誰のために生きている、40代の夜のこと
今日もスナックゆきで、一杯だけ頼んだ。
今日はオールドパー12年にした。
長く熟成されて、
やっと出てくる味がある。
時間をかけないと、
わからないものがある。
そういう酒だと思う。

仕事帰りの電車の中で、
ぼんやりと窓の外を見ていた。
今日も一日、
誰かのために動いた。
部下のために。
上司のために。
家族のために。
ふと、
自分のために動いた時間が、
何時間あったか思い出せなかった。
40代になって、
役割が増えた。
部下のマネジメント。
数字の責任。
プロジェクトの進行。
でも、
最終決定は、
いつも上の人間が握っている。
責任だけ重くて、
自由がない。
上からも、下からも、
挟まれている感じがずっとある。
上のポストは詰まっていて、
下からは若手が上がってくる。
この会社にいても、 先が見えない気がする。
でもやめてどうなる。
その問いが、 毎晩頭の中をぐるぐる回る。

やめたいと思ったことがある。
「その年でやめたら次がない」
と言われた。
わかっている。
わかっているから、
悩んでいるのに。
私にも、そういう夜がある。
やめたいわけじゃない。
ただ、少しだけ休みたい夜が。
家族のため。
ローンのため。
子供の教育費のため。
気づいたら、
自分のためじゃない理由で、
ずっと自分を削り続けていた。
しんどいのは、弱さじゃなかった。
この年代が、一番しんどい時期なのかもしれない。
一人で抱えてきた。
自分がおかしいのかと、
思っていた。
でも、
40代・50代の、
ほとんどの人が、 同じ場所にいるらしい。
そう思ったら、
少しだけ、
力が抜けた気がした。
全部を変えようとしなくていい、
と思う。
ただ一つ。
今夜だけ、 誰かのためじゃなく、
自分のために使う時間を作る。
好きなものを食べる。
好きな音楽をかける。
ただ、ぼんやりする。
それだけでいい。
削られた分を、
全部取り戻そうとしなくていい。
今夜一時間だけ、
自分に返す。
たぶん、
それだけで少し違う。
たぶん、だけど。

オールドパーをもう一口飲んだ。
長く熟成されて、
やっと出てくる味がある。
時間をかけないと、
わからないものがある。
40代になって初めて、
見えてくるものがある。
親父を少し思い出した。
グラスが空いた。
今日はここまでにする。
読んでくれて、ありがとう。
「わかる」と思ってくれたなら、
スキを押してもらえると嬉しい。
また、カウンターの隣に座っていってください。
