今こそ犯罪と刑罰について考えることを止めてはならない 「怪物の祈り」 薬丸 岳
このところ極刑や無期懲役、または30年近くの懲役刑判決がでるような犯罪が話題となっている。
その中には「量刑が軽すぎる」といった、被害者やそのご家族への無念さへ傾倒した正義感や慈悲あふれるコメントも多い。
確かに、被害者遺族の無念さや悲しみを思えば思うほど、「どんな刑罰を受けても二度と返ってこない被害者」のことを考えれば、極刑を望む気持ちは理解できるが、もし犯人が極刑で死刑を言い渡されその刑が執行されたとして、本当に遺族は救われるのか?赦されるのか?という、非常に難しい問題を描いた作品が「怪物の祈り」〜薬丸岳著である。
死刑判決確定された連続殺人犯、被害者家族、拘置所職員、そして教誨をボランティアで行う牧師。
死刑判決が確定ということは、死刑執行がいつなのか?
今日なのか、明日なのか?もしくは何年先なのか?
その刑の執行を待つだけの受刑者はどんな気持ちで、どんな毎日を過ごすのだろうか?
その刑の執行により、本当に被害者遺族は救われるものなのか?
犯罪を犯した人間がどうすれば、被害者遺族は救われるのか?
刑の執行を待つ受刑者に接する拘置所職員や教誨師の想像を絶する精神的負担と体調も精神的な負担。
それらを克明に、また見事にリアリティをもって描いた作品である。
今日においても、身勝手で人権をも無視するようないじめや暴力、そして命を奪うような行動が起きているが、その加害者たちにそのような行動を起こさせるものは何なのか?をこの小説では受刑者の生き様を通して伝えようとしている。
さて、
先日、北海道旭川での橋から突き落とされたという事件。そして江別市での集団暴力による遺棄事件などの裁判の様子が報道されていた。
被害者も加害者も高校生程度の若い世代。
その子どもたちが、なぜこのような残忍な行動をするようになったのか?
それをずっと考えていた。
加害者の残虐性は報道される。しかし、なぜそのような行動を取るようになったのか?は、なかなか詳しいことはわからない。
ただ、明確なのは「貧しさ」や「孤独」など、家庭環境に恵まれていないことが多い。
だからといって加害者を用語するわけでは無いが、こういった犯罪を少しでも減らすためには、大人はどうしたら良いか?はもっと考えていく必要があるように思うのだ。
死刑という人の命を奪うこと。
確かに、被害者およびその遺族の気持ちを考えると 理屈的にも感情的にも理解はできる。
さらに、本当にどうしようもないほど危険な加害者もいないことはない。
しかし、その生命を無きものにしたからといって被害者たちには何が残るのか?
自分は死刑廃止論者ではないが、この小説を読み「罪を償うこととはどういうことか?」ということと、特に「犯罪者を作り出してしまう社会や家庭環境」について、ずっと考え続けるしかないと思った。
最後に
この小説は来年映画化される予定である。
それと、おなじ『教誨』について書かれた柚月裕子氏の小説もぜひ読まれたい。

