チェンジ!! デュラン・デュラン
80年代前半に大人気だった "デュラン・デュラン" の記事です。
ちなみに、私の "デュラン・デュラン" との出会いは、以前、記事にしてるので、今回はその後の話となります。
ただ、デュラン・デュランのことを思い返すと、自分が洋楽をよく聴き始めた中学時代から高校時代も思い出しちゃうのです。
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◎MTV時代の到来
"デュラン・デュラン" について語る前に触れておかないといけないことがあります。
この頃、洋楽界の重要な出来事として、1981年8月から『MTV』チャンネルが開設されるんですよね。
"見えるラジオ" をコンセプトとし、24時間、ポップス等の "MV:ミュージックビデオ" を流す専門チャンネルは、ヒット曲の概念を変化させ、80年代のいわゆる "MTV時代" が到来するのです。

『MTV』の登場により、音楽は耳で聴くだけでなく、目で見て楽しむものにもなってくんですよね。
そして、『MTV』に先駆けること4ヶ月前、1981年の4月には、日本でも洋楽系のTV番組がスタートしています。
それが小林克也さんが司会を務める『ベストヒットUSA』です。

『ベストヒットUSA』が始まったのは自分が中学に入学したのと同時期なんですが、自分が見始めたのはその冬のことです。
邦楽ではシティポップに目覚めていた自分が、洋楽にも興味を持ち始めたのはこの番組のおかげなのです。
もちろん、魅せられていった要因が "MV"(当時はPV:プロモーションビデオ)にあったことは間違いありません。
この頃の "MV" というと、イメージ的なものや、実際のライブ映像などの演奏パフォーマンスが中心だったのですが、少しずつ、短編映画のようなコンセプトで制作される "MV" が増えてきた時期でした。
"デュラン・デュラン" も、そんな時流に乗って人気になっていったバンドのひとつなのです。
◎1981-1982:デビュー期

【デュラン・デュラン: Duran Duran】
ニック・ローズとジョン・テイラーが中心となって結成されたイギリスのロックバンドで1981年にメジャーデビュー。
デビュー時のメンバーは、ニック・ローズ(key)、サイモン・ル・ボン( vo)、ジョン・テイラー(b)、ロジャー・テイラー(d)、アンディ・テイラー(g)
自分にとっての "デュラン・デュラン" は、メジャーデビュー時のこの5人です。メンバーを見ると、テイラーが3人もいるんで、きっとテイラー兄弟が中心のバンドだと思ってました。(実は血縁関係なし!)
正直に言うと "デュラン・デュラン" って、海外のアイドルグループって感じで、私の興味からは外れていたんです。
グラムロックを継承した感じの派手な見た目もそうだし、一部の女子(当時の自分の好きな女子含むw)も下敷きにグラビアページを挟んだりしてましたもん!
そういう意味では、少しバイアスがかかって見ていたかもしれません。(←いや、絶対そうだったよ)
「グラビアの美少女」1981.7
「ハングリー・ライク・ザ・ウルフ」1982.5
「リオ」1982.10
曲はキャッチーでポップなんですが….
当時の自分には "陽キャ" 過ぎる感じだったんですよね。
実は、初デュラン・デュランだったのは4枚目のシングル「ハングリー・ライク・ザ・ウルフ」で、その前の「グラビアの美少女」は、当時、目にしてないんです。
ただ、セクシャルな内容が含まれていて、いろいろ検閲に引っかかってたという、男子にとっては興味津々の "MV" だったのです。(タイトルもあんまりですよね。)
◎1983-1984:人気絶頂期
自分にとって1983年は、けっこうたくさんの洋楽を聴いた年でした。
1982年12月にリリースされたマイケル・ジャクソンの『スリラー』がロングヒットで売れ続けてた年です。
「スリラー」をはじめ、「ビリー・ジーン」や「今夜はビート・イット」など、録画したMVを何度見たことか__
他にもデヴィッド・ボウイやポリス 、ビリー・ジョエル とか、いろんなアーティストを聴くようになるんです。
『フラッシュダンス』の映画とサントラが話題になったり、カルチャークラブやカジャ・グーグーが人気となったのもこの年でした。
そんな、自分の洋楽に対する幅が広がったこの1983年、デュラン・デュランがリリースしたのが3枚目のアルバム『セブン・アンド・ザ・ラグド・タイガー』でした。
『セブン・アンド・ザ・ラグド・タイガー』1983.11

実は、このアルバムはよく聴いたんですよね~。
馴染めなかった "チャラさ" が薄まって、以前より重厚なサウンドになった感じだったのです。
多分、好みは分かれると思うのですが、自分にとってカッコいいゾーンに入ってきた感じだったんですよね。
シングルとなった「ユニオン・オブ・ザ・スネーク」や「ザ・リフレックス」も大好きでした。
「ユニオン・オブ・ザ・スネーク」1983.10
「ザ・リフレックス」1984.4
「ザ・リフレックス」なんか見ても、ロックバンドしてますよね。
よりダンサブルに進化してるように思えたのです。
「ザ・ワイルド・ボーイズ」1984.10
個人的に、デュラン・デュランのMVの中で一番好きだったのが、この「ザ・ワイルド・ボーイズ」なんですよね。
バロウズの小説がモチーフになってるんですが、このSFちっくな世界観が大好きだったのです。
◎1985:パワー・ステーション vs アーケイディア
絶頂期だった1984年終盤から、バンド内のサイドプロジェクトが動き始めます。
メンバーのうち、ジョン・テイラーとアンディ・テイラーが "パワー・ステーション" というユニットを組み活動し始めるんです。
【ザ・パワー・ステーション】

デュラン・デュランのジョン・テイラーとアンディ・テイラーが、元シックのドラマー:トニー・トンプソンと原点のロックに立ち返って結成したプロジェクト。
ボーカルにロバート・パーマーを迎え、1985年3月にアルバムとシングルをリリースした。
1985年中にプロジェクトを終了したが、1995年に再結成している。
"パワー・ステーション" 大好きでした!
ロックしてるんですよね。
デュラン・デュランって、やっぱ、ビジュアル先行であったり、アイドルから出発したイメージが強かったのです。
だからこそ、演奏主体のシンプルなロックがやりたいって反動が出ちゃったんだと思うんですよね。
そして、このアルバムもよく聴きました。
『ザ・パワー・ステーション』1985.3
「サム・ライク・イット・ホット」1985.3
「ゲット・イット・オン」1985.4
※T・レックスのカヴァー
正直、このパワー・ステーションが良すぎて、このまま、デュラン・デュランは解散しちゃうんじゃないかと思ってました。
と、思っていたら、サイドプロジェクトの最中に映画主題歌がリリースされるんです。
「007 美しき獲物たち」1985.5
※同名映画の主題歌
007シリーズの主題歌ですからね~、なんか、デュラン・デュランもいよいよ頂点を極めた印象でした。
この頃の007シリーズは斜陽気味だったのですが、この曲はかっこよかったです、はい。
これで、デュラン・デュランの活動に戻るのかと思ったら、パワー・ステーションは継続し、残った3人は3人でアーケイディアという新しいプロジェクトを始めちゃうんです。
【アーケイディア】

デュラン・デュランのサイモン・ル・ボン、ニック・ローズ、ロジャー・テイラーで結成されたシンセ・ポップ・ユニット。
1985年10月にシングル「エレクション・デイ」、11月にアルバムをリリース。
「エレクション・デイ」1985.10
『情熱の赤い薔薇』1985.11
ヴォーカルのサイモンと、サウンドの中核だったニックが結成したユニットだったんで、ほぼデュラン・デュランじゃん!っと、アルバムを聴いたときは思いました。(今聴いてもそう思いますw)
一風堂の土屋昌巳さんなんかも参加してることが話題になりましたが、あまり新味はなかった印象でした。
◎1986:3人になったデュラン・デュラン
結局、解散することはなかったのですが、パワーステーション組からはアンディ・テイラーが、アーケイディア組からはロジャー・テイラーが脱退して、3人組になってしまいます。
多分、いささかの混乱と進化を追求しながら制作されたのが、この4枚目のアルバムなのです。
『ノトーリアス』1986.11

「ノトーリアス」
なんでしょう、自分にとって、カッコいいゾーンに入っていた前作の『セブン・アンド・ザ・ラグド・タイガー』に比べて、より重く内省的になった感じだったんですよね~。
ちょっと小難しくなってしまったような…
そんな印象を持ったのは、多分、私だけじゃなかったと思うんですよね。
あまり評価は高くなかった記憶があります。
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80年代後半は、洋楽全体も『MTV』を媒介としたカラフルなポップスが飽和してきてる感じだったし、1989年からは『MTVアンプラグド』なんかもスタートしたりするんで、時代は確実に変化していってたんです。
そういう意味で、デュラン・デュランも変化していくのは必然だったのかもしれませんね。
デュラン・デュランって、絶頂期がすごすぎたんですが、メンバーは変化しながら、今も現役のバンドなんです。
特に2000年代以降は5人のメンバーが再集結(現在はアンディ・テイラーが引退して4人)するなど、まだまだ元気なんです。
「A View to a Kill」Live Budokan - Japan 2017
(関連note)
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