悪魔の初恋その17(初めての部屋)
昼下がり。
仕事の合間。
小春は廊下に立っていた。
キャロラインの部屋の前。
「……」
じっと扉を見る。

(来ちゃった)
少しだけ、緊張する。
(迷惑じゃないかな……)
でも、
来てしまった。
理由は簡単だった。
(もっと話したい)
それだけ。
小春は小さく深呼吸する。
それから、
コンコン、と戸を叩く。
中から声がする。
「はい…」
やっぱり優しい声。
小春は少し安心する。
「失礼します!」
戸を開ける。
部屋に入る。
畳。
整えられた着物。
針と糸。
静かな空気。
(……綺麗)
思わず見渡す。
キャロラインがこちらを見る。

「あら、小春ちゃん」
少しだけ驚いた顔。
「どうしたの?」
小春は少しだけもじもじする。

「あの……」
言葉を探す。
でも、
結局そのまま出る。
「来ちゃいました…」
キャロラインは一瞬きょとんとする。

それから小さく笑う。
「そう」
小春は慌てて言う。

「あ、あの! 邪魔だったらすぐ帰ります!」
キャロラインは首を振る。
「いいわよ?
座りなさい?」
小春の顔がぱっと明るくなる。

「はい!失礼します!」
ちょこんと座る。

少し沈黙。
小春は周りをきょろきょろ見る。
(なんか……落ち着く)
変な感じだった。
自分の部屋じゃないのに、
安心する。
キャロラインは縫い針を動かしている。

チク、チク、と。
静かな音。
私はその手元を見る。
「キャロラインさん」
「な〜に?小春ちゃん」
「それ、すごいですね」
キャロラインは針を止める。
「これ?」
「はい」
小春は少し身を乗り出す。
「私、不器用で……
そういうの、できないです」
キャロラインは少しだけ微笑む。
「慣れよ」
「へー……」
小春はじっと見る。
その手の動き。
無駄がない。
綺麗。
(すごいなぁ)
ふと、思う。
(この人…
なんでも一人でできそう)
その瞬間、
少しだけ胸がきゅっとなる。
(……一人で)
なんでそう思ったのか、
自分でもわからない。
でも、
そう見えた。
キャロラインは顔を上げる。
「どうしたの?」
小春は慌てて首を振る。
「なんでもないです!」

にこっと笑う。
でも、
そのあとすぐ言う。
「キャロラインさん」
「な〜に?」
少しだけ間。
それから、
ぽつりと言う。
「私、ここにいていいですか?」
キャロラインは少しだけ目を細める。
「どうして?」
小春は少し考える。
うまく言葉にできない。
でも、
正直に言う。
「なんか……」
「落ち着くからです」
キャロラインは静かに言う。
「好きにしなさい」
小春の顔がまた明るくなる。
「はい!」
そのまま、
畳にごろんと横になる。

キャロライン
「小春ちゃん」
小春
「はい?」
キャロライン
「……それはどうかと思うわ」
小春は笑う。
「すみません!」
でも動かない。
そのまま、天井を見る。

(ここ、いいなー)
目を閉じる。

少しだけ、
安心する。
その時。
畳に落ちた影が、
ほんのわずかに揺れる。
キャロラインは動いていない。
でも、
影だけが、
ゆっくりと、
小春の方へ伸びる。
まるで、
触れようとするように。
でも、
触れる直前で、止まる。
小春は気づかない。
そのまま、静かに言う。
「キャロラインさん」
「なに?」
「ここ、好きです」
キャロラインは答えない。
ただ、
ほんの少しだけ
影を見た。

そして、
何も言わなかった。
