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【新シリーズ】#274 賢治山 はじめに(1)【賢治山 その1】

0.はじめに
 
宮沢賢治が「イーハトーブ」と呼んだ岩手の地において、賢治にとっての山は、単なる風景の一部ではなかったのだろう。

それは時に、敬虔な祈りを捧げる「霊山」であり、時に異界への入り口となる「シャーマン山」であり、またある時は、「金色」に輝く「仏」そのものであったようにも見える。
 
賢治は、故郷の花巻や青春を過ごした盛岡の地から、山々を仰ぎ見ては筆を走らせ、時には実際にその険しい稜線に身を投じて、平地の日常生活からはみ出した異界との交流を試みた。

賢治が遺した作品やメモの端々には、山々の植物や地質、そして山で出会った「つめたいゼラチンの霧」や「巨きな菓子の塔」などが、心象風景となって色鮮やかに刻まれている。
 
宮沢賢治にとって、鉱石や動物たち、そして風や雨や雪などの自然現象が、作品や生活と密接不可分の関係性であることはよく知られているが、そういった様々な命や自然現象が賢治にもたらしていた山そのものの重要性は、一般的にどれほど知られているだろうか。

地質学が解き明かす数億年の山の記憶、修験道が刻んだ信仰の轍、そして賢治の心象に映った様々な光。

山に分け入るという実際の体験が、かつての賢治が触れた世界を身近に感じることにつながると伝える人は、どれほどいるのだろうか。

実際に賢治が登った山々に登りながら、それらの山々と賢治の作品世界のつながりについて考えるという試みに取り組んだ書籍は、意外にもあまり多くない。

恐らく、そういったジャンルの中で最高峰の本は、「宮沢賢治の山旅 イーハトーブの山を訪ねて」(奥田博著)であろう。

2021年に発刊された雑誌「Coyote No.75 特集 山行 宮沢賢治の旅」(スイッチ・パブリッシング社)にも、賢治と山についてわかりやすく書かれているが、「宮沢賢治の山旅」の情報を基にして編集されているようだ。 

(続く)
 
【写真:羅須地人協会跡地から見た早池峰】
 
2026(令和8)年6月25日(木)

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