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私が、荒木町のコンクリート打ちっぱなしに住んでいる理由

建築士なら、やっぱりコンクリート打ちっぱなしが好きなんですか

「建築士なんだから、さぞこだわりの家に住んでるんでしょう?」

こう聞かれることがよくあります。答えに困るのですが、正直に言います。はい、かなり気に入っています。でも、多くの人が想像する「こだわり」とは少し違うかもしれません。

私が住んでいるのは、新宿区荒木町にある築20年ほどのデザイナーズマンション。鉄筋コンクリート造、コンクリート打ちっぱなし。外観を見ただけで「あ、建築好きでしょ」と言われる類の物件です。

「やっぱり建築士ってコンクリート打ちっぱなし好きなんだ」と思われたかもしれません。否定しません。好きです。でも好きな理由は、おしゃれだからではないんです。

内見で「壁」を触って決めた

この部屋を内見したのは、数年前のこと。物件情報の写真を見て気になり、四谷三丁目の駅から歩いて向かいました。

外苑東通りから一本入った瞬間、空気が変わるのを感じました。大通りの車の音がすっと遠ざかり、住宅街特有の静けさが始まる。荒木町は新宿区とは思えないほど落ち着いた街で、石畳の路地や小さな飲食店が点在している。四谷三丁目と曙橋、二つの駅が使える利便性がありながら、この静けさ。この時点で、かなり好印象でした。

エントランスをくぐって部屋に入り、最初にやったのは壁を触ることです。

コンクリート打ちっぱなしの壁に手のひらを当てる。ひんやりとした、密度のある手触り。型枠の木目がうっすら転写された表面。気泡の跡。一つとして同じ表情がない。

この手触りで決めました。

以前、カフェの記事で「素材の手触りが無意識の信頼をつくる」という話を書きました。木や布のような自然素材は温かみを感じ、金属やガラスは冷たさを感じると。ではコンクリートはどうかというと、温かくはない。でも「正直」なんです。

コンクリート打ちっぱなしは、仕上げ材で覆い隠すことをしない。構造体がそのまま内装になっている。つまり建物の「骨」がむき出しになっている。ごまかしがきかない分、施工の質がそのまま見える。この壁がきれいだということは、この建物は丁寧につくられた、ということ。建築士にとって、それは何よりの安心材料なんです。

コンクリートの壁が「静けさ」をくれた

住み始めて最初に驚いたのは、静かさでした。

荒木町は飲食店が多い街です。夜になると賑わう店もある。でも部屋の中は驚くほど静か。外の話し声も、車の音も、ほとんど入ってこない。

これはRC造(鉄筋コンクリート造)の恩恵です。コンクリートは重い。重い材料は音を通しにくい。木造や軽量鉄骨造と比べると、遮音性能は段違いです。

以前、賃貸の内見についての記事で「最初に耳を澄ませてください」と書きました。遮音性は後から変えられない、と。この部屋は、その「変えられないもの」が最高水準だったんです。

特にありがたいのは、上下階の音がほとんど聞こえないこと。コンクリートスラブ(床版)が十分な厚さを持っているから、上階の足音が響かない。深夜に原稿を書いていても、早朝に建築図面を広げていても、静寂の中で集中できる。

SOHO利用ができるこの物件を選んだ理由の一つが、この遮音性でした。住むだけでなく、ここで仕事もする。だからこそ「静けさ」は贅沢品ではなく、必需品だったんです。

打ちっぱなしの壁が「時間」を映す

コンクリート打ちっぱなしの部屋に住んで気づいたことがあります。壁が時刻を教えてくれるんです。

コンクリートの壁は、光の変化に対して驚くほど敏感です。朝日が差し込むと、壁の表面の微細な凹凸が影をつくり、テクスチャーが浮かび上がる。昼は均一なグレーに戻り、夕方になると西日がオレンジ色に壁を染める。照明を落とした夜は、間接照明の光が壁をやわらかく照らし、昼間とはまったく違う表情を見せる。

白い壁紙の部屋では、こうした変化はほとんど感じません。壁紙は光を均一に反射するように設計されているから、一日中同じ表情をしている。それはそれで安定感があるのですが、コンクリートの壁は光の変化をそのまま映し出す。時計を見なくても、壁の表情で「あ、もう夕方か」とわかる。

実家の記事で「窓の光には時間割がある」と書きましたが、コンクリートの壁はその時間割を増幅してくれるスクリーンなんです。光と影のドラマを、毎日無料で上映してくれている。

荒木町という「街の余白」

この住まいを語るうえで、建物と同じくらい大切なのが荒木町という場所です。

荒木町は、かつて花街として栄えた歴史を持つ街です。今もその名残が路地のあちこちに残っている。石畳、小さな階段、行き止まりの路地、看板のない隠れ家的な飲食店。新宿区の、しかも四谷三丁目から徒歩数分の場所に、こんな迷路のような街が残っていること自体が奇跡的です。

建築士として見ると、荒木町の魅力は「スケール感」にあります。道幅が狭く、建物が低く、人間の体に近いスケールで街ができている。大通り沿いのビル街では感じられない、体が自然とリラックスするサイズ感です。

駅の記事で「階段を上った先の景色が、その街の第一印象を決める」と書きましたが、四谷三丁目の駅を出て荒木町に向かうとき、大通りから路地に入る瞬間に空気が切り替わる。あの感覚は、ホテルのエントランスで感じる「トランジション」に似ています。日常の東京から、少しだけ時間の流れが遅い場所へ。

この街に住んでいると、仕事帰りにふらっと立ち寄れる小さな店がいくつもあるのがありがたい。建築の仕事で頭が煮詰まったとき、路地を一周するだけで気分が切り替わる。街そのものが「余白」として機能している感覚です。

「ウッドデッキ」という小さな外部

この物件の気に入っているポイントをもう一つ挙げるなら、ウッドデッキのある部屋があることです。

マンションにおける「外部空間」は、実はものすごく贅沢なものです。バルコニーはあっても、洗濯物を干すための実用スペースにしかならない物件が多い。でもウッドデッキがある空間は違う。裸足で出られる。椅子を置ける。コーヒーを飲める。そこは「住戸の延長」としての外部になる。

建築設計では、室内と室外の中間にある空間を「半屋外空間」と呼びます。完全な室内でもなく、完全な屋外でもない。屋根があるけど壁がない縁側や、囲われているけど空に開いた中庭。日本の伝統建築が大切にしてきた、内と外の曖昧な領域です。

ウッドデッキは、コンクリートに囲まれた空間に「抜け」をつくってくれています。打ちっぱなしの硬質な室内から、一歩出ると木の温かみがある。窓の開口が広いから、室内にいてもデッキの先の空が見える。この「抜け感」が、コンクリートの無骨さとバランスを取っている。

設計者は意図してこのコントラストをつくったんだと思います。コンクリートの冷たさと、木の温かさ。閉じた空間と、開いた空間。その対比があるからこそ、どちらの良さも際立つ。

「変えられないもの」がすべて揃っていた

改めて、この住まいに決めた理由を整理してみます。

RC造の遮音性能。コンクリート打ちっぱなしの正直な仕上げ。荒木町の静かな住環境。外苑東通りから一本入った立地。四谷三丁目と曙橋の2駅2路線。SOHO利用が可能な柔軟性。ウッドデッキがもたらす開放感。そして、窓からの光がつくる時間の表情。

どれも「変えられないもの」です。

壁紙は貼り替えられる。家具は買い替えられる。照明器具も、カーテンも、キッチン用品も。でもコンクリートの壁、建物の構造、周辺環境、窓の方角、そして街の空気──これらは自分の力ではどうにもなりません。

内見記事で「変えられないものに問題がなければ、長く住める」と書きました。この部屋は、変えられないものがすべて自分にとって最高の条件だった。だから迷わなかった。壁を触った瞬間に決めた。

おわりに──住まいは「対話する相手」である

この部屋に住んで気づいたことがあります。住まいは「使うもの」ではなく「対話する相手」だということです。

朝、コンクリートの壁に光が差すのを見て、今日の天気を知る。夜、壁に反射する間接照明のやわらかさに、一日の終わりを感じる。ウッドデッキに出て空を見上げ、季節の移ろいを知る。荒木町の路地を歩いて、街の声を聞く。

建物が語りかけてくることに、耳を澄ませる暮らし。

このシリーズでは、カフェやモールや図書館が「気づかれないように人を導いている」話をしてきました。でも住まいは少し違います。毎日の暮らしの中で、建物の語りかけに気づく余裕が生まれてくる。それは、その空間が自分に合っている証拠なんだと思います。

もし今、住まいを探している方がいたら。条件表を見比べる前に、内見で壁を触ってみてください。床を踏みしめて、窓の外を見て、耳を澄ませてください。

建物は、あなたが思っている以上に、いろんなことを語りかけています。

その声が心地よく聞こえた場所が、きっとあなたの住まいです。

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