初めてのnote
みなさま、こんにちは。sky cloud です。
私は現在大学2年生で、心理学を専攻しています。今年3年生になります。
趣味は、心理学や哲学の勉強、作曲すること、好きな文具を集めること、太鼓の達人をすることです。
以上が自己紹介です。
ということで、初めてのnoteの投稿なのですが、よく分からない!
一体何をかけばいいのかよくわかってないです!
日記のような感じにしていこうかなと、現時点で考えてます・・・
noteを始めようと思ったきっかけ
↓
日々過ごしていて、いろいろ思うこと考えることいっぱいあるけど、それって大事なものじゃないか?忘れていいものなのか?
1日経つだけで何を考えていたか忘れてしまうのに、1か月、1年経ったら、一体自分はどのように考えて生きていたんだろうか!?
・・・何かに記録しておけばいつでも振り返れるから良いのでは?
よし!これにしよう!
という感じです(笑)、日々の記録をnoteという媒体に残そうと決めたという部分に深い意味はないですね。
今日の思考
↓
毎日の積み重ねが大事、という言葉をよく聴く。
毎日の積み重ねは、地道な努力がある時点において大きな結果を生み、
そのとき自分の努力は報われるんだ。
という風に思うと、
毎日の積み重ねをする気力が一気に体から抜けてしまった。
━━━なぜだろう???
私の努力はいつ報われるんだ?いつになったら報われるのか?
本当に報われるのか?いつ報われるか分からないことに
毎日の時間を割くなんてもったいないしめんどくさくないか?
報われたらどうなるんだ?私は喜び満足して終えるのか?
それともまた新たな大きな結果を求めて努力するのか?
ある時点で大きな結果をもたらすと願って、毎日の積み重ねを続けるのは、
大きな結果を待ち遠しくする私への拷問なのではないか?
だとすれば、大きな結果を手に入れたその瞬間、
私は喜び満足しこの拷問から解放されるというのだろうか?
自分の努力が報われる、という結果を求め毎日の積み重ねを行うのではなく、毎日の積み重ねは、昨日の自分との対決であり、明日の自分への挑戦状なのであり、一日一日の成長を感じることが喜びなのではないか?
そのような些細な成長を認めること、そしてその成長を噛み締めることに、毎日の積み重ねの意義があり、そのために毎日の積み重ねをすべきなのではないか?
もしかすると毎日の積み重ねをすること、していることそれ自体が、
「本当の」喜びであり、満足なのではないか?
毎日の積み重ねが生み出した結果に、他人はすごいと言うだろうが、毎日の積み重ねの過程こそが自分にとって「本当に」すごいのではないか?
そう思うと、体から不満ありげに出ていった気力が
「俺と生涯を共にしてくれ!」
と言わんばかりに私の身体の芯と一体化したように感じた。
