見出し画像

【F1】F1の中継画面は、なぜ"世界最高のダッシュボードUI"なのか

今日も長文です。ご了承ください…。

完全に職業病なのだけど、F1の中継を観ていても、つい「この画面、情報設計がよく出来ているな」と考えてしまう。ウェブのレイアウトをやっていると、画面の中の情報の置き場所がどうしても気になるのだ。

私がF1を観始めたのは1987年。フジテレビの中継が始まった年で、ホンダターボが全盛の頃だ。以来、約40年。気づけば、レースそのものと同じくらい、「中継画面の進化」を見続けてきたことになる。

そして断言するが、いまのF1中継の画面は、世界最高のダッシュボードUIだ。今日はその話を、ディレクターの目線で書いてみる。

まず、1987年の画面には"何もなかった"

念のため昔の話から。私が観始めた頃の中継画面は、いま思えば驚くほど情報がなかった。画面の隅に順位と周回数が出ていれば良いほうで、タイム差もタイヤの状態も分からない。ピット作業が始まっても、それが何秒かかったのか、戦略上どういう意味を持つのか、画面は何も教えてくれない。カメラが切り替われば、いま映っているマシンが何位を走っているのかすら見失う。

では当時の私たちは、どうやってレースを理解していたのか。実況と解説である。あの熱狂の時代を象徴する古舘伊知郎の実況。「音速の貴公子」「荒法師」といった言葉の数々が、いまで言うテロップやグラフィックスの役割をすべて担っていた。つまり、情報設計が「画面」ではなく「音声」で行われていた時代だ。深夜、ブラウン管の乏しい情報を実況の言葉で補いながら、子どもの頃の私は必死にレースの全体像を頭の中で組み立てていた。

そこから40年。いまの中継画面には、全車の順位、タイム差、タイヤの種類と使用周回数、チーム無線、ピット戦略の予測、オーバーテイクの成功確率までが、リアルタイムで表示されている。この40年は、モータースポーツの進化史であると同時に、「画面上の情報設計」の進化史でもある。そしてこの進化を、私はほぼ全戦、定点観測してきたわけだ。我ながら、なかなか得がたいユーザー調査である。

左端のタワーは、"常時表示のナビゲーション"だ

いまの中継画面で最も重要なパーツが、画面左端に縦に並ぶ順位表示。通称タイミングタワーだ。全ドライバーの3文字の略称が順位どおりに並び、レース中ずっとそこにいる。順位が入れ替わればアニメーションで滑らかに入れ替わり、ピットに入れば表示が変わる。

これはウェブでいうグローバルナビゲーションであり、サイト内の「現在地表示」だ。カメラがどのマシンを映していても、タワーに目をやれば、全体の中でいまどの位置の争いを観ているのかが一瞬で分かる。コンテンツ(映像)がどれだけ目まぐるしく切り替わっても、構造(順位)は常に左端に固定されている。

サイト制作でも同じことをやる。ページの中身がどれだけ多彩でも、ナビゲーションと現在地の表示だけは動かさない。ユーザーが「いま自分はサイトのどこにいるのか」を見失わないためだ。パンくずリストも、グローバルナビのカレント表示も、思想は全部これだ。

考えてみてほしい。22台のマシンが300km/hで走り回り、カメラが数秒ごとに切り替わる映像というのは、おそらく世界で最も"迷子になりやすいコンテンツ"だ。それを、左端の細い1本のタワーが支えている。私はコーポレートサイトのワイヤーフレームを引くとき、頭の片隅でいつもあのタワーのことを考えている。どんなに情報量の多いページでも、背骨が1本通っていれば、人は迷わない。

ハロの上のグラフィックは、"ツールチップ"である

タワーと並んで私が偏愛しているのが、オンボード映像に重なるグラフィックだ。ドライバー目線のカメラに切り替わると、コックピットを守るハロの部分に、ドライバー名と順位、スピードなどの情報がすっと重なって表示される。

これが実に良い。情報が、画面の隅ではなく「いま観ているものの、すぐそば」に置かれているのだ。視聴者は視線を大きく動かすことなく、映像と情報を同時に受け取れる。

ウェブでいえば、ツールチップやインラインの補足表示だ。用語の説明を別ページに飛ばすのではなく、マウスを乗せたその場所にふわっと出す。グラフの数値を凡例と照らし合わせさせるのではなく、ポイントの真上に出す。情報は、必要とされる場所に置くのが一番強いという原則を、時速300kmの映像の上で実践している。

しかもあのグラフィック、映像の邪魔を絶対にしない。半透明で、小さく、それでいて読める。コンテンツが主役で、情報はその添え物であるという序列が崩れない。バナーだらけで本文がどこにあるのか分からないサイトに、正座して観てほしい画面である。

情報は「出しっぱなし」にしない

もうひとつ感心するのが、情報の出し入れの巧さだ。

前後のマシンとのタイム差の詳細表示は、バトルが接近したときだけ画面に現れる。タイヤの使用履歴の一覧は、ピット戦略が焦点になる場面で差し込まれる。チーム無線は、ドラマが起きた瞬間にだけ流れる。コーナーの進入速度の比較は、予選のアタックラップでこそ出てくる。

全部の情報を常時表示することも、技術的には可能なはずだ。データは全部そろっているのだから。でも、そうしない。文脈上いま必要な情報だけを画面に出し、不要になったらすっと引っ込める。だから画面は情報量の割にうるさくならない。

ウェブの世界では、これをプログレッシブ・ディスクロージャー(段階的開示)と呼ぶ。最初からすべてを見せず、ユーザーの状況や関心の深まりに応じて、情報を段階的に開示していく設計思想だ。私が普段作っているBtoB製造業の製品ページでも、詳細スペックの表は「もっと見る」の先に畳み、第一画面には型番の選定判断に必要な情報だけを置く。全部見せることと、全部伝わることは、まったく別の話なのだ。

F1の中継画面は、この原則を1つの画面の中で、しかも編集のやり直しがきかない生放送で、2時間やり続けている。正直、ちょっと尊敬している。

F1は「言葉のユーザーテスト」をやった

そして今シーズン。この画面の話に、とびきり面白い出来事が加わった。

ご存知のとおり、2026年の新レギュレーションで、追い抜き支援の仕組みが大きく変わった。リアウイングを開いて空気抵抗を減らすDRSが廃止され、電動パワーを一時的に上乗せする新システムに置き換わったのだ。当初この機能は「マニュアル・オーバーライド・モード」という名称だったのだが、FIAとF1は導入前に、新規ファンからコア層までを集めた調査グループで用語の検証を行い、名称をシンプルに「オーバーテイク」へと改めた。

理由が痛快だ。調査の過程で、15年も使われてきたDRSという用語ですら、ファンの1割以上がその意味を即答できなかったことが分かったのだという。

これ、ウェブ制作者なら全員が身に覚えのある話だと思う。作り手側が当たり前に使っている言葉が、ユーザーにはまったく通じていない、という現象。私も、クライアントの社内では常識になっている製品カテゴリの略称を、サイト上ではあえて一般的な言葉に開きましょう、という提案をよくする。社内の共通言語は、社外では暗号なのだ。

F1がやったのは、まさにラベリングのユーザーテストであり、マイクロコピーの改善だ。世界最高峰のモータースポーツが、史上最大級の技術規則改定というタイミングで、「ボタンの名前が伝わるかどうか」を真剣に検証した。この事実だけで、私はご飯が三杯食べられる。

ただし、テレビとウェブには決定的な違いがある

さて、ここまで「ウェブと同じだ」という話をしてきたが、ひとつだけ、決定的に違う点がある。むしろ、ここからが本題かもしれない。

ウェブのユーザーは、自分で操作できる。知りたければクリックして掘れるし、興味がなければスクロールで読み飛ばせる。ところがテレビの視聴者は、画面に対して何もできない。表示される情報も、そのタイミングも、すべて送り手が決めるしかない。

つまりF1の中継画面は、「ユーザーが一切操作できないUI」なのだ。

だからこそ、送り手は視聴者の頭の中を先回りして読む。2台の間隔が詰まってくれば、視聴者が「タイム差は?」と思うより先にギャップ表示を出す。ピットウィンドウが近づけば、聞かれる前にタイヤの使用履歴を見せる。視聴者の疑問が生まれる半歩前に、答えを画面に置いておく。

実はこれ、ウェブが学ぶべき姿勢だと思っている。「ユーザーは自分で操作できるのだから、情報はどこかに置いておけばいい」と考えた瞬間、設計は怠慢になる。探せば見つかるサイトと、探す前に差し出されるサイトは、別物だ。操作できないという制約の中で磨かれたF1中継の"先回り"は、操作できるはずのウェブよりも、よほどユーザー中心だったりする。制約はときどき、設計を鍛える。

40年観てきた者として

まとめると、F1の中継画面は、固定のタワーで現在地を保証し、文脈に応じて情報を出し入れし、言葉そのものをユーザーテストにかけ、視聴者の欲求を先回りする。出来のいいウェブサイトがやるべきことを、ほぼすべて先にやっている。ダッシュボードUIのお手本を探しているウェブ制作者は、管理画面のギャラリーサイトを眺める前に、日曜の夜にF1を観たほうがいいかもしれない。

1987年、情報のない画面を実況の言葉だけで補いながら観ていた私に、教えてあげたい。40年後、おまえはこの画面を「教材」として観ることになるぞ、と。おまけに、それを仕事の提案資料に引用するようにもなるぞ、と。

そして今週末もまた、レースそっちのけで左端のタワーばかり眺めている自分がいる。職業病は、たぶんもう治らない。

いいなと思ったら応援しよう!

うぇぶやのひとりごと 最後まで目を通していただき、本当にありがとうございます。読んでいただけるだけで十分嬉しいのですが、もし「応援してやろう!」と思っていただけたらサポートをお願いします。マイペースに発信を続けるための大きな力になります!