【デジタル人材】「企業は人に投資せず、個人も学ばない」──230万人育成計画を、姫路の小さなデイサービスから読む

国が掲げる230万人のデジタル人材育成計画と、姫路のリハビリ特化型デイサービスの日々の業務。一見バラバラに見えますが、全部つながっています。
今日は月曜、情報セキュリティの日です。ただ今回の資料は、その手前にある「そもそも人をどう育てるか」という、もっと根っこの話でした。サイバーセキュリティ人材も、結局はこの土台の上にしか育たないのですから、入口としてちょうどいい。そんな気持ちで読み解いていきます。
まず結論からお伝えします。この資料が突きつけているのは、ひとつのねじれです。日本の企業は先進国で群を抜いて人に投資せず、働く個人もまた、群を抜いて自分では学ばない。それなのにDXを進める人材は、量も質も足りていない。「投資もしない、学びもしない」この状態からどう抜け出すかが、国の人材政策の本丸になっている、ということです。
これは「Digital to Social Inclusion」、つまりデジタルを含むさまざまな手段で誰もが社会に包摂される、という私たちの理念と地続きの問題です。学びから取り残される人をつくらないこと自体が、包摂のいちばん手前にある仕事だからです。

1. 230万人:そろった供給、見えない需要
政府はデジタル田園都市国家構想のもと、2022年度から2026年度までの5年間で230万人のデジタル人材を育てる目標を立てています。進み具合は悪くありません。2023年度は目標の約35万人に対して約51万人、達成率にして約146%。2024年度も、上半期だけで目標48万人に対し約44万人、つまり約92%まで来ています。数字だけ見れば順調です。
その裏では、学ぶ場所の整備も進んできました。経済産業省は「スキルの可視化」「学習コンテンツと実践的教育」「能力の保証と効果測定」という三つの観点で政策を組み立てています。学ぶための物差し、教材、そして試験。この三点セットを国がそろえてきた、という流れです。
物差しにあたるのが、2022年12月に公開されたデジタルスキル標準(→用語解説参照)です。経営層を含む全ビジネスパーソン向けの「DXリテラシー標準」と、専門人材向けの「DX推進スキル標準」の二段構えになっています。後者にはビジネスアーキテクト、デザイナー、データサイエンティスト、ソフトウェアエンジニア、サイバーセキュリティという五つの人材類型が定義されています。今日のテーマであるセキュリティ人材も、ここにきちんと位置づけられているわけです。
生成AIの登場を受けて、この標準は2023年と2024年に考え方を更新しました。プロンプトを使いこなす技術や言語化の力だけでなく、批判的に考える力、問いを立てる力、仮説を検証する力、そして評価して選ぶ力が重要だと示されています。ITパスポート試験のシラバスも、それに合わせて改訂されました。
教材の入口がポータルサイト「マナビDX」です。民間の講座をスキル標準にひも付けて一覧できる場で、2025年2月末時点で登録事業者240者、掲載講座741と、制度開始のおよそ3倍に広がりました。実践の場である「マナビDX Quest」も評価が高く、ケーススタディ型プログラムは2024年度に約2,440名が受講して満足度84%、地域の中小企業と受講生が協働するプログラムでは企業側の満足度が96%に達しています。能力測定の側では、情報処理技術者試験などが年間およそ74万人の応募を集める国内最大級の国家試験として機能しています。
ここまでは、いわば「学びの供給側」がきれいに整ってきた話です。問題はこの先にありました。
2. 「投資せず、学ばない」の正体
資料がいちばん厳しい言葉で指摘するのが、人材投資の低さです。日本企業のOJT以外の人材投資は先進国で群を抜いて低く、個人が会社の外で学んだり自己啓発したりしていない割合も、これまた突出して高い。企業も個人も、学びにお金と時間を回していないのです。
なぜそうなるのか。資料は「予見可能性の低さ」を背景に挙げています。スキルをどう評価するかが不明瞭で、せっかく身につけても評価やキャリアアップに直結しない。学んだ先が見えないから、学ぶ気になりにくい。外部の労働市場でも、求めるスキルが曖昧なまま採用が進み、結果としてミスマッチが起きる。学びと処遇のあいだの配線が、そもそもつながっていないのです。
前回の中小企業白書2025の記事で学んだ人手不足の構造と、ここは地続きです。人が足りないと嘆く一方で、いる人を育てる仕組みは細い。だからこそ資料は、変化をいとわず学び続ける姿勢と、スキルを可視化して最適な職業を選ぶ「スキルベース」(→用語解説参照)という発想への転換を求めています。役職や勤続年数ではなく、何ができるかで人と仕事を結ぶ考え方です。
そしてこの転換は、一社や一人では完結しません。資料は、スキルを定義し情報を蓄える役割を公的部門が担い、学習サービスや人材サービスを民間が提供する、官民のエコシステムが要だと述べています。土台を国が、その上の応用を民間が受け持つ、という役割分担です。
3. 政策の弱点は「需要側が見えない」こと
ここまで読むと、供給はそろい、転換の方向も示された、めでたしと思いたくなります。けれど資料は、最後にいちばん大事な弱点を置いています。それは「需要側が見えていない」こと。つまり、学ぶ人がいまどんなスキルを持ち、リスキリングで何がどう伸びたのか、そのデータがほとんど可視化されていないのです。
これは、体重も歩行速度も測らずにリハビリを続けるのに似ています。プログラムだけは立派に用意されている。でも対象者がいまどの位置にいて、続けた結果どこまで動けるようになったのかを測っていなければ、その訓練が効いているのか誰にも判断できません。政策も同じで、需要側が見えないままでは効果検証ができず、せっかくの施策がばらばらに動いて相乗効果を生まない。
打開策として資料が挙げるのが、個人のスキル情報や資格の保有状況を集約し、さまざまな政策を共通のプラットフォーム上で一元的に運営することです。前回のDX白書2023の記事で触れた「データを散らさず一箇所に集めて初めて意思決定に使える」という話と、まったく同じ構図です。データが集まれば、個人のスキルアップの過程が見え、新しい学習機会を届けられ、いま何のスキルが伸びているのかという潮流も透明になる。育成とDX推進が途切れずつながるエコシステムが、ようやく回り始める、という見立てです。
ちなみにサイバーセキュリティ人材も、この「見える化された土台」があってこそ計画的に育ちます。情報セキュリティ白書2025の記事で見た守りの話は、守る人をどう育て、どう配置するかという人材の話と切り離せません。
4. リメイクの現場への実装
国の話は大きいですが、姫路の小さな営利法人にこそ刺さる内容でした。Re.makeは社会福祉法人ではなく株式会社の3期目、人を育てる仕組みを自前で組み立てている最中だからです。私が考えている動きを四つに整理します。
ひとつ目は、スタッフのスキルを見える化する台帳をつくることです。誰がどの資格を持ち、何ができて、いま何を学んでいるのか。利用者さんのカルテと同じ要領で、スタッフの「いまの位置」を記録します。需要側が見えない問題は、まず手元から潰せます。
ふたつ目は、学びと処遇の配線をつなぐことです。学んだことが役割や評価に結びつくと、その場で言葉にして示す。予見可能性の低さこそが学習意欲を削ぐ最大の原因なら、小さな組織はそこを最短で直せます。
三つ目は、DXリテラシー標準の発想を全員に広げることと考えております。データサイエンティストを雇うのではなく、理学療法士が自分の評価データを自分で読む。DXを一部の専門職に外注せず、全員が少しずつ自分事にする。これが小さな現場の戦い方だと考えます。
四つ目は、私自身が学び続ける姿を見せることです。理学療法士9年目で経営3年目、いまITストラテジストの試験勉強を続けています。「企業は人に投資せず、個人も学ばない」と言われる国で、代表がまず学び続ける。それ自体が、いちばん地味で確実な人づくりだと考えております。
5. 用語解説
スキルベース 役職や勤続年数ではなく、その人が実際に何ができるか(スキル)を基準にして、人と仕事を結びつける考え方。スキルを目に見える形にして、最適な仕事を選べるようにすることを目指します。
デジタルスキル標準(DSS-L/DSS-P) DXを進めるために必要な知識やスキルを国が定義した共通の物差し。全ビジネスパーソン向けのリテラシー標準(DSS-L)と、専門人材向けの推進スキル標準(DSS-P)の二段構えです。
リスキリング これからの仕事や技術の変化に合わせて、新しいスキルを学び直すこと。すでに働いている人が、職を続けながら能力を更新していくイメージです。
マナビDX 民間企業が提供するデジタル分野の講座を、デジタルスキル標準にひも付けて一覧できる国のポータルサイト。学びたい人と講座をつなぐ入口の役割を持ちます。
需要側の可視化 学ぶ人がいまどんなスキルを持ち、学んだ結果どう伸びたのかをデータで見えるようにすること。供給(教材や試験)はそろっても、ここが見えないと効果を測れません。
6. まとめ
国の230万人計画は、学びの場をしっかりそろえてきました。けれど企業も個人も学びに投資せず、しかも学んだ成果が見えないという二重の壁が残っています。答えは、スキルを見える化し、学びを処遇につなぎ、データを一箇所に集めて全員で使うこと。これは規模の大小を問いません。むしろ小回りのきく姫路の現場のほうが、明日から手をつけられます。
対決より解決。人づくりこそ、まちづくり。国の計画も、現場の台帳も、私の試験勉強も、めざす方向はひとつです。全部つながっています。
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