エキタグ!!瓢箪山〜再投稿。【あっちで都を作り、こっちで都を作り、】
以前 エキタグというものをやりまして。
エキタグとは、駅のデジタルスタンプのことです。
それで瓢箪山という駅について、一気におりゃーっと書いたのですが。
途中でスタミナ切れをして
文章が失速したので、
改めて同じ投稿です。
眺めておいてください。
最初に『これが言いたい』と思ったことを、
最後まで書き切る 手際の良さがなかったので。
書いている途中で何が言いたかったのか忘れちゃったので。同じ投稿です。
それでは、どうぞ。(^o^)
瓢箪山

瓢箪山(ひょうたんやま)駅です。
かわいい駅名ですね。
エキタグのきつねさんが持っているのは、
千成瓢箪ですかね。
元々はこの辺りに古墳があったそうです。
その上に秀吉が お稲荷さんを持ってきたとかで。
瓢箪山稲荷神社だったかな。
そういうのがあるそうです。
駅前には、色んな所に
瓢箪のオブジェがあります。
交番にも瓢箪のオブジェがあって、
もはや ひょうたんなのか。交番なのか。
分かりません。(…はい?)
【♪〜そこにわたしはいません 本当にマジで眠ってなんかいません〜♪の巻。】

瓢箪山駅のホームにありました。
全国的に知名度があるのか
ないのかは分かりませんが。
楠木正成(くすのき まさしげ)の、
息子のお墓です。石のみです。
駅のホームのアスファルトの下に、人骨があるわけではないらしいです。(ややこしいのでやめていただけませんかという心の声は、ここだけのお話にしておいてください。)
近所に なんとか寺というのがあり、
そこに眠ってるそうです。
(※写真をよく見ると『往生院』と
記載してありました。)
名前は楠木正行(まさつら)。
覚え方は、四條畷(しじょうなわて)で
ヤーヤー・ヤー。ヽ(*´∀`)ノ…つら、ららら。
《パピーは大きい楠木、くすのきJrは、小楠木》
それは昔。1300年代。鎌倉幕府の終わり頃。
逃げ上手の若君が、間もなく活躍するであろう頃。
御恩と奉公の
『働いてくれてありがとう。
これ、御礼(褒美)の土地だよ。』
と、あげる土地も
そろそろなくなってきたなあという頃。
時の尊き方々が、渡る世間は帝ばかりで、
もめに揉めておりました。
(…急になにがはじまった。)
いづれの帝の御時か、否
いつ頃の帝が御在位している時だったか。
くっきりはっきり残っておりますので、
あえて記すこともありますまい。
次にお統べりあそばされる、主を。
もとい、帝を。どなたに なさるのかで
揉めるものですから。
大覚寺統(だいかくじとう)と
持明院統(じみょういんとう)
という2つの派閥に、
まだ倒れていない鎌倉 幕末の
(役職がお高いという意味で)偉き御方が、
「もうさぁ、そんなに揉めるなら、
(大覚寺統と持明院統)順番こっこで。
代わる代わる。順番に。帝になりなよ。」
ということで。
一旦話が落ち着きそうだったのに、
「やだー!俺がなるー!そして俺の次は、
俺の息子が帝になるー!
順番こっことか やだあ。」
と。何とも個性豊かに自己主張をした、
全くもって和を以て貴しとなさない
帝がおられました。
(…雪丸。出番です。噛みつきなさい。※雪丸…聖徳太子のペット)
おまけにその帝、武力をもって
幕府に変わり お統べりあそばされようと。
2回ほど鎌倉幕府に挙兵するのですが。
さりとて。
一応は鎌倉幕府も、元寇で
モンゴルを追い払う程には、
武力はありましたので。
こちらは、こちらでお強く。
どちらの言い分が、正しいとか。
間違っているとかではなく。
人はそれぞれ「正義」があって。 (♪)
争い合うのは仕方ないのかもしれない。(♪)
だけど、ぼくのきらいな「彼」も。 (♪)
彼なりの理由があると思うんだ、と。
古の頃からのDragon Nightで
SEKAI NO OWARIでありまして。
(※まとめな御心で目を通さないでくださいまし。
あなたがつかれるだけです。)
帝は、2回挙兵をし、2回とも。
なんやかんやで。負けまして。
だめだ。この帝。れっつ・島流しと。
遠くの方へと追いやられるのですが
これがまた 中々におしぶとく。
そこだけは見習いたい程に 逞しく。
いつか自分が都に返り咲くことを、
成り上がることを 夢見ておりました。
そんなメンタルおチンピラな、
バイタリティ溢れるアグレッシブが
お過ぎる帝にも、味方が現れます。
その味方こそが、先程からお名前が
出てきておりますフリーランスの
豪族・楠木正成(まさしげ)さんでした。
大きな楠木パパです。
このメンタルおチンピラな帝が、
プリズンブレイクや 龍が如くの冴島大河の如く
流された島から脱出し。
楠木パパを始めとする、幕府や
都を統べる政治家等に不満があった人達が、
トラブルメーカー(おチンピラ帝)に
手を貸しちゃったものだから。
あっちはあっちで都を作り、
こっちはこっちで都を作りという
不思議な現象が起こります。
東西南北で言えば、
東の方に位置する小さな島国にはかつて。
実際に、『北』と『南』と呼ばれる
王朝が存在しておりました。
それが今に伝わる南北朝時代と
呼ばれる時代だとか、そうじゃないとか。
長い時を経て。
正成くんの息子で、正行くんの
弟のクスノキくんによって。
又、ぼくの「正義」がきっと(♪)
彼を傷付けていたんだねと。
ぽつぽつと。気づき始めた、各々の人により。
当時、生まれた子供が還暦を迎えるくらいまで続いた
長い戦が、和睦へと向かっていきました。
【※この文章は、以前 noteにて投稿したものを再編集しております。】
おわり(^o^)


