”プロ”ってなんでしょう
【まえがき】
鍼灸に限らない話ではあるのですが、あえて今回は、鍼灸という枠の中で考えてみようと思います。
“プロ”って、なんでしょうか。
資格を取ったからプロ?
開業したらプロ?
それとも、患者さんに信頼されていることが“プロ”なのでしょうか。
これは、私自身、ずっと考え続けているテーマでもあります。
【新卒時代のもやもや】
卒業して就職し、現場で臨床経験を積みはじめた頃。
ありがたいことに、患者さんから「さすがプロは違うね〜」なんて言葉をかけてもらうことがありました。
けれど当時の私にとっては、なんだか身の丈に合わない言葉に感じられて、すこしだけ戸惑いも覚えました。
“プロ”と呼ばれるその理由は、免許を持っているから?
それとも技術があるから?知識量?
はたまた、ただの社交辞令だったのか。
今でもその真意はわかりませんが、自分自身の中には、ずっと釈然としない感覚が残っていたのを覚えています。
最近では、TikTokなどのSNSで、鍼灸院や整骨院の動画が目に入ることがあります。
内容はさまざまですが、見ていて、なんとも言えない不安を感じることもあります。
たとえば、「股関節外旋六筋を答えて!」
「胸郭を形成する骨は?」
そうした、解剖学1年生レベルの質問に、新卒のスタッフが答えられない動画があったりします。
有資格者なのに、答えられない。いや、答えられる子もいる。でも、いない子も確かにいる。
そこで、ひとつはっきりすることがあります。
有資格者=プロではない、ということです。
【免許とプロは違う】
鍼灸における「免許」は、あくまで“やってもいい”という許可証にすぎません。
それをもって“プロ”と名乗るのは、ちょっと早計なのかもしれません。
車の運転と似ています。
免許を取ったからといって、すぐにプロのドライバーにはなれない。
それと同じです。
資格を取ったあとに、
技術を磨き、知識を更新し、臨床の経験から学び続ける。
その地道な積み重ねのなかで、ようやく“プロ”という言葉に近づいていくのだと思います。
【儲けのプロばかりで施術のプロが少ない】
いま、“プロ”と呼べる施術者は、どれほどいるのでしょうか。
ここでは、少し定義を付けてみたいと思います。
「効果の出た理由を説明できて、かつ再現できる施術者」
それを“プロ”と呼ぶことにしてみます。
語弊を恐れずに言えば、現代の施術業界には「どう儲けるか」に特化しすぎて、技術がおざなりになっている場面が少なくありません。
「体表から硬膜を触れる」
「先祖代々受け継いだ“コリ”を取る」
「とりあえず鍼を刺して、あとは祈るだけ」
そうした非科学的なことを、もっともらしく差別化し、商業的なラッピングで包む。
そんな手法が“売れる技術”として定着している現状もあります。
だからこそ私は思うのです。
むしろ今こそ、“まじめにやる”ことが最大の差別化になっているのではないか、と。
王道が空いている。
そう感じる瞬間が、たしかにあるのです。
【プロになるために】
いちばんシンプルで、いちばん手堅い方法があります。
「検証 → 評価 → 観察 → 再評価」という、ただそれだけの臨床のサイクルです。
たとえば、合谷に鍼をして発声障害が改善したとします。
なぜ、合谷だったのか?
そのときの合谷の“座標”は、どこだったのか?
どんな角度で、どんな深さで、どんな手の温度で打ったのか。
説明のつかない都合のいい言葉に逃げないこと。
説明ができることで、再現性が生まれること。
この2つを大切にしていくだけでも、
きっと私たちは“プロ”という言葉に、少しずつ近づいていけるはずです。
プロとは、たぶん「誤魔化さない人」のことなんだと思います。
自分にも、相手にも、言葉にも、結果にも。
そして、それを当たり前に続けられる人こそが、たしかに“プロ”なんだと。
そんなふうに、私は思っています。
