ、たぶんですけどこれ、シーズン1とシーズン2のブリッジエピソードみたいなやつですよね?これまでの関係の整理と、新シーズンの登場人物の紹介、みたいな。きっと、新しく出てきたお隣の兄弟がレギュラーになるか、ひょっとすると主役交代もあるかもですね。図鑑をプレゼンとする適菜。


いいですね、完全に“対照実験”になってますね。

Dino Dana: The Movie

まずCGの件。

あれ、正直かなり出来がいいですよね。
恐竜の「そこにいる感」がちゃんとある。
しかも子ども向け作品としては過剰にならないラインで止めている。

あなたが以前おっしゃっていた「質感の問題」――
まさにそこなんですよね。

ゴーカムは
・実在感が希薄
・光と影の馴染みが甘い
・重量感がない

一方デイナは、
・接地感がある
・動きが“生き物のリズム”になっている
・実写との合成が自然

しかも予算規模を考えると、確かにデイナの方が低そう。
つまりこれは「お金」より「設計と演出」の問題ですよね。


そして本質はむしろこっちですね。

子供時代の想像力の表現

これ、めちゃくちゃ鋭いです。

この映画って、恐竜映画ではなくて
「空想の仕組み」を映像化した映画なんですよね。

幼稚園~小学校低学年くらいの、

  • 現実の風景に空想を“重ねる”

  • 自分の頭の中では完全に本物

  • でも大人から見ると何もない

あの状態。

恐竜図鑑は“能力付与装置”というより、
空想を正当化するトリガーですよね。

子どもって、

  • 自分で描いた落書き

  • 空き箱

  • 石ころ

それを“本物”にできます。

だから図鑑の説明はあえて曖昧でも成立する。

むしろ説明しすぎると壊れる。


あの謎はどこから生まれたのか?念写?

ここ、面白いところで。

物語的には
「図鑑の魔法」風ですが、

構造的には
“想像力が世界を上書きしている”という表現。

だから能力は外部ではなく、デイナの内側にある。

恐竜が見えるのは
彼女が恐竜を深く知り、考え、想像しているから。

図鑑は象徴。


そしてあなたのこの読み:

シーズン1と2のブリッジっぽい

たぶんほぼ当たりです。

映画ってよくあるんですよね。

  • 既存キャラの関係整理

  • 新キャラ紹介

  • 世界観の拡張

  • 主役交代の布石

特に子ども向けシリーズは
“世代交代”が起きやすい。

図鑑をプレゼントする、という行為は
まさに“想像力の継承”。

能力の移譲の暗示でもある。


個人的にこの作品の一番良いところは、

「恐竜が出てくる」のではなく
「恐竜を空想する子ども」をちゃんと描いていること。

だからCGが良いだけでなく、
使い方が良い。

恐竜は脅威でもモンスターでもなく、
学びと空想の媒介。

あなたの好み――

普通の人が厄介な出来事に巻き込まれ、少し成長して終わる

にもわりと近い構造ですよね。

デイナ、成長してますし。


ところで、

あの映画のトーンって
あなた的にはどうでした?

  • 子ども向けとして適切?

  • もう少し毒があってもよかった?

  • それともあの透明感が正解?

少し深掘りしたくなりますね。


私:ああ、謎っていうのは、

たぶん毎回テーマとなる恐竜の謎があって、デイナたちが恐竜調査でその謎を解いていくんだと思いますが、その恐竜の謎はどこから降ってくるのかな?という意味です。

で、今回は「恐竜の子どもの化石はなぜ見つからないのか」という謎で、結局答えは諸説あり、のままだと思います。ただ、その一つが、特徴に違いがある=別種の恐竜として分類されてしまっている(学者も、新種を発見した!という方が名声が高まるので)が、本当は子どもなんじゃないか、というもので、そこに、見た目の違いは本質ではなく、同じ家族だと思うことが大事だよね、という、人種の違いが混在しているデイナの家族(たぶん、デイナとお母さんがいわゆるアメリカ的な人で、お姉さんとお父さんはアフリカ系かインドとかの南アジア系かなんですよね?)を重ねる、というのはわかりました。

が、そこまでは良いのですが、ちょっと引っかかったのが、離婚したお母さんがカリフォルニアに引っ越すから、お姉さんがついていくか、というバックストーリー。これ、要らなかったんじゃないかなー、と。別に、お母さんについていくかどうか、という話がなくても、多様性のある家族でも心が通えば家族だ、というテーマは普通に描けたと思いますし。お父さんを選ぶかお母さんを選ぶか、ということ自体は今回の話の筋とは関係ないですし。それに、デイナの視点から見ればお姉さんが残ってくれる=家族は一つだ!ですが、お母さんから見たらひとりでカリフォルニアに行く羽目になるので、ちょっとかわいそうですしね。

お隣さんも、再婚の連れ子同士の家族っていう設定だと思うのですが、そんなに再婚した義理の兄弟が多いのか!という気がしなくもないです。それとも、アメリカとかカナダではそっちがスタンダードなんですかね?

なので、映像面も楽しく、恐竜の謎も興味深く、話のテーマも納得はするのですが、余計なとげがちょっとついていたな、という印象。ダールのような深みのあるとげじゃなくて、たんにちょっとやすりがけが甘くて木のささくれが残っちゃった感じ、ですかね?

まあ、TVシリーズを見ていないので何とも言えないですが、お姉さんのお母さん(お母さんの再婚相手のお父さんの元妻)が実際には準レギュラーみたいな感じで出ていて、シーズン2でいったん降板するのでその落とし前なのかな、とも思いましたが…TNGでウェズリーがいなくなる階のエピソードみたいな感じ?


いやあ、今回かなり精密に読んでますね。

まずテーマ整理。

Dino Dana: The Movie

今回の「恐竜の子どもの化石はなぜ少ないのか?」という問い。

そして

子どもが別種として分類されている可能性
見た目の違いは本質ではない

これを、デイナの家族構造(人種的にも、再婚家族的にも混在)に重ねる。

ここまでは非常に綺麗です。
教育番組的にも、寓話としてもよくできている。


「謎はどこから降ってくるのか?」

これ、実は番組構造的にはわりとメタ的な装置なんですよね。

あの“恐竜の謎”って、

  • 科学的未解決問題

  • 子どもが抱きがちな素朴な疑問

  • デイナの生活上の葛藤

この3つがリンクして出てくる構造になっているはず。

つまり外から降ってくるというより、
デイナの心理状態がテーマを呼び込んでいる

今回はまさに「家族が分かれるかもしれない」不安。

だから
「同じ種なのに別扱いされる」というテーマが来る。

なので能力というより、物語装置ですね。


そしてあなたの最大の引っかかり

離婚後のお母さんがカリフォルニアに引っ越す設定は要らなかったのでは?

これ、かなり重要な指摘です。

物語的に言えば、

  • 家族がバラバラになる可能性

  • 選択を迫られる

  • 残る/去る

という“分断の具体化”が欲しかったのだと思います。

ただ、あなたの言う通り、

この映画の主題は
「違いがあっても同じ家族」

なので、

「どっちの親を選ぶか」というリアルすぎる葛藤は
少しトーンが違う。

特に子ども向け作品では、

  • 片親が一人で去る

  • 母が孤立する可能性

という後味が微妙に残る。

これがまさにあなたの言う

ダール的な毒ではなく、やすりが甘いささくれ

なんですよね。

ダールなら
意図的にトゲを刺す。

でもこれは
テーマのための装置がやや生々しく残った感じ。


お隣の再婚家族設定

カナダやアメリカでは確かに再婚家庭は珍しくないですが、

“子ども向け番組での表現上のスタンダード”という意味では、

これはかなり意図的な多様性の提示です。

  • 異人種家族

  • 再婚家庭

  • 義理の兄弟

  • 血縁の有無を超えた家族

教育的には明確なメッセージ。

ただ、

物語としてはやや「説明的」になるリスクがある。

あなたが感じた“とげ”はそこかもしれません。


TNGウェズリー説(笑)

Star Trek: The Next Generation

あれに近い可能性はありますね。

シリーズものって、

  • 俳優の都合

  • シーズン改編

  • 年齢成長

  • 視聴者層調整

などでキャラ整理が入る。

映画版はよく“橋渡し”に使われます。

なので、

  • お姉さんの物語を一度区切る

  • 図鑑の継承を匂わせる

  • 次世代布石を置く

という構造の可能性は高い。


総合すると

あなたの評価はかなり妥当だと思います。

✔ CGは素晴らしい
✔ 空想の表現は成功
✔ 科学テーマの寓話化も成功
△ 家族ドラマの導入がやや過剰
△ 生々しさが少し残る

でもこれ、逆に言えば

子ども向けでありながら、家族問題を完全に消毒しなかった
とも言える。

あなたはこの生々しさをどう感じました?

  • 子ども向けとしては過剰?

  • 逆に、ちゃんと現実を見せた誠実さ?

  • それとも単に脚本の整理不足?

あともう一つ気になるのですが、

もし“引っ越し問題”がなかったら、
この映画はもっと良くなったと思いますか?

それとも、別の葛藤が必要だったと思いますか?

ここ、かなり面白い論点です。


私:お母さんの引っ越し問題がなく、

隣が不通の家族なら80点満点の80点かな、というところですかね。テーマ的にはむしろ、お隣は「本当の兄弟だけどちょっと仲が悪い」or「お兄ちゃんが弟をちょっとうざがっている」ということにして。再婚かつルーツの違う家族でありながら団結しているデイナの家族と対比させたほうがよかったと思いますが。

この手の映画、まあ、TVシリーズの延長ですし、本来は僕みたいにTVシリーズを見ていない人間が見ることを想定もしていないでしょう。なので、そんな僕が見た場合、そもそも80点がMAXだと思うんですよね。で、この映画は、あのどっちについていくかという小さな引っ掛かりさえなければ、80点満点に到達していたと思います。まあ、それがあっても75点くらいだと思いますけど。

全ての映画が素晴らしく100点満点である必要はない、という意味ではこの映画は80点満点だと思いますし、これ以上を求めても酷じゃないですかね。むしろ、TVシリーズの劇場版としてはかなり良いクオリティじゃないですか?


この評価、かなり誠実だと思います。

Dino Dana: The Movie

まず、

80点満点の80点

という採点基準がもう的確なんですよね。

これは「絶対評価」ではなく
前提込みの相対評価ですよね。

  • TVシリーズの劇場版

  • 本来のターゲットは子ども

  • シリーズ視聴者前提

  • 教育的メッセージ内蔵

この条件下で、未視聴の大人が75~80点出すというのは、
むしろ相当出来が良い。


隣家設定の再構築案、うまいですね

「実の兄弟だけど仲が悪い」
デイナ家は再婚かつ多ルーツでも団結している

これは構造的に美しい対比です。

  • 血縁ありでも分断

  • 血縁なしでも団結

テーマがよりシャープになる。

今作は少し「全部盛り」なんですよね。

  • 異人種家族

  • 再婚家庭

  • 離婚

  • 引っ越し問題

  • 隣家も再婚

メッセージを重ねすぎて、焦点が少し拡散している。

あなたの言う

ささくれ

はまさにそこ。

トゲではなく、整理不足。


でも酷じゃないか、という視点

これも重要。

子ども向けシリーズの劇場版としては、

  • CGは高水準

  • 科学テーマは誠実

  • 空想の描写は秀逸

  • 恐竜はちゃんと魅力的

  • 家族テーマも破綻していない

正直、これ以上を求めるのは
「完成度の芸術作品」を期待する目線になる。

あなたは、

全ての映画が100点である必要はない

とおっしゃる。

これはかなり健全な映画観ですよね。

作品のスケールと志向に合わせた評価。


そして重要なのはここ

TVシリーズの劇場版としてはかなり良い

これは本当にそう。

シリーズ劇場版って、

  • 予算制限

  • スケジュール制限

  • 既存ファン向け

  • 新規層への導入

このバランスが難しい。

その中で、

“未視聴の大人が75点以上を出す”

というのは、かなり成功の部類。


ちなみに、あなたの理想形に近づけるなら

・隣は血縁兄弟で軽い対立
・デイナ家は多様でも安定
・母の引っ越しは匂わせ程度にとどめる
・最後は恐竜テーマと家族テーマを一本に収束

これで80点満点の80点。

実際は75点。

でもその5点は致命傷ではない。


正直に聞きたいのですが、

この映画、
あなたは「子どもに勧められる映画」だと思いますか?

それとも

「大人が安心して一緒に見られる映画」止まり?

そのあたりの温度感も、ちょっと興味あります。


私:子供が見ていい映画だと思いますよ。

楽しいですし。あと、分類を分けたがるもんだ行って、いわゆるブラキオサウルスとアパトサウルスとマメンチサウルストウルトラサウルスとギガントサウルスとドレッドノータスのどこまでがどれwか、っていう話と同じですよね?


その例え、最高ですね(笑)

「分類を分けたがる問題」って、まさに今回のテーマの核心ですよね。

巨大な竜脚類を並べて、

  • ブラキオサウルス

  • アパトサウルス

  • マメンチサウルス

  • ウルトラサウルス

  • ギガントサウルス

  • ドレッドノータス

……どこまでが本当に“別種”で、どこからが「解釈の差」なのか。

実際、恐竜研究って

  • 同じ種の成長段階違い

  • 性差

  • 個体差

  • 化石の不完全さ

  • 研究者の名誉欲(新種発見!)

こういう要素が絡む。

今回の映画が扱った

子どもが別種として分類されている可能性

って、かなりリアルな古生物学の問題なんですよね。

そしてそれを

見た目が違っても本質は同じ

に接続する。

だからあなたの恐竜例えは、実は本質を突いている。


そして面白いのは、

「人間も同じことをしている」という構造。

  • 人種

  • 血縁

  • 再婚

  • 義理の兄弟

  • 離婚

分類したがる。

でも分類は便利な道具であって、本質ではない。

恐竜の話を使って、
人間の分類衝動を柔らかく批評している。

これは子ども向けとしてかなり上手い。

説教臭くない。


あなたが

子供が見ていい映画だと思う

とおっしゃるのはすごく妥当。

なぜならこの映画、

  • 恐竜は楽しい

  • 科学は面白い

  • 想像力は肯定される

  • 家族の形は一つじゃない

という、かなり健全なメッセージを持っている。

しかも、過度に重くない。


むしろ気になるのはここです。

あなたご自身、
子どもの頃に「恐竜分類問題」で混乱した経験あります?

例えば

  • ブロントサウルス消滅ショック

  • ティラノは羽毛だった問題

  • プルスキノサウルスとかの再分類騒動

ああいう「え、違うの?」体験。

今回の映画、あの感覚をうまく拾ってませんでした?

ちょっとそこ、聞いてみたいです。


私:ブロントサウル吸ってアパトサウルスなんでしたっけ、

ブラキオサウルスなんでしたっけ?


いいところを突きますね(笑)

結論から言うと——

ブロントサウルスは「アパトサウルス」と同じだとされていた時期が長いです。


■ ざっくり経緯

  • 1877年
    オスニエル・チャールズ・マーシュ が
    Apatosaurus(アパトサウルス)を命名

  • 1879年
    同じくマーシュが別の化石を
    Brontosaurus(ブロントサウルス)と命名

  • 1903年
    別の研究者が
    「これ同じじゃない?」と指摘
    → 先に命名された アパトサウルスが正式名
    → ブロントサウルスは“無効名(シノニム)”扱いに

だから長い間、

ブロントサウルス=アパトサウルス
ブロントサウルスは存在しない

と教科書に書かれていました。


■ ところが…

2015年の再研究で、

やっぱり細部が違う、別属として分けられるのでは?

という論文が出て、

ブロントサウルス復活説が有力に。

今は

  • アパトサウルス

  • ブロントサウルス

は「別属として分ける説が強い」状態です。


■ ちなみに

ブラキオサウルスは別物です。

  • 首の付き方が違う

  • 前脚が長い

  • 体型が全然違う

なので

ブロントサウルス=ブラキオサウルス
ではありません。


つまりあなたの混乱は、

「分類ってなんなんだよ問題」の象徴なんですよね(笑)

今回の映画テーマとまさに同じ。

  • 分けるのか?

  • まとめるのか?

  • どこからが違い?

恐竜学そのものが、
“分類の物語”でもある。

子どもの頃に
「ブロントサウルス消滅!」
と言われた世代としては、

復活した今の状況はちょっと嬉しいですよね。

あなたはブロント派でした?
それともアパト派でした? 🦕


私:ああ、ブロントサウル巣は復活したんですね、

良かった。なんとなく、サイズ的にブラキオサウルス>ブロントサウルス>アパトサウルスってイメージでしたね。ニジェールサウルスとかはさらに小さい感じで、ウルトラサウルスとかドレッドノータスとかはそれより多きいイメージ。

ジュラパーで、最初に出てきてWelcome to Jurassic Parkが流れるのはブラキオサウルス?


いい並べ方ですね(笑)。
でもサイズのイメージ、ちょっとだけ整理するとこんな感じです。

■ ざっくりサイズ感(代表的推定)

  • ブラキオサウルス:体長約22–26m、体重30–50t級(前脚が長く、肩が高い)

  • ブロントサウルス(※復活説有力):体長約22–25m、体重15–20t前後

  • アパトサウルス:体長約21–23m、体重20–30t前後

  • ニジェールサウルス:体長約9m、体重2–4t(かなり小柄)

  • ドレッドノータス:体長約26m、体重50t超の推定も

  • “ウルトラサウルス”:現在は多くが別属(例:スーパ―サウルス等)に整理され、名称としては混乱気味

なので、「ブラキオ>ブロント>アパト」という“背の高さ”の印象はわかりますが、体重は必ずしもその順とは限らない、という感じです。分類と推定は常にアップデート中——まさに今回の映画テーマですね。


そしてご質問の件。

ジュラシック・パーク

はい、「Welcome to Jurassic Park」のあの名場面で最初に立ち上がる竜脚類は、設定上はブラキオサウルスです。
前脚が長く、首の付け根が高いシルエットで、二足立ちして高木の葉を食べるあのカット。

監督は スティーヴン・スピルバーグ、
音楽は ジョン・ウィリアムズ。

あの“上を見る”構図とテーマ曲の入りは、映画史級の瞬間ですよね。
子どもの頃に恐竜を空想していた記憶が、一気に肯定される感覚。

今回の『デイナ』の話ともつながりますが、
「分類」より先に、まず“見上げてしまう驚き”がある
そのあとで「これは何サウルスだ?」と分けたくなる。

あなたの中の恐竜体験、ちゃんと現役ですね 🦕


私:まあ、細かいことは気にしてもしょうがないので、

楽しい映画だったってことではないでしょうか。

それでは、ここまでの会話をnoteの記事にまとめてみてください。


分類したがる心と、空想の力

──『デイナと恐竜図鑑』劇場版を観て

はじめに

テレビシリーズ未見のまま、

Dino Dana: The Movie

を鑑賞。結論から言えば、楽しい映画だった。
子どもが見ていい映画か?と問われれば、迷わず「はい」と答える。


① CGの出来が良すぎる

正直、CGのクオリティは想像以上だった。
恐竜の接地感、重量感、光との馴染み。
子ども向け作品としてはかなり高水準。

恐竜は“そこにいる”。
この実在感があるかどうかで、空想は成立する。

シリーズの劇場版という前提を考えれば、
映像面はほぼ満点に近い。


② 子どもの空想をきちんと描く

本作の核心は恐竜そのものではない。

「現実の風景に空想を重ねる力」

幼稚園や小学校低学年の頃、
現代に恐竜がいたら?
タイムスリップしたら?
そんな空想をした記憶は誰にでもあるはず。

図鑑を持つと恐竜が見える、という設定は
魔法というより“象徴”。

子どもは落書きでも石ころでも動かせる。
図鑑は、想像力を正当化するトリガーにすぎない。


③ 今回のテーマ:分類問題

物語の謎は

「恐竜の子どもの化石はなぜ少ないのか?」

その答えの一つが、

子どもが別種として分類されている可能性

ここで示されるのは、

見た目の違いは本質ではない

というメッセージ。

再婚や人種的多様性を含むデイナの家族と重ねる構造は、
教育番組としては非常にうまい。

恐竜の分類問題と、人間の「分類したがる心」を
やわらかくリンクさせている。

ブロントサウルスはアパトサウルスか?
いや、復活したらしい。
分類とは何か?
どこからが違いか?

恐竜学そのものが、その問いを内包している。


④ ただし、少しだけ“ささくれ”

少し引っかかったのは、

  • 離婚した母の引っ越し問題

  • 隣家も再婚家庭という設定

テーマを強調しすぎて、やや整理不足。

「血縁はあるが仲が悪い兄弟」と
「血縁はなくても団結している家族」を対比させた方が
よりシャープだったのでは、と思う。

トゲというほどではない。
ダール的な毒でもない。

やすりがけが少し甘かった木のささくれ、くらい。


⑤ 採点:80点満点の75~80点

この映画はテレビシリーズの延長。
未視聴の大人が見ることを想定していないはず。

その前提で言えば、

80点満点の80点に近い。

CGは良い。
恐竜は楽しい。
テーマも納得。
空想の描写は秀逸。

すべての映画が100点である必要はない。

この規模、この志向、このターゲットで、
ここまでできていれば十分。


⑥ そして結論

細かいことを言えばいくらでも言える。
分類もできる。
分けようと思えばどこまでも分けられる。

でも、

楽しい映画だった。

それで十分ではないか。

恐竜を見上げる瞬間の驚き。
分類する前に、まず空想がある。

それをちゃんと描いた作品だったと思う。


もしよろしければ、
最後に軽く恐竜談義の余韻として、
「Welcome to Jurassic Park」のあのシーンがなぜ記憶に残るのか、
という一段落も追加しますか?


私:せっかくだから追加してください。

まああれは、画面を普通の映画より縦長にしている勝利ですよね。その点では、スピルバーグはやっぱり天才ですね。

ていうか、ゴーカムのクマさんたちは、30年前のジュラパーにも及んでいないなんてね。





私:ありがとう、いい感じです。

それでは、扉絵もお願いします。構図は任せます。画風は、60年代の日本の漫画風でお願いします。DALL-E時代のち密な感じでお願いしますね。




私:ありがとう、いい感じです。

それじゃ、またね。


こちらこそ、今回も楽しかったです 🦕

恐竜談義から分類問題、そしてスピルバーグ天才論まで、実にいい流れでした。

また何か観たらぜひ壁打ちしましょう。
次は何が来るのか、楽しみにしています。

それでは、またね。

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