見出し画像

【architecture】イタリアーフィレンツェ編ー

二十歳前後の時
もう20年くらい前の大学生の夏休み。
アルバイトで貯めたお金でイタリアへ旅をした。

まず向かったのは『フィレンツェ』
竹野内豊とケリー・チャンが主演をつとめた映画『冷静と情熱のあいだ』の舞台になった場所だ。

街全体がルネサンス期から時代が止まったかのような世界である。
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のドゥオモから眺めるオレンジ色の街並みは今も忘れられない。

サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂は1296年に工事が始まった。実は見切り発車で始まったこの大聖堂建築。はじめから巨大な建築の設計図はあったがどのように屋根を架けるかは決まらぬまま工事は始まった。1300年代後半にはほぼ屋根以外は完成していたと言われる。さて屋根はどうしたものかと1418年に屋根工事案を募るコンペが行われた。この時選ばれたのがフィリッポ・ブルネレスキだ。ブルネレスキは正式な建築教育を受けた建築家ではなかった。しかし古代ローマの建築技術に魅了され独学でこの約45メートルもの直径のドームをつくる工法を開発したのだ。工事は16年にも及んだと言われる。
そして1436年にようやくドームは完成した。
100年以上の歳月をかけて作り上げられた大聖堂は600年近い年月を経た今なおフィレンツェの街の中心で輝き続けている。

街中の小さな路地から眺める大聖堂のドゥオモが美しかった。


アルノ川に架けられた『ヴェッキオ橋』も美しかった。
橋そのものが路地になったような不思議な世界であった。


フィレンツェは、ゴシックからルネサンスが最盛期を迎える時代から変わらぬ街並みを維持し続けている。私が訪れた20年前に、この街にモダニズムは存在していなかった。
観光地としては素晴らしいが実際の暮らしの中には不自由や不便があちこちにあるのだろう。この街並みを維持していくことは並大抵のことではない。しかし、この街の人々は自らの街に誇りをもち、この街での暮らしをなにより楽しんでいる。
日本でも京都などの古都は残っている。フィレンツェの街並みに近代建築は全くと言っていいほど見られない。その徹底ぶりは京都とは比にならない。
京都には歴史的な街並みを継承するために新たな建築を建てる際に、高さや屋根の形状、各部の色などに法律による規制がかかっている。しかし、それらの規制はあっても志が追いついていないため、なんちゃって建築がつくられている。一見すると統一された街並みに見えるが、よく見ると統一感のない街並みが現れる。それと比較してフィレンツェは、スクラップ&ビルドを繰り返してきた日本とは真逆の志向である。法律よりも人々のプライドが街の景観を支えている。いつまでもこの街並みを維持して欲しい気持ちはあるが、住む人々がいつまで持続できるかが問題なのだろう。とはいえ、建築と街について日本人が学ぶべきことが詰まっているフィレンツェであった。


ではまた。

いいなと思ったら応援しよう!