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ホワイト・デイ


 トンネルを抜けてもそこは雪国だった。あたりまえだ。この地方が春の大寒波に襲われてはや数日、除雪車もフル稼働したり立ち往生が発生したり雪かき雪おろしで死傷者が続発したりの散々な三月、出口の見えない雪のトンネルは僕の通勤路である。
 ホワイトアウト寸前の視界が怖くなり、国道沿いのコンビニへ逃げ込む。オーナーの個人所有らしき小型除雪車がブルブル唸って頑張っている駐車場に、朝の通勤車が沢山停まっていて、どうにか空いている区画に車を収めると、僕はダウンジャケットのフードを目深に被って暖かい店内に転がり込んだ。
 店内は何やらザワついていた。見ると、レジ付近が随分な混雑を見せており、店員に食ってかかる客もいる。この雪だからな、気が立つのも仕方ない、とお茶のペットボトルと非常食用のカロリーメイトを手に取った僕は列の最後尾に並ぶ。決済アプリを準備しておこうとスマホを取り出す。ロック画面の液晶が真っ白だ。やばい、水でも入って壊れたかな、と焦った僕は電源を落とし、再起動しようとするが、スマホは真っ白な画面のまま一切の操作を受け付けてくれなかった。
「だから電卓でもなんでも使って計算すりゃいいだろうがよ!」
 急に列の前の男が怒号を上げた。レジ最前列で身を乗り出して店員の女の子にまくしたてている。いえ、それはそうなんですがレジのパネル液晶も真っ白になっちゃってて、レジ操作自体ができないとお金の取り出しもできなくって……と半泣きの女の子を見かねてか、入り口から店長らしき雪まみれの男性が入ってきた。お客様、すみません、ただいま機械関係が全部動作不良でして、手計算で会計を行いますのでしばらくお待ちを……と慌てて釈明する姿にため息をついた僕は、長くなりそうな待ち時間を雑誌の立ち読みでやり過ごそうと棚の前に移動した。
 適当なマンガ雑誌を手に取り開く。背中に氷柱を差し込まれたような気分になる。どのページも真っ白だ。雑誌を棚に戻した僕は、他の雑誌も次々と手に取り開いてみる。表紙以外は全て真っ白のページばかりだ。隣で青い顔をして雑誌を開いていたトラックの運ちゃんも、僕と顔を見合わせると何とも言えない表情で顔を歪ませて笑っていた。
 店内の人々も異常に気がつき始めた。スマホ携帯の液晶が真っ白に、財布の中身のお札が裏表真っ白に、店内に置かれたチラシやフリーペーパーも中身が真っ白に。叫び声や泣き声や怒りの声が上がり、店外に置かれた公衆電話に走る人もいたが、何度試しても繋がらないことに気づくと途方に暮れて受話器を置く。
 カーラジオだ。僕はこの異常事態からの救いを求めようと、品物をもとの位置に置いて車に戻る。エンジンをかけ、長らく使っていないFMラジオのチャンネルをあれこれ合わせる。しかしどの周波数も、スピーカーから流れてくるのは、サーッといったホワイトノイズだけだ。AMラジオも、カーナビのフルセグTVも、吐き出してくるのは真っ白な音と映像のみ。

 雪が強くなってきた。駐車場の車のナンバープレートすら読み取れない。車のエンジンは無事だが、通勤途中で入れようと思っていたガソリンが心もとない。いや、たぶん、スタンドへ寄ったとてこのコンビニのような状況があちこちに広がっているんだろう。情報そのものが雪に覆われて真っ白に染められている。もうコンビニの看板すら雪まみれで消えてしまった。店内の窓ガラスも雪に覆われて中の様子も見えない。エンジンの立てる振動音とエアコンの吹き出し口から漏れる空気音すら煩わしくなった僕は、エンジンを切りダウンジャケットのフードを被り、シートを倒して身体を横たえる。まだ残る車内の温もりが次第に遠のいていくのを感じながら、僕はゆっくりと目を閉じる。瞼の裏側も、真っ白だ。

                  (完)

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