BAROOMという記憶
BAROOMという空間は、僕にとって特別な意味を持っている。
きっかけは、DJ岸さんの久米川Foggyでのパーティーだった。
矢部直さんのDJ、そしてSINSUKE FUJIEDA GROUPのライブ。
その場で出会い、ライブを気に入ってくださって、
CDやオクラ印から出していた7インチをお渡しした。
それ以来、現場で何度も僕たちの曲をかけてくれるようになった。
しばらくして、矢部さんからBAROOMでの実験的なパーティーに声をかけていただいた。
僕ら以外の出演者はTAKUYA NAKAMURA、そしてDJ矢部直さん。
BAROOMの音響、空間、そして矢部さんの選曲。
すべてが素晴らしく、僕の好みにぴたりとはまっていた。
矢部さんのDJには、深さと温かさがあった。
そして何より、そのやわらかな優しさと、
こちらへの敬意を込めたまなざしが、ずっと忘れられない。
あの夜の終演後、BAROOMの楽屋で、
矢部さんがひとり椅子に座りながら、
少しだけ気を緩めたように静かにしていた光景を、今も鮮明に覚えている。
その後、矢部さんは急逝された。
現実とは思えなかった。
でも、あのまなざしと音は、ちゃんと僕の中に生きている。
そして今日、2025年7月。
BAROOMに、自分たちのライブで満席の景色を作る日が来た。
あのとき矢部さんが開いてくれた扉に、
僕は、僕自身の音で応えている。
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