見出し画像

戸隠神社②【岐阜・長野旅】

今回も昨日に続いて、戸隠神社五社巡りの旅をお送りします。


あらためて戸隠神社五社巡りを説明すると、戸隠地方にある五つの戸隠神社(宝光社・火之御子社・中社・九頭龍社・奥社)を参拝することを指します。

前回の記事では、五社のうち宝光社・火之御子社・中社を紹介しました。


今日は、残りの二社である九頭龍社と奥社の様子とその過程の道のりを綴っていきます。


中社の前の戸隠観光情報センターにあったチラシ


中社・火之御子社・宝光社を巡って昼食をとったあと中社の駐車場に戻り、車で4分の場所の奥社専用の駐車場に向かい、そこから徒歩で九頭龍社と奥社に向かいました。



こちらの入り口の小さな坂道を下っていくと見えてくるのが大鳥居です。




ここから、およそ30分ほど歩くことになります。




大鳥居の先にあるのは、ハルニレ、シナノキ、ブナなどの自然林の中にある真っすぐな道をただただ歩いていきます。


たくさんの木々の中を歩いているだけで、心が洗われていきます。


そして、15分ほど歩いていくと見えてくるのが随神門(ずいしんもん)です。



この随神門は戸隠神社の中で最も古い建造物といわれていて、宝永七年(1710)の建立で、三間一戸の入母屋造り、正面の柱は四本だが後ろに八本の控柱がある八脚門で屋根は茅葺きです。

ちなみに随神門とは、神社などの神域の入り口に建てられ、邪悪なものが侵入するのを防ぐための門といわれています。



茅葺屋根の植物の様子に心が打たれました。


この随神門の屋根の植物は意図して植えられているわけではなく、茅葺の上に森の木々の種子が落ち、それが芽吹いたものだと考えられます。


雪深い戸隠では、茅葺屋根に芽吹いた植物は育つことができず、春先頃には植物のない一般的な茅葺屋根になるようです。


しかし、そこからまた屋根に植物の種子が落ち、温かくなるにつれて育っていくというサイクルとなっているようです。


実際に、戸隠神社にまつわるHPを見たところ、随神門は人の手は加えられていないとありました。


歩道を歩く人が小さく感じます。


随神門を過ぎると、約500メートルにわたって200本以上のスギの巨樹の杉並木が続きます。


こうした杉の木の歴史は420年を超えるといわれています。


杉の木を植えた当時の人達は、遠い未来を想像しながら道づくりをしたことでしょう。




随神門から歩くこと10分、九頭龍社・奥社に続く坂道が始まります。




坂を上り始めて5分ほど、正面に建物が見えてきます。



さらに階段を登っていくと、写真左側上部に見えるのが九頭龍社の屋根で、写真右上の鳥居の向こうにあるのが、戸隠神社奥社となります。


まず訪れたのは、戸隠神社四社目となる九頭龍社。



戸隠神社の九頭龍社は、戸隠山の地主神である九頭龍大神を祀っていて、戸隠神社五社の中で最も古い創建とされる神社で、その由来は、戸隠山に点在する「龍窟」と呼ばれる洞窟から始まり、山岳信仰とともに、古くから水の恵みをもたらす神、心願成就の神、縁結びの神として崇められています。

戸隠の九頭龍伝説は、戸隠山に古くから地主神として鎮座していた九頭龍大神が、戸隠神社奥社のご祭神である天手力雄命(あめのたぢからおのみこと)を勧請し、その守護神となったという伝承です。また、学問行者が9つの頭に分かれた龍を法華経で岩窟に封じ込め、善神として祀ったという説もあります。

AIによる概要



九頭龍社に置かれた看板



古い歴史を感じられる木造の九頭龍社を参拝した後、最後の社殿となる戸隠神社奥社に向かいます。


巨大な岩の横の階段を登っていきます。



ちなみに奥社本殿のある場所は、標高は約1,300メートルだそうです。



戸隠の「奥の神社」である奥社が創建されたのは、紀元前 210 年だといわれています。


戸隠神社の奥社は、1000年以上にわたって再建・増築を繰り返し、現在の建物は19世紀末から20世紀初頭にかけて再建されたといわれています。


ただ、細かい修復等はその後も続いているのではないかという印象を建物を実際に見て感じました。


御祭神は、日本の神話において戸隠山を作ったとされる神である、天手力雄命(あまのたぢからおのみこと)。


天手力雄命とは、天照大神が岩戸に隠れた際に、その岩戸をこじ開けた力持ちの神のことで、彼が投げた岩が落下したのが戸隠で、ものすごい地響きを立てて落下し、その場所が現在の戸隠山となったといわれています。


なお、天の岩戸の舞台となった場所は、宮崎県の高千穂にある天岩戸神社など、複数の場所が存在していたりします。

ちなみに、戸隠五社のうち、はじめから神社だったのは火之御子社(ひのみこしゃ)のみだそうで、奥社、九頭竜社、中社、宝光社の 四社 は、神仏習合のお寺として様々な宗教の影響が入る修験道の修行の場所だったそうです。


戸隠神社五社参拝を終えて、奥社入口の大鳥居に戻ったが17時頃。



無事、五社巡りを終えることができました。

この日は、一日かけて戸隠神社五社巡りをしてきましたが、個人的に特に印象に残ったのが随神門でした。

今回、訪れた時期がよかったのかもしれません。

杉の大樹の並木道と随神門の景色が奇麗すぎました。

茅葺屋根とその上に生い茂る植物を見ることができるのは、この季節ならではなのだと思います。




また戸隠神社五社全体が標高1200メートル以上の場所にあり、自然豊かだったたこともよかったです。


この次に訪れる際は、古道を使ってすべての社を巡ってもいいかなと思ったくらいです。


といったわけで、明日は、書道の記事にする予定です。


次は、諏訪湖周辺にある諏訪大社四社巡りについて書いていこうと思っています。


立石公園から望む諏訪湖



いいなと思ったら応援しよう!

アキタロウ 頂いたサポートやチップの半分は、この地球環境をよくするために寄付させて頂きます✨ もう半分は美味しいものを頂くことで自分を喜ばせます😊