見出し画像

ショートショート「ナンパ細胞」    ※毎週ショートショート 8/10お題



 男は船、女は港とはよく言ったものだ。
 船に乗って、全国津々浦々、旅に旅して幾十年。
 その土地ごとの酒場を巡って、女を作っては泣かせてきた。
 誰かを幸せにする資格なんてない。
 俺は軟派で、硬派になんてなれやしない。
 それでよかった。
 だが、今や俺という船は難破している。
 座礁して、沈みかけの船。
 彼女を一目見た瞬間、全身の細胞が沸き立つような衝撃が走った。
 寂れたバーの片隅で、タバコをふかす女。
 切れ長の瞳、漆黒のボブ、挑戦的な身体。
 全てに目を奪われた。
 「なぁ、今夜こそ、俺に付き合っちゃくれないか?」
 俺は毎夜、女に声をかけていた。
 「さぁて、どうしようかな」
 そして、袖にされる。
 そんな関係を心地よいと思ってしまった。
 ああ、大海原を旅した俺が、小さな沼にはまっていく。
 軟派な細胞が、この女を求めてしまう。
 俺は今日も酒に呑まれる。


 「あの男、潰れて何もないバーに入り浸って…気味が悪いねぇ」


 通りがかる老婆の言葉に、男は気付かない。


(410文字)

いいなと思ったら応援しよう!

蜃気楼 お気持ちをいただければ、より頑張ります!

この記事が参加している募集