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子育ては、長いトンネルだった ― 振り返って見えた、私の本音と労い

初めての子育てって、
長いトンネルの中を歩いているみたいだと思うことがあります。

「大変なのは今だけよ」
そう言われて、遠くにかすかな出口の灯りが見える気はする。
でも、いつそこにたどり着けるのかは分からない。

真っ暗で、手探りで、先も見えない。
そんなトンネルを一人で歩いているように感じている人は、
多いのではないでしょうか。

私も、その一人でした。


まだ子育ては終わっていませんが、末っ子は中学生。
親がかいがいしく手助けしたり、
手ほどきしたりする時期は終わりに近づいています。

上の子たちが何とか育っていった経験があるから、
心配はあるものの
「きっと大丈夫(たぶん😅)」と気楽に子育てしています。

今の私にとって、子育てトンネルは、
振り返るものであって、もう戻れないし、
正直なところ戻りたくない時期でもあります。


先日、友人に第一子の子育ての頃の話を聞かれて
こんなことを思い出しました。

「いいものを食べさせたくて、料理をすごく頑張ってたなあ」

そんなことを話していたら
友人がうるうるしだしたんです。

「すごい愛情だよね🥹✨」と言ってくれて

私も思わずうるうる🥹。

でもね、なんだか美談のようになってしまったけど、
それはトンネルの“出口近く”から振り返って見えた景色の話で

本当は
渦中にいた頃は

もっといろんな感情にまみれていました。


周りの目を気にしてた。
良い母親だって思われたい。
ちゃんとやっていると見られたい。
合格点の母親でいたい。

そう思ってた。

子どもを育てることに必死だった。
人に頼れず不器用だった。


心理を学んだ今だから分かる。

自分が子どもの頃に親に
してほしかったこと。
してほしくなかったこと。

それを我が子でやり直して
自分の傷を満たそうとしていた。

あの頃の私は、
誰かに褒めて欲しかった。
大切にして欲しかった。
抱きしめて欲しかった。

ただただ、必死だった。


第一子の子育ては本当に大変で、
「あの頃には戻りたくない」と何度も思っていました。

でも今は、戻れないと分かると、
長男に少し申し訳ない気持ちも湧いてきます。

あの時、もっとこうできたんじゃないか。
もっと楽に抱きしめてあげられたんじゃないか、と。


それでも、友人の涙を思い出すと、こう思えるんです。

子育てのほんの一部分だったとしても、
そこには確かに、子どもへの愛情があった。

エゴも混ざっていた。
未熟さもたくさんあった。

それでも、愛おしい気持ちは、本物だった。

そう思えたとき、
あの頃の自分に「本当に、よく頑張ったよ」と
そんな言葉が浮かんできました。


やり直しはできない。
でも、それでもいい。

もう会えない小さな息子と、若かった私のやりとりを、
今は愛おしく思い出せます。


社会人になった息子が帰ってくるとき、

何を作ろうかな。
何が食べたいかな。
喜んでくれるかな。

そんなふうに考えている今も、
これはこれで、結構幸せです。

こんな私の子育ての振り返りが
誰かの気付きに繋がると嬉しいな。

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