宝くじに当たったようなものだ
私は27歳で積水ハウスに中途入社し、埼玉営業所の住宅展示場に営業として配属された。
その後、賃貸住宅を受注する部署へ異動した。振り返ってみると、私はルート営業が性に合っていたのだと思う。JA、金融機関、不動産会社、会計事務所など多くの方々から紹介をいただき、安定して受注することができた。収入面でも満足していた。
バブル景気の頃には、毎晩のように接待があった。おかげで歌も上手になった(笑)。良い仲間にも恵まれ、仕事は忙しかったが充実していた。
当時の積水ハウスには「やってみなはれ」という挑戦を後押しする風土があった。JAへの新入社員出向やアパートオーナー向けの旅行企画など、自分なりのアイデアを形にすることができた。それらはリピート受注にもつながり、大きなやりがいを感じていた。
また、一般定期借地権事業に携われたことは、その後の人生にも大きな影響を与えた。定期借地権の普及に人生を懸けてみたいと思い、私は57歳で早期退職した。勤続30年だった。
その長い会社員生活の中で、今でも忘れられない上司の言葉がある。
「積水ハウスに入社できたのは、宝くじに当たったようなものだ」
当時の私は、その意味を十分には理解できなかった。
しかし退職してから、その言葉の重みを何度も実感することになった。
起業後にビジネス書を出版した際には、積水ハウスやサラリーマン時代の取引先だった会計事務所、JAなどから講演の依頼や案件の紹介をいただいた。現役を離れた後も支えていただけることに、心から感謝している。
そんな私も積朋会に入会して14年になる。
これまで一度もイベントに参加したことはなかった。ところが今年、何度も届く参加案内メールが気になった。
「参加希望者が定員に達しないため、イベント開催が危ぶまれています。ぜひご参加をご検討ください」
そんな内容だった。
3度目の案内メールには、すでに参加を表明している方々の名前が掲載されていた。そこには懐かしい名前がいくつも並んでいた。
「あの人も元気なんだな」
一人ひとりの顔を思い浮かべているうちに、気が付けば参加ボタンを押していた。そして定員に達し、無事開催が決まった。
開催日は7月22日。集合場所は日の出桟橋だった。
ところが日が近づくにつれ、なぜか気分が重くなってきた。
理由は三つあった。
一つ目は船酔いである。
若い頃、青函連絡船でひどい船酔いを経験した。船底でのたうち回った記憶は今でも鮮明だ。
知人からは、
「年を取ると三半規管も鈍くなるから船酔いしなくなるよ」
と慰められたが、不安は消えなかった。念のため酔い止めの薬も準備した。
二つ目は服装だった。
当日は真夏日になる予報だった。最近流行の日傘を買おうとワークマンへ行ったが売り切れ。代わりに「冷感」の文字に惹かれ、ポロシャツを購入した。
三つ目は、14年ぶりに会う人たちの顔と名前が一致するだろうかという不安だった。
しかし、それは全くの杞憂だった。
髪が白くなった人もいる。薄くなった人もいる。それでも顔を見た瞬間に誰だかわかった。
そして会話が始まると、一気に時間が巻き戻った。
営業の苦労話、失敗談、成功談。あの頃の出来事が次々によみがえってくる。
初めてお会いした千葉の方と営業時代の苦労話をしていた時だった。
「我々は戦友だよね」
その言葉に私は深くうなずいた。
数字に追われ、お客様のために知恵を絞り、ともに走り続けた仲間たち。
確かに私たちは戦友だった。
当日は美味しい料理とお酒を楽しみながら、思い出話に花を咲かせた。気が付けば青春時代を取り戻したような気分になっていた。
ほろ酔い気分で帰宅する電車の中、私は上司のあの言葉を思い出していた。
「積水ハウスに入社できたのは、宝くじに当たったようなものだ」
若い頃には分からなかった。
だが今なら分かる。
挑戦する機会を与えられ、多くの仲間と出会い、退職後も支えてもらえる。
そんな会社に出会えたことは、本当に宝くじに当たったような幸運だったのだ。
積朋会の皆さん、楽しい時間をありがとうございました。
また次回のイベントでお会いできる日を楽しみにしています。
