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海の声を聴け【グワイ・ハアナス航海日誌②】

カナダBC州、太平洋北西に浮かぶ離島ハイダグワイの南部は「グワイ・ハアナス国立公園」として保護されています。一連の航海日誌は、そのグワイ・ハアナスをカヤックで十四日間旅をした記録です。

8/11 三日目
マルコ島→ワンダラー島直下の入江

ガスバーナーでお湯を沸かし、角餅を三つ茹でる。パック詰めされたつぶあんを捻り出して溶かせば即席おしるこの完成だ。おしるこは僕のカヤック旅における朝ごはんの定番のひとつ。朝に弱い自分でも湯さえ沸かす気力さえあれば餅とあんこをぶちこんで完成という簡単さに加え、もちは腹持ちが良いので漕ぐ1日のスタートにぴったり。あんこの甘すぎない甘さもほっとする。

かるく餅三つを平らげる。今朝はお湯が多すぎて薄めになってしまった。明日からは茹で汁を少し捨てて、餅も一つ増やそう。

今日は満月から三日目。昨日で潮汐差はピークを過ぎたとは言え、まだまだ満ち引きの差は大きい。朝には干上がっていた眼前のビーチがみるみるうちに満ちていく。ドライバッグを抱えて長い距離を何往復もしなくないし、南に向かうにあたって引き潮に乗れれば楽なので、満潮時刻の3時の1時間前に出発することにする。

潮汐はブランコの動きとよく似ている。干潮・満潮といった頂点に達した時、潮の動きは理論上停まる。逆に、その中間地点では最も速いスピードで引く・満ちるの動きをする。ピーク時前後の潮の動きが穏やかな時間帯は「スラック・タイド」と呼ばれ、カヤックやカヌーといった小舟で旅をする人間たちにとっては1日に2度ある「スラック」をいかに上手く使うかがナヴィゲーションの肝になる。

テントを畳み、タープを片づけ、いくつものドライバッグに小分けに荷物をまとめていく。カヌーのようにざっくばらんに荷物を乗せることができないカヤックでは、前後のハッチにいかに隙間なくドライバッグを詰め込むかが腕の見せ所だ。テントポールや寝巻き類といった「すぐ使わない」「軽い」「細長くまとめられる」ものを船首・船尾に押し込み、食料バッグや鍋・食器といった「かさばる」「重い」ものをコックピットの近くに積み込む。

カヤックのパッキングはまだ慣れていない旅の序盤には苦労するが、日数を重ねるごとにテキパキと動けるようになるものだ。今日が今回のカヤック旅最初のキャンプ移動になるのでちょっと時間がかかる。

3往復してドライバッグを水際まで下ろし、パドリングウェアに着替えてカヤックを運ぶ。今回のウェアは下にはマスタング・サバイバルのドライパンツに滑り止めのついたスニーカーを履き、上にはメリノウールのTシャツ。天気が悪ければレインジャケットにガスケットもつけるが、この青天ではTシャツ一枚でも汗ばむほどだ。

我が愛艇、シーワード社製ツーリングカヤック「クエスト 19ft」にきっちりと荷物が収まり、あとは乗り込むだけ。海に向かって二礼二拍手一礼、万歳三唱し、早稲田大学校歌を手振り付き・三番まで通しで歌う。学校の校歌と応援歌が一番気合が入る。

新しくおろしたドライパンツとスプレースカートは、当たり前だがまったく水漏れしない。去年使っていたウェーダーもスカートもどちらもひどく穴が開いていて、漕いでいるうちに太ももからお尻がじんわりと濡れていき、非常に不快な思いをしたのだった。安くない買い物だけれど、新調してよかった。

フアン・ペレス湾は思わず歌い出したくなるほどの凪。水はどこまでも透き通っていて、昆布の森や岩盤にへばりついたロッククラブの赤い甲羅がよく見える。海藻のへばりついた岩場ではオレンジ色の嘴が可愛らしいオイスターキャッチャーたちが不審な目でこちらを見ている。邪魔してごめんよ。

ひとつの岬を越えてヴェルナー湾に入ると、先ほどの鏡のような海からはうって変わり、吹き出ていく風で白波が立っている。背骨のように南北に走る山の頂上付近には向こう側の海岸から駆け上がってくる雲が不気味などす暗さを持ってこちらを覗いている。この入江は太平洋側の入江とくびれをなしていて、風の通り道となっている。いかに東海岸が穏やかでも、荒れ狂う西海岸からの風が吹き下ろしてくればたまったものではない。

このまま真っ直ぐ湾を突っ切る方が距離的には短いが、その進路だとカヤックの横腹に波と風をもろに受けることになる。カヤックは正面や背後からの風・波なら上手くやり過ごすことができるが、横っ腹に大きな波をモロに喰らうと容易く転覆してしまう。見たところ、白波は立っているにしろそこまで強くはなさそうだが、単独行であることを考えると無駄なリスクは取りたくない。向かい風のなかを入江のふちをなぞるように漕いで、その風を逆手に取ってまた入江から出ていけばいい。

カヤッカーの友人たちに旅に出ることを告げると、誰にせよ挨拶がわりに必ず帰ってくるのが「良い選択をしろ」という言葉だ。海の上を歩くというのは、大地を歩くのと根本的に性質を異にする。月の重力が支配する海は、実態を持たず常に変化し、踊り、暴れ、欺き、旅をする者を毎秒単位で試すのである。

海を旅するようになって、本当に多くのことを勉強した。潮汐やうねりの原理、海岸や海底の地形、気圧配置や海洋気象の読み取り方、そしてそれらが水面を移動するにあたっていかなる影響を及ぼすか。注意深く耳を傾け、目を見開き、感じ取る。それまで僕の中でただのっぺりとした「海」として存在していたものが、幾層もの重なりと数多くの表情をもった多次元的な生き物として、膨大な情報を絶えず語りかけてくるようになるのだった。

バードウォッチャーがただ山を歩く人間よりも数倍深く山を「観る」「聴く」ことができるように、小舟で旅をする者はフェリーやモーターボートでただただ移動する者よりも幾分多くの海図をその身体に備えることになる。人間は1日に三万五千回の決断をしているが、それもあながち間違いじゃないんだろうな、という気がしてくるものだ。

ヘッドウィンドでのパワーパドルが続く。耳元をびゅんを風が通り抜け、パドルで掻き上げた水が全身に飛び散る。帽子をコックピット内にしまい、ただただ無心で漕ぎ続けた。

なんとか向かい風を抜け、ヴェルナー湾対岸のニューベリー・コーヴでひとやすみする。ここも良いキャンプ地になりそうだが、今日はバーナビー海峡の近くまでもう少し進んでおきたい。ブルーベリー・バーを何本か齧り、またカヤックに乗り込む。

また少し南に進み、次の入江から吹き出てくる風を避けるように小島の影に隠れながら漕ぐ。ワンダラー島のあたりでまた向かい風になり、少しうんざりしていると右手のビーチに2艇のカヤックが停まっているのが見える。同じウォータータクシーに乗っていたふたりだ。こちらに気がついて「コーヘイ!上がってきなよ!」と手を振っている。

「こんな晴れが続くなんて思っても見なかったわ!」とミーガン。
「ハイダグワイに2年住んでるけど、ここまで乾いた日が続くのは初めてだよ。ここまでは順調だった?」
「これ以上ないくらいにね。バーナビー海峡の南からゆっくり漕ぎ始めて、キャット島に一泊してここまで来たわ。追い風も味方してくれたしね」
「僕はこれからずっと追い風ってことか…」

ポールとミーガンは僕と逆の進行方向で、あと4日でホットスプリング島を目指すのだとか。海図を見ながら道中の情報交換をする。これまでカヤック旅で他のカヤッカーに出会うということはなかったけれど、こうばったり再開して話ができるのは嬉しい。

ワイルドライフがすごかったわ、とミーガンは興奮気味。
「オットセイのコロニーも見たし、クマもたくさん海峡付近にいたわ。いろんな種類の鳥も飛び交っていて…本当に特別なところね」
ハイダグワイを褒められると自分が褒められたかのように嬉しい。ポールは僕の採取食生活に興味を持ったらしく、ナマコやウニの捌き方を教えてあげる。どうして日本からハイダグワイに来たか、ここでどんな仕事をしてどんな生活をしているか、ふたりは静かに僕の話に耳を傾けていた。
「俺もスコットランド出身で、BC州の自然に心を奪われて移民したんだ。こんな美しいところに住めるなんて、君は運がいい」
「ま、ちゃんと政府が永住権出してくれれば文句はないんだけどね」
「カナダは君のような若者が必要なんだ。大丈夫、推薦状が必要だったら『カヤック中に会ったけどいい奴そうだったよ』くらいなら俺が言ってやるよ」と笑う。

二人とひとときの談笑を楽しみ、逆方向に別れる。また、どこかの海で!と手を振り、僕は風を正面に受けながら南に進路を取る。

島陰を出ると、突風が切り立った山々の間を吹き抜けてまたも白波を立たせていた。バーナビー島とモレスビー島は細長いバーナビー海峡で隔てられ、周辺の山々や大小多数の島を吹き抜ける風は予測し難い。できるだけ岸から離れすぎないように進路を取りつつ、歯を食いしばってパドリングのピッチを上げて向かい風の中を進む。

今日はキャット島を寝床にしたかったが、わざわざ向かい風の中苦労して行く必要はないと判断。明日にアイランド湾に到達できれば、スケジュール的に支障はない。ワンダラー島のすぐ下、西から吹き下ろす風から守られた東向きのビーチに上陸する。

小石のビーチの満潮線すぐ上に苔に覆われた平地があって嬉しくなる。いいキッチンスペースにできそうだ。その裏の森はオールド・グロース(長寿の木)が立ち並ぶ鬱蒼とした森だが、ひとつのテントが建てられそうなエリアを見つける。ここが寝床だ。

タープをビーチ上に張ろうと四苦八苦したが、吹き込む風がひどく、ラインを引けそうな木々やペグを打ち込める固い地面がなく諦める。森の中に荷物置き場としてのタープを張り、離れたところにテントを立てる。ウイスキーをひとくち含み、ほっと一息つく。

米を浸水させているあいだ、近くの小川の河口付近でルアーを投げて遊ぶ。こんな小さなクリークには鮭もトラウトもいないことは分かっていても、綺麗な水面には釣り竿を振らずにはいられない。川の両岸に生えているサラルベリーとハックルベリーでビタミン補給。島の北部ではようやくハックルベリーのシーズンが始まったというのに、南部ではもう終わりかけ。

またも炊飯を成功させてしまい、ニヤケが止まらない。ホタテとナマコを贅沢に乗せ、醤油とわさびでかき込む。インスタントの味噌汁をマグカップに注げばれっきとした海鮮定食である。日本人として1日のどこかで米を掻き込まないと、どこか物足りない気分になるので不思議である。

入江の対岸に黒い影が動いていると思ったら、大きめのブラック・ベアがビーチをのそのそ徘徊していた。無心に海藻を食っている。
「おーいクマさん、今夜だけお邪魔しますねー!」と大声をあげる。こちらを顔を向け、首をもたげている。日本語では伝わらなかったかもしれない。
「Hey Mr.Bear! I'll stay overnight here, so I'll appreciate it if you could leave me alone just for tonight. Hawaa!」
まだこちらを見ている。肩をすくめているようだ。こういうときはガツンと言っておいたほうがいい。自然の中ではお互い距離を取るのも大切なのである。
「Yo man, I'm afraid to say, but GET THE HECK OUTTA HERE!」
向こうまで聞こえるように怒鳴ると、やれやれといった感じで彼は森の中に消えていった。カナダ本土の凶暴なグリズリーたちと違い、ハイダグワイのクマは話がわかるので楽である。

コップに格安ビシクレタの赤ワインをどばっと注ぎ、ちまちま舐めながら本を開く。野田さんの「ゆらゆらとユーコン」「旅へ 新・放浪記」を読み終え、別の文庫本を手に取る。何度も読み返している本だが、やはりこれは外せなかった。開高健「オーパ!」である。

外国の無人島で一人旅をしていると、日本語が口恋しくなる。たくさんの日本語の本を持って行くのはそれもひとつの理由なのだが、この欠乏的な感情を補って余りあるほどの饒舌な日本語を投げつけてくれるのが開高健という文学である。

こんな単語が存在していたのかと唸らせられる豪華絢爛な形容。畳み掛けるような分厚い描写。読書体力の低かった大学時代の自分にとって、その一文一文の重厚さが息苦しくて読み通せないこともあったが、母語に飢えている状況にあっては砂漠のオアシスのようなありがたさがある。

ティーグレ・デ・リオ。河の虎。頭から尾まで全身に火薬がみっちりつめこんである。渾身の跳躍。不屈の闘志。乱費を惜しまぬ華麗。生が悔いを知ることなく蕩尽される。パラグァイ河とドラドの名誉が、ここにあっぱれ顕現する。

開高健「オーパ!」

僕がここで改めて紹介するのも憚られるが一応の概要を説明しておくと、「オーパ!」は作家・開高健が大自然アマゾンでピラーニャ・ピラルクー・ドラドといった珍魚・怪魚を追う、ロマンに溢れた冒険的釣りノンフィクションの最高峰である。

いつも目を見開かされるのは、聖書以前的な呪術さを帯びたアマゾンの川面や、そこに暮らす人々の生活の匂いがむせかえるほど伝わってくる圧倒的な情景描写である。ページを捲るたびに鳥肌が立ち、沸るような興奮とロマンにハッとさせられる。

ライムンドの怒りが天に沖したのか、どうか。その夜ふけ、ものすごい嵐に見舞われる。アマゾンの激情の一端をちょっぴり味わう。ここの嵐には予兆というものがなくて、いきなり殺到してくる。前後がなくて絶頂だけなのだ。稲妻、雷鳴、豪雨、強風、この四大がことごとく空と水の精力を結集していちどきに襲いかかるのである。

開高健「オーパ!」

ブラジル在住の日本人が開高健をアマゾンに誘う手紙に「あなたの文体にはいい年をした大人衆をそそのかす要素がある」と書いたとおり、その脂の乗った可憐な表現力で彼が訴えるのは「人間よ、驚け!」というメッセージであるように僕には思える。バブル景気に日本全体が湧き、出版業界も潤っていた時代。消費と狂乱の時代にあって、物質的に豊かになるも「驚く心」を忘れた日本人に、好奇心とロマンのかたまりのような作品を投げかけ続けた作家である。子供のようなシンプルで純朴な遊びに人生を捧げ、熱狂する人々が僕は好きだ。

ヌカ蚊が出てきた。no-see-um(ノシーウム)と呼ばれるこの砂粒よりも小さい蚊は、音もなく近寄っては痛さもなく噛みつき、そして去って行く。その小ささからは想像できない痒みを皮膚に残して。最初の夏ほどひどく腫れはしないものの、それでも厄介だ。時刻は9時を回り、空もじんわりと暗がりを含みつつある。テントに潜り込み、ヨガボールで背中と腰の筋膜をゆるめ、懐かしい有線のイヤホンで少し音楽を聴きながら読書。

8/12 四日目
ワンダラー島直下の入江→アイランド湾

頭の上をごうごうと吹き抜けていく風音で目が醒める。テントでの朝に聴きたくない音の堂々たる一位はもちろん弾けるような雨音だが、突風を想起させる風鳴りも心持ちがいいものではない。バーナビー湾には白波が立っている。やだなあ、今日も停滞しちゃおっかな、という思いが脳内を駆け巡る。

すっかり干上がったビーチではオイスターキャッチャーたちが忙しそうに干潟を長い嘴でつついている。朝には無性に肉を食いたくなり、焚き火を起こしてスモーキー・ソーセージを木の枝に刺して炙る。器用にソーセージを回転させながら焼くと、皮が弾け、肉汁が滴り落ちる。サンドウィッチブレッドに挟み、マヨネーズをかけてかぶりつくと、焼き目がパリッといい音を立てて割れ、香ばしい肉の旨みが口腔に広がる。インスタントコーヒーも慣れれば耐えられる味である。朝の焚き火はまさに「余裕のある1日」の体現のような行為だ。

本をめくったり、ただただ空をみつめたりしてぼーっとしていると、しだいに風が落ち着いてくる。さっきまで白波立っていた湾内も落ち着いて、岸沿いに行けば気持ちよく漕げそうだ。

どっちにしろ水際はまだずっと向こうにあるので、潮がある程度上がってくる午後1時ごろに出発しよう。そう思ってだらだらベリーを摘んだり身体を洗ったりしていると、気がついたら潮がそこまで上がってきていた。またもあんこバターサンドをコーヒーで流し込み、急いで出発準備をする。

ハッチやコックピットのどの部分に何を収納すれば最大限空間を活かせるかを考えながら、昨日から少し趣向を変えてパッキングをしてみる。カヤックに荷物を詰め込み、荷物を取り出すことほど面倒なことはない。水面では自由な旅人も、陸に上がれば腕に食い込むドライバッグに心を折られるか弱い存在である。昼過ぎに出発。

昨日の野営候補地だったキャット島は長いビーチがあって、あそこでもいいキャンプができたんだろうなと想像する。今日の目的地であるアイランド湾までは十キロちょいの行程。昨日とは打って変わり追い風・追い潮で漕がずにも進む。海面を静かに滑りながら、暇なので「古事記」を英語コントにしてぶつぶつひとりで喋る。自他共に認める説明厨なので、何かをおもしろおかしく解説すること自体が面白い。特に観客はいらない。

バーナビー海峡のすぐ手前に広がるアイランド湾は、その名の通りたくさんの小島が点々と浮かぶ入江だ。湾に入ると、またも噴き出ていく風に迎えられる。この旅の一つの目的地であるヤッツァ山もすっぽりと雲に覆われ、その稜線を垣間見ることすらできない。湾の中央部は風に撫でられた白波が立っていたので、ここもまた岸の淵をなぞるように漕ぐ。

隣のルークが教えてくれたキャンプスポットは湾の一番奥まったところにある。ごうごうと水の流れる音がした方向に向かうと、小さな滝が流れ込む地点のすぐそばに上陸しやすそうな砂浜と苔の地面が見えた。カヤックを浜につけてキャンプ地を偵察する。いかにビーチが上陸しやすくても、その裏の森にテントを張ることのできる場所がある確証はない。特に原生林に近い森であればあるほど、アンダーグロース(背丈の低い樹木)が生い茂っていて、掻き分けて進むのもままならないということがある。

一目見て、ここは間違いなくベストのキャンプ場ということがわかる。満潮・干潮時ともにアクセスしやすい傾斜のついた小石の浜、満潮線のすぐ上に苔の平地が広がっている。立ち並ぶ巨木の足元には余裕のあるテントスペースがいくつもあり、極めて開けているのも嬉しい。水リソースはあの滝を見れば一目瞭然である。とりあえずはここに二泊する予定だが、なんなら1ヶ月くらいは心地よく過ごせそうな美しい場所である。

ここにタープを張ってください、ここにカヤックを置いてくださいと言わんばかりのポイントをカヤック・食料エリアにし、30メートルほど離れた地点にテント場を探す。どこに設営しようか迷うほど平地があるキャンプ地も珍しい。風が吹いた時に枝が落ちてこないように、立ち枯れの木の周りは避け、海を覗くことのできるところにムーンライトテントを張る。

カヤックから上陸し、タープを張って雨宿りする場所、テントを張って寝床を確保すると、一気に肩の力が抜けてほっとする。バランタインのウイスキーを二口、ピスタチオを割って口に運ぶ。夕食は何にしようかと食料バッグを漁っているとジャワカレーのルーが目に入る。カレーを鍋いっぱいに作って、今日明日の夕食にすれば明日の手間が省けるのではとひらめき、自分の利口さに驚愕する。Tomorrow me gonna love meのマインドは日常生活の家事においていつも心がけている。

米を浸水させているあいだに水を汲みに行く。透き通った川の水はあくまで冷たく、顔を洗うとほうっと息が出た。滝はフリーフォールではなく、ゆるやかな岩場を水が幾重にも分かれて落ちていく。細い絹の糸を洗うかのように清らかだ。

焚き火を起こそうと思ったが、流木があまり見つからない。アイランド湾は外海から相当守られた場所であるため、ここまで木々は流れてこないのだ。こういう時に頼りになるのが「スタンディング・デッド」、立ち枯れの木々である。

ハイダグワイの年中多湿な森では、地面に落ちているものはすべからく湿っている。枝が風でなぎ落とされたり、木々が死んで倒れたりした場合、彼らは即座に腐敗の一途を辿り、次の生命への養分と姿を変えて行く。森の地面に横たわる倒木は燃えることはない。

同時に、青々とした葉を抱いた生きている木々はどう頑張っても燃えることはない。前のキャンプ者が切り倒した若いスプルースを燃やそうとしたようで、表面だけが煤けた状態で放置されていた。無駄な殺生をし、無駄な労力を使い、その木が果たしたであろうライフ・フォースまでを奪ってしまっている。生木を燃やそうとするのは典型的なアマチュア・ムーヴである。とはいっても2年前の僕なら何も疑わずにそう試みたであろうが。

ここで探すべきなのが「スタンディング・デッド」=葉がついておらず死んでいるが、それでいて未だ直立している立ち枯れ木や枝だ。それも、自分一人で問題なく倒せるくらいの大きさのものに限る。

森の中を少し歩くと、いくつも死んだ低い木々がある。立ち枯れは根元付近が腐っていることも多く、ちょっとテンションをかけてあげれば簡単に折れる。もちろん糸鋸なんかがあれば楽だろうが。死んだハンノキの大きな枝をぶらさがるようにして折り、ちょうどいいサイズにする。今日の焚き火に必要な分の木々を集めてから、焚き付け材を使って着火する。

じゃがいも、玉ねぎ、にんじんをナイフで切り、バターを引いた鍋で軽く炒める。同時並行で米を火にかけ、スモーキー・ソーセージを炙る。野菜たちに火が通ったら川の水を入れて煮込み始める。香ばしく焼けたスモーキーを切って鍋に入れ、カレールーを溶かせば完成である。

米を火からおろして蒸していると、2艇のダブル・カヤックが滝の近くに近寄ってくる。ひとつのカヤックから父親と娘らしきふたりが降りて、僕のキャンプ地の対岸で寝床を探しているようだ。向こうにはいいテント場はなかったはず。こちら岸にもう一艇がつき、母親と息子が降りてくる。
「やあ、泊まるとこ探してる?」
「そうなの。本当に長い1日でね」
母親は塩にまみれたシャツの腕をまくる。ぺったんこの髪もそれまでの長旅を物語っているようだ。彼女はスウ、周りを走り回っているのが息子のカイ。
「こっちにたくさん平らな地面がある。僕はシェアする分にはまったく構わないよ」
「本当に…!ひとりでいるところ邪魔するの悪いなとは思ったんだけど」
むしろウェルカムだ。向こう岸の夫と娘もこちらにやってくる。年季の入ったドライスーツを着た旦那のコリンは、風貌から歴戦のカヤッカーであろうことが伝わってくる。
「ありがたいよ。向こう岸はサラルベリーのブッシュでいいテント場がなくてね」
「そうだよね。時間も遅いし、まずはテントなり立てて落ち着きなよ」

コメの炊き上がった鍋にカレーをどばっとかけ、そのままスプーンで突いて食べる。屋外で食うカレーライスでしか満たされない感情がある。熱々のカレーをはふはふ言いながら口に運ぶあの多幸感。今日も元気に2合をたいらげる。

「今日はどこから漕いだの?」へとへとの顔でテントを設営するスウに聞く。
「フストン・ポイントから。いろいろキャンプ地を探してたんだけど、これっていうのが見つからなくて」
「あのダブルカヤックは早いんじゃないの?」
「全然よ。子供達はあまり漕げないから、二人艇をひとりでずっと漕いでるようなもの。風にも弱いし、もう疲労困憊だわ」
グワイ・ハアナスの南部を、10歳前後の子供二人を連れてカヤック旅するというのは、また違う次元の難易度がありそうだ。十日間の日程で、僕のゴール地点であるローズハーバーエリアから北上してきたらしい。

「へケート海はどうだった?」島の南端ローズハーバーに至るまで、開けたへケート海に出る領域がある。よく荒れることで有名だ。
「悪夢みたいなもんだったわ。聞きたい?」
スウとコリンたちは二人艇で北上していたところ、入江からの吹き下ろしがひどく、どんどん外海に流されていたという。
「イケダ湾のところで突風が吹いてね。ダブルカヤックは全長が長いから横風に本当に弱くて、いくら漕いでも自分たちが岸から引き離されてるのが怖かったわ。結局動けなくなって、昆布に1時間掴まって助けを呼んだの」

偶然モレスビーエクスプローラー社のゾディアックが近くにいて、静かな入江まで牽引してくれたんだとか。
「ほんと、Humblingな経験だったわ…」
子供を抱えて危うく水難事故になるところだった。彼らが無事で嬉しい。僕も一層気を引き締めなければならない。

もう遅くなりつつあったので、彼らとゆっくり話すのは明日以降にする。気象予報を聞き、丹念にストレッチングをして寝袋に入った。「オーパ!」を読んでいるうちにまどろみに誘われていった。

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上村幸平|kohei uemura 読んでくれてありがとう!サポート頂ければ感謝感涙ですが、この記事を友達にシェアしてもらえる方が、ぶっちゃけ嬉しいかも。また読んでください!Cheers✌️