子どもと遊ぶのつまんない
4歳男児を育てている。言葉を選ばずに言えば本当におもしろくない。
まず我が家の4歳男児の笑いのツボって「おしり」と「おなら」と「筋肉マッチョ」なんですよ。日曜日の朝6時から寝ている私の体を揺り起こし、何かと思えば「筋肉マッチョの塗り絵やりたい」とか言ってくる。ありえないだろそんな塗り絵。
そんなのないよと言ったら「なんで!」と怒るので、私が描くしかない。筋肉マッチョを。一生懸命。「筋肉マッチョ イラスト」で検索して。朝の6時に。薄暗いリビングで。なんですかこの時間は。こんな謎の時間が宇宙の歴史の一部に刻まれて大丈夫なんですか?
それで一生懸命描いたのに結局黒い線をちょっとだけグチャっとやったあと、「塗るのもママがやって」と言われ、ただ私が描いて塗っただけの筋肉マッチョが完成した。本当に何?これは。いま事件が起きたらアリバイとして「その時間、私は筋肉マッチョの絵を描いて、色を塗っていました」って言うの?別の容疑で逮捕されない?

あくる日は、恐竜のおもちゃを持って「ママ、"戦い"をしよう」と誘ってくる。戦いたくないです。暴力以外で解決って無理な感じですか?そもそも恐竜に感情移入とかできないし。あいつら絶滅してっから。
とにかくはやく終わらせたい私は、息子からの最初の一撃で「うわー、やられたー」と、すぐに降伏する。しかし当然それには満足せず「はい、まだ倒れません!最強の恐竜だから!効いてません!」と、本来勝ちたいはずなのになかなかこちらを負けさせてくれない。結局、空中を浮遊しながら尻尾を右左に激しく振り回す恐竜扇風機ボンバー(息子命名)に巻き込まれたところでやっと命を落とすことができた。
あとは隙あらば「ママ見て!」と言いながら、すごいのかなんなのかよくわからない動き(頭と腕を左右にぶんぶん振る等)を延々見せられる。すごいね。と一度言って満足してくれればいいのだが、「もっと速くできるよ!」と言って、よくわからない動きver.2を見せられる。
自分の子供に向けていい感情ではないことはわかっているが、本当に本当に、おもしろくない。もちろん私は子どもを愛しているがそれと「つまんね~」という感情は両立する。子どもと接しているときの私の顔がたまたま動画に映っていたのを見たら、完全にマタドガスと同じ顔色だったのでびっくりしてしまった。
ネットを見ていると「小さいときは一瞬だからいつか戻りたいと思える日が来る」とか書いてあるが、間違いなく私は、タイムマシーンがあったとしても2026年の冬および春は避ける。はやく、息子には話の通じる人間になってほしい。いつまで続くんだろう。平日は保育園に預けているが、夕方になると「またあいつとの時間が始まるのか……」とすら、ここ最近は思ってしまっている。
そんなことを思ってしまっている私は、きっと子育てに向いていない。この子って私の子どもで不幸かも。世の中には、子どもの遊びに付き合うのが苦ではない親はいくらでもいる。自分の親がめんどくさそうに遊びに付き合っているなんて、いつか大人になった息子が幼いころの記憶を思い出したら「親ガチャ失敗」「毒親」と、思われるんじゃないだろうか。そんなことを考えながら、かといって子どもとの遊びを楽しめるわけでもなく、毎日着々と自信をなくしている。
そんななか、先日、あることが起こった。
子どもがレゴブロックで遊んでいた。
それはそれはすごい散らかしようで、子ども部屋には床が見えないくらいブロックが散乱している地獄絵図。いま曲者がこの家に侵入してきても、まきびしとして機能するほどだった。
どうにか片づけさせたいが、きっと片づけてよと言っても「やだ」で終わりだろう。そこで私は「片づけ大会しよう。音楽が止まるまでに片づけられたら勝ちだよ」と、誘ってみた。普段、そんな気の利いたことはしない。たまたまなにかで見たものを、ダメもとで試してみようとしただけだ。
すると、子どもは非常に乗り気で「えっ、片づけ大会?やりたい!」と目を輝かせた。
こういうときに選ぶ定番曲といえば、運動会でもおなじみの『天国と地獄』だ。需要が多いのか、5分バージョンや10分バージョン、20分バージョンなど、さまざまな尺の天国と地獄がYoutubeにたくさんアップロードされていた。その中から5分バージョンを選んで流すと、子どもはキャッキャと笑いながらすごい勢いで片づけを始めた。私も一緒に片づけをすると、なるほどたしかに「曲の終わり」というタイムリミットがある中で片づけをしていくのはなんだかゲームみたいでおもしろい。
曲が終わるころには、なんと子ども部屋だけでなくリビングまで片づけの手を伸ばしていた。しかしさすがにリビングの片づけまでは完了することなく、曲は終了した。
「ママ、もう一回やりたい!あと少しで片づけ終わるから!」
子どもがそう言うので、じゃあ天国と地獄の5分バージョンをもう一度流すか。でも5分じゃ長すぎるな、まぁいいか……と画面をタップしかけて、手を止めた。
私の頭の中には、ひとつの選択肢が浮かんでいた。
たった1分47秒しかないあの曲。
andymoriの『すごい速さ』だ。
別に子ども向けの曲ではない。なんならもう解散しているバンドの曲。でも思い切って流してみることにした。
再生ボタンを押す。短すぎるイントロが終わってすぐ『きっと世界の終わりもこんな風に味気ない感じなんだろうな』という歌いだしを久しぶりに聴いて、なんだか鳥肌がたった。
子どもは「この曲なに?」と言ったが「ママが好きな人たちの曲だよ」と、当然みたいに返した。
ママが学生時代によく聴いていて、ライブにもよく通っていた人たちの曲。ママにもママの楽しいことや好きなものや歩いてきた人生やうれしかったことやショックだったことがあって、そのそばにはいつも大好きな音楽があったんだ。これはそんなママが聴いてきた大事な曲なんだ。そんなことはわざわざ言わないけど心の中にはそういう想いがあふれていた。
子どもは、音が流れていればなんだっていいのか、まさに「すごい速さ」で靴下を拾い上げ、洗濯機に投げ入れる。これですべての片づけは終わった。しかし音楽はまだ止まらない。
子どもはまだ片づけ足りない、といった様子で手持ち無沙汰にうろうろしている。そんな彼に私はこう提案した。
「踊ろう!」
すると子供はうれしそうに「うん!」と言って笑顔で私のそばにやってきて、音楽に合わせて体を揺らし始めた。私もいっしょに踊る。
子どもと、andymoriの音楽にあわせて私、踊ってる。
まだ出産はおろか結婚だって就職だってしていなかったあの頃、ライブハウスで踊っていた20歳の自分に、36歳の母の私の姿が重なった。窓から風が入ってきた。窓が開いていることを忘れていた。騒がしくて隣の家の人から怒られるかもしれないと少し怖かったけど、私はそのままにした。小さな体をくるくると右へ左へ回転させながら、飛び回るように踊る息子と、顔を見合わせて笑った。
たのしい。
苦しかった子育てが、久しぶりに心の底から楽しいと思えた瞬間だった。この間まで赤ん坊だった息子が、こうして私の好きな音楽に合わせて踊っているのも不思議な気持ちだった。時空を超えた多様な感情がさまざまな角度から押し寄せてきた。
たった1分47秒しかない曲なので、すぐに終わった。でも私にとって天と地がひっくり返る1分47秒だった。子どもは「もっと踊りたい」と言った。
子どもの世界と大人の世界を切り分けなきゃいけないって、私は思いすぎていた気がする。
だけど、親の好きなものを、子どもといっしょに楽しんだって、別にいいのか。そうか。「ママ」じゃなくて、私でいいのか。
それ以来、子どもとの遊びが楽しいものに変わった……と言えたら良いのだが、変わらずつまらないままではある。でも、向き合い方がほんの少しだけ変わったような感じがする。
その日もレゴブロックで遊んでいた。息子は、おうちを作ると言いながら部屋の真ん中にトラックが停めてあったり、ゾウがいたりと、ざっと数えただけでも法を5個くらい犯していそうな建築を繰り広げている。
ママもいっしょにやろう、と言われる。これまでなら、子どもに言われた色と形のブロックを箱から取り出す係に徹している私だった。子どもがブロックをやる時間を邪魔しちゃいけないから。
でも今回は私も一緒にブロックをやってみようと、ふと思った。私は「ここにお花があったら素敵だと思うんだよね」と言いながら、お花のブロックを、庭とおぼしき箇所にはめた。
すると息子は「いいねー」と言った。そのあと続けて「じゃあ、青いブロックの上に、お花を咲かせてください」と仕事みたいに敬語で言った。私は、青いブロックの上にお花のブロックを咲かせた。それを見た息子は「ママ、じょうずだね」と褒めてくれた。悪い気はしなかった。
そのあと、延々とじゃんけんをする時間に突入した(なんで?)
ただじゃんけんをするだけでは地獄すぎる。そこで私は12本入りの色鉛筆を持ってきて、じゃんけんに勝ったほうが好きな色を取り、全部なくなったときに多く色鉛筆を持っていたほうが勝ち、というルールを付加した。
息子は油断するとずっとグーを出してしまうので圧勝するのは簡単なのだが、そうなると機嫌も悪くなる。だから私は適宜、わざとチョキを出して、僅差で息子が勝てるように仕向ける。
じゃんけん勝負が終わり、それぞれが獲得した色鉛筆を並べると、息子のほうが2本多い。いい塩梅だ。すると息子は、喜ぶでもなく、落ち着いた様子でこう言った。
「次は、ママが勝ってね」
あー。と思った。
私、4歳児をナメすぎてたかも。
子どもとの遊びをつまらなくしていたのは、ほかでもない私だったのか。
もう負けても泣かない息子は、ブロックで大きいタワーを作っている。ひとしきりやって飽きたのか、私に向かって「ママー、またあの、音楽で片づけるやつやりたーい」と、言ってくる。私はスマホに手を伸ばして、Apple Musicを起動する。
今日は、なんの曲でこの子と踊ろうか。
おわり
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