No Strings Attached 〜誰かの期待に応えようとしていた私へ〜
“No Strings Attached.”
この言葉、英語ではよく「見返りなし」「条件なし」「束縛なし」という意味で使われる。
たとえば「No strings attached. I’m just helping.」なんて言えば、
「見返りなんていらないよ。純粋に助けたいだけ」って感じ。
誰にも縛られず、何にも執着せずに、ただ在る、ただ与える。
言葉の響きはかっこいいし、そうありたいと思ってた。
でも最近気づいたのは、
私が「誰かに期待していた」のではなくて、
**“誰かの期待に応えようとしていた”**ってことだった。
たとえば、
「ちゃんと返事しなきゃ」
「ここで笑ってあげたほうがいいよね」
「これ言ったら相手、気にしちゃうかも」
そんなふうに、相手の“空気”や“表情の変化”を感じ取って、
無意識に、相手が求めるリアクションをしていた私がいた。
それって一見やさしさにも見えるけど、”自分という視点”にたった時
実は、“自分を後回しにしてる”ってことでもある。
本当は、モヤっとしてる。
なんか違うって感じてる。
だけど、今までだったらスルーしていた、そんな微かな感覚——。
“気のせい”にして、見なかったことにしてきた違和感。
そこにこそ、私の本音が隠れていた。
本当に大事なのは、
その感覚をなかったことにしないこと。
**「なんか違う」「モヤっとする」**という小さなサインを、ちゃんと拾ってあげること。
そして——
自分のその感覚を、第一に優先してあげること。
たとえそれが、
誰かの期待に添わないことだったとしても。
たとえ、「感じ悪いって思われるかな」とか、
「嫌われるかもしれない」と思ってしまうようなことだったとしても。
それでも、自分の感覚を信じて選ぶということ。
それが、本当の意味で自分を生きるってことなんだと思う。
——そして、時には「嫌われる勇気」だって、必要になる。
少し怖いけれど、ちゃんと自分の気持ちに立ち返ってみよう。
その勇気はきっと、私を自由にしてくれる。
誰かに「期待される私」を演じるのは、
心地よくて、安全なことだったかもしれない。
でも、もうそこにとどまっているのは、今やちょっと窮屈。。。
——だから、その“ひも”は、そっと外してみようと思う。
私は、私のままでいていいんじゃない?
気を遣わなくても、愛される存在でしょ?
そして、誰かの期待からも、私自身の“役割”からも自由になって、
ただ、私でいるということを、選びたい。
いや、もうそろそろ——
「選ぼう」よ、自分のために。
🕊
誰かのための人生から、自分のための人生へ。今、その一歩を。
ちゃんと自分に“うん”って言ってあげられる今日でありますように。
ひもを外したその先には、もっと軽やかな私が待っている。
ほんの少し勇気を出して、自分の感覚を信じてみよう。きっと世界が変わるから。
#自分を生きる #本音と向き合う #嫌われる勇気 #期待に応えすぎない #人間関係のモヤモヤ #魂の声を聴く #本当のわたしに還る #目醒めのプロセス #エネルギーの境界線 #NoStringsAttached
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます! 