映画「どうすればよかったか?」
(ネタバレ含みます)
精神疾患、引きこもり、老い、認知症、教育虐待、今日本が抱えている社会問題が全て詰まった衝撃の作品、「どうすればよかったか?」を鑑賞してきた。
ドキュメンタリー映画ってどんなものか良く知らずに三駅離れた小さな映画館へ。時間ギリギリに席に着くと平日の午前中にも関わらず満員!普段の映画館はキャラメルポップコーンの甘い香りなんかがして楽しげな雰囲気だけど、なんだか全然空気感が違う。
そして、始まると一気に引き込まれた。
なんだろう、ほんとに色んな感情が入り乱れて自分の気持ちと感情が大渋滞して見終わった後も頭がモヤモヤして現実世界に戻ってこれない。なのに現実の自分の人生も重ね合わせてしまうこの感じ。アウトプットしたいけれど何からどうしたらよいのか頭が整理できない。
監督であるカメラを回している弟が「お姉ちゃん」って優しい言葉で話しかける様子は自分も含めどこにでもいる普通の姉と弟の光景にみえる。
お姉ちゃんが両親の期待を一気に背負い大学に入学する。昨今しきりに問題提起されている教育虐待の典型例、そしてそこから精神疾患を発症するも両親が当時の社会背景も相まってそれを認めることができずに機能不全家族に陥っていくリアルな時の流れ。優秀だったお姉ちゃん、が自分に重なる。私も高校まで成績優秀だった。でも親が進路について口出してきたことは一切なかった。当たり前だと思ってきたけれどなかなか出来ることじゃないんだな。自分の胸に手を当ててみる。私は我が子に口出しせず、本人の意思を尊重してあげているだろうか?本人が「やりたい」と言ってるとか言いつつ実は親のやってほしい方向に無意識に誘導したりしてないだろうか?
お姉さんの問題はさておき、両親が年老いて家の中がだんだん荒れていく様がリアルで人生の終焉を迎えるというのは産まれてきたからには誰もが必ず向かっていく先なのに、普段の生活は"死"なんてまるで存在しないかのような社会。お葬式の場面だけでも結構ズドンときたけれど、棺桶にお姉さんの大好きだったタロットカードや論文を入れて送り出す、そしてお父さんがお姉さんの死顔に鼻をツンツンとやるシーンは身近な人を見送った経験がある人ならそれぞれ自分に重ね合わせて想いを馳せたであろう。しかも、我が子を見送る側に立った人の思いたるや。
統合失調症に限らず、引きこもりや精神疾患を抱える本人とその家族。医療や第三者に繋がることができれば、と願いつつもそれが難しかったり、繋がったとしてもそれぞれの家族の時間は死を迎えるまで続いていく。どうすればよいのか?唯一無二の正解はない。これは人生そのものの意味を問われているお話なのだ。それは良いか悪いかをジャッジするものではなく、ただそこにそれぞれの人生が存在している。
