嘘と本音
この物語はフィクションです。
なぜ私たちはお互いにウソをつかなければならなかったのだろう…
いつものように『喫茶花』のカウンターでコーヒー豆を挽きながら、視線はどこか宙を泳いでいて定まらない。
まるで手だけが動くからくり人形のようにコーヒーミルのハンドルをくるくると回しているのは、マスターの小花だ。
明らかに彼女を纏う空気は、常連客でなくても何かあったのだろうかと思わせるほどに重たく、憂いを帯びていた。
『ワールドブルー社内でなにやら事件があったらしい』
いつものようにコーヒー豆をワールドブルー社に納品に行った時、小花は社内の噂を耳にした。
「蒼木部長が怪我をした。蒼森くんはさらに重症で病院に行ったって」
多くの従業員はその事実に動揺を隠せないらしく、いつも楽しそうに挨拶が飛び交う温かい雰囲気が一変して妙な緊張感が張り詰める。
「怪我…??」
彼が襲われて怪我をしたと聞いてから、すっかりそのことばかりが頭の中を占めていて何も手に付かない。
連絡をしたくても、その権利は自分にはないのだとスマホの通話ボタン一つ押せずにただただ画面を見つめることしかできないのだ。
蒼木部長は小花の元夫であり、命の恩人でもある。
今は別れてしまったが、小花にとってその選択は決して望んだものではなかった。
「あの時、『わかった』なんて言わなければよかった…」
今更後悔したところで遅いのはわかっている。だけどこんなときそばにいられないのがもどかしくて仕方ない。
カランコロン♪
お店のドアが開くたびに彼かも知れないと振り返る。しかし、どれだけ待っても彼が姿を現すことはなかった。
蒼木と出会ってから結婚するまでは簡単な道のりではなかった。
不器用ながらに接してくれる蒼木を見つめながら、それでも毎日のように店に来てくれるのを小花はいつのまにか待ち焦がれるようになっていた。お互いに意識しあっているのはわかるのに、うまく感情を伝えることができない。
だけど、彼が気持ちを伝えてくれないのにはただ彼が不器用だからではないのではないかと感じていたのである。
だからこそ、蒼木からのプロポーズは夢かと思った。
「結婚してくれ!」って半分緊張でこわばった顔で3回も続けて言われるなんて、不器用な彼らしくて、一生懸命で…
断る選択肢なんて思いつきもしないくらいに嬉しくて感動した。
…幸せだった。
当時の私には、彼と別れる未来があるなんて思ってもみなかった。
彼から別れを告げられた時、明らかにその言葉が彼の本心ではないことはすぐにわかった。それだけ彼は不器用なのだ。
私には一緒に背負えない何かを彼が抱えているのはなんとなく見ていて感じていた。
いや、考えすぎかも知れない。
きっと吊橋効果みたいなもので、事故当時のドキドキした感情を恋だと勘違いしただけなんだ。
ほら、旅行先とか非日常の雰囲気で気分が高揚して付き合ったけど、日常に戻ると「あれ?」なんてこともよく聞くじゃないか。
多分そうなんだよと自分に言い聞かせる。
そして、
私もウソをつくことにした。
私は彼から逃げたんだ。
「別れたあとも、お店にはいつものように顔を出して」なんて条件をつけて卑怯にも彼を縛り付けておきながら…
そんな私に、彼を心配する資格なんてないのだ。
こうやって考え込むのが嫌だから、朝早くからお店を開けて仕事ばかりして過ごしていたのに…
今日に限ってお客さんが少ないのはなんなんだろう。
カウンターに座ってスマホを握りしめる。
どのくらい迷っただろうか…
ゆっくりと呼吸を整えるように大きく息を吐き出すと、スマホの画面をタップする。
これ以上自分にウソはつけない、つきたくない。
途切れることのない呼び出し音を、ただただ祈る思いで聞き続けていた。
<あとがき>
久しぶりのワールドブルー!
なのですが。なんか…あれ?路線が迷子になってしまいました…
楽しくラブラブ描きたかったはずなんですがw
ちなみに2024年振り返りのデータで、この一年で一番読まれた記事の第3位には、ワールドブルー物語デビュー作がランクインされておりました。
まさに、私のnote生活での一番の転機となった記事なのでたくさん読んでもらえたのがとてもとても嬉しいです。
ありがとうございました!
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