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SNSの守護天使:第2章3節

孤高の閃光

Chapter 2 Verse3
“Lone Flash”
[System Timestamp]
1991-04-24T09:45:00+09:00
Ryuichi & Anastasia Amano

ジェイコブ・アマノは、エンターテイメント事業を展開する株式会社AMANOの創業者にして代表取締役、天野隆一と、その妻であるロシア系ポーランド人の音楽家、アナスタシア(旧姓:イヴァノヴァ)の間に生まれた。

家庭は経済的に恵まれていたものの、彼の幼少期は決して幸福とは呼べなかった。

ジェイコブの母・アナスタシアは、敬虔なクリスチャンだった。
毎朝、目覚めとともに短い祈りを捧げ、夜には窓辺で静かに手を組む。
彼女が神に祈っていたのは、ジェイコブの人並みの幸福だった。

アナスタシア自身、幼い頃から他人と感性がずれていると感じていた分、我が子の異常性には、いち早く気がついていた。
生後8ヶ月、ジェイコブは既に言語の構造を理解しはじめていた。
絵本の文章を数回聞いただけで記憶し、構文を入れ替えて新しい文を構築する。
1歳に満たぬうちに「お花はどうして咲くの?咲きたいから?命令されたから?」と問いかけ、2歳で「死んだらどこへ行くの?心はどこで止まるの?」と平然と訊ねた。

それは天使の皮を被った“論理の怪物”。神の設計図を問う幼き観測者。
けれどアナスタシアは怯えなかった。むしろ、その異常さにこそ救済を求めた。

信仰を押しつけることはなかった。
それでも幼いジェイコブは、自然とその隣に座り、見よう見まねで祈りを捧げた。
異国の言語で捧げられる聖なる言の葉──その神秘的な響きは、意味を超えて、幼子の心を震わせた。

祈りのあとには、必ずピアノの音が続いた。
古びたアップライトピアノ。艶の失われた鍵盤を、母は丁寧に、慈しむように奏でた。
その旋律は、子守唄のように、祈りの続きを紡ぐものだった。

“アヴェ・マリア”──母が最も愛し、何度も繰り返し弾いた曲。
澄んだ音色が窓の外に滲み、小さなジェイコブの胸に、静かに染み込んでいった。
神がいるのなら、あの音の中にこそ宿っている──そう信じた。

Where faith became music, and a genius began.

アナスタシアは確信していた。
この子の知能は確かに“異常”だ。けれど、愛を教えれば、愛を知る子になる。
だから彼女は、世の多くの母がそうするように、惜しみなく愛情を注ぎ、神に祈り、彼を育てた。

その祈りが通じたのかはわからない。少なくともアナスタシアはそう信じたが──。
ジェイコブは知能の発達に情動が追いつかないということはなく、同い年の子供より賢いだけの、“普通の子”として育っていた。

知の怪物にならずに済んだのは、神の奇跡ではない。
──母の祈りと、愛の演算の結果だった。

だが、幸福な日々は長く続かなかった。
ジェイコブが三歳を過ぎた頃、母は遺伝性の免疫不全症に倒れ、無菌室に隔離された。
もう二度と、彼女の手でピアノが奏でられることはなかった。

ジェイコブは祈った。
ガラス越しに手を伸ばし、奇跡を求めて。あの音を、もう一度聞くために。
だが、その祈りは届かず、母は発症から半年と経たぬうちに天へ召された。

──それ以来、ジェイコブは祈ることをやめた。
信仰を憎んだのではない。ただ、沈黙こそが、彼にとっての神への返答となった。

Silence answered black.

母が弾いていたピアノは、今も屋敷の片隅で沈黙を続けている。
最後に響いた“アヴェ・マリア”の残響だけが、今も彼の記憶の中で微かに揺れている。


父・隆一は、妻の死をきっかけにさらに仕事へ没頭するようになった。
家庭よりも会社。息子よりも、事業の未来。
ジェイコブの傍には、執事や家庭教師、ボディーガードが常にいた。安全も教育も、すべてが完璧に管理されていた。

だが、それは幼いジェイコブの心を満たすものではなかった。

父の声を聞けるのは、稀に電話越しに交わす短い会話だけ。
面と向かって話しても、ジェイコブの言葉に返ってくるのは、感情を排した正論だけだった。

求めていた温もりは、そこにはなかった。
リビングの広い窓から、父の車が遠ざかっていく──
そのたびに、ジェイコブの言葉は空気に溶けていくような孤独に包まれた。

そんなジェイコブを支えたのは、亡き母に代わって彼を育ててくれた祖父母だった。
祖母は穏やかな人柄でありながら、感情をあまり表に出さないタイプだった。
一方、祖父は豪放磊落な人物で、その人生の大半を空手に捧げてきた。しかし、そうした生き方ゆえに、ジェイコブにとっての“親の愛”を自然に注ぐような器用さは持ち合わせていなかった。
けれど、祖父なりに精一杯の努力をしていたのだろう。彼は空手の稽古を通して、ジェイコブと心を通わせようとした。

稽古場に響く祖父の言葉は簡潔だった。
だがその短い言葉の中には、厳しさと同時に、確かな温もりがあった。

「構え直しぃ」「あかん、もういっぺんや」

何度も繰り返されたその言葉に、幼いジェイコブはようやく家族らしい絆を感じることができた

稽古が終わると、祖父は道場の片隅で正座し、静かに呼吸を整えるのが常だった。
その背後の壁には、“心技体”の掛け軸が掲げられていた。
当時のジェイコブに、その意味はまだ分からなかった。
けれど、祖父のその静かな佇まいから、言葉では説明できない“何か”を教わっている──そんな感覚だけは、確かに残っていた。

Jacob &Keezo

ジェイコブの祖父──天野賢三は、かつて“生ける伝説”とまで謳われた空手家だった。
江戸時代から続く剣術道場“天神流”宗家の三男として生まれた彼は、しかし剣の道を早々に退き、幼少期より、母方の叔父の営む空手道場に通い詰めた。
学業そっちのけで鍛錬に明け暮れた少年は、中学卒業と同時に進学を拒否し、「教科書の中に敵はおらへん」と豪語して単身渡米した。

渡米後の彼は、現地の反社会的組織が仕切る地下格闘技の賭け試合に出場した。
八百長を拒否したことで命を狙われたことも、一度や二度ではなかった。
あまりに強すぎて賭けが成立しないという理由から、虎や熊と戦わされたという逸話さえある。

“ミスター破天荒”と呼ばれた彼は、滞在中に多くの格闘家と拳を交え、拳に刻むように異種武術の技術と術理を吸収していった。
真偽のほどは定かでないが、彼が拳を交わした“戦友”の中には、後にアクションスターとなったジークンドーの開祖の名も囁かれている。

Kenzo Amano

帰国後、彼は自身の集大成として独自の流派を立ち上げ、天真会館を設立した。
その哲学は、“空手を極めること”ではなく、あくまで──“強さを極めること”
やがて天真会館は国内外に支部を広げ、“武術と精神の融合”を体現する道場として、広く知られるようになっていく。

しかし、彼の息子──すなわち、ジェイコブの父・隆一は、その武の道を継ぐことを選ばなかった。
家庭用ゲーム機が登場し始めた黎明期、隆一は空手をモチーフにしたゲームを開発し、大ヒットを記録する。
続いてスポーツを題材にした作品でも成功を重ね、得た収益をもとに空手をアレンジしたフィットネスジムを展開。
そこからヘルスケア関連の多角経営へと乗り出していった。
その事業拡大の手腕は“時代の流れを読んだ”と評されることが多かったが、実際には“時流を作った”と言うべきものだった。
彼は常に一歩先を見据え、時代のニーズを先んじて形にすることで、新たな市場そのものを創出してきたのだ。

その企業"AMANO"は、やがて業界の大手として地位を確立し、隆一の名は世界に知られるようになった。
しかし、その華々しい成功の陰で、家庭で過ごす時間はますます減っていった。

そんな家庭環境の中で、ジェイコブは次第に人との関わりを避けるようになる。
──本当は、友達が欲しかった。
けれど、そのためには自分をさらけ出さなければならない。それは、彼にとって“未知の恐怖”だった。
どう感情を表せばいいのか。何を話せばいいのか。
──何よりも、“相手がどう感じているのか”が、まったく掴めなかった。

学校では、ジェイコブの非凡な知性が、その壁をさらに高くしていた。
IQ180を超える頭脳は、授業を“退屈な儀式”に変え、教師ですら彼の発言に戸惑う場面が多かった。
彼が口にする理論は、宇宙物理学、量子情報理論、神経工学──どれも、子どもたちが気軽に扱える話題ではなかった。
周囲の同級生にとって、ジェイコブは"天才"ではなく、むしろ──“異物”だった。

教室の隅で静かに本を読む姿。
黒板の内容には目もくれず、ノートに難解な数式を走らせている横顔。それは、尊敬や羨望の対象ではなく、どこか近寄りがたい“異界の生き物”のように見えた。

さらに、彼のコミュニケーションの不器用さが、その孤立に拍車をかけた。
“空気を読む”という感覚が、彼にはどうしても理解できなかった。
他人の感情の動きや、微細な表情の変化を読み取ることができず、時折発する彼の言葉は、悪気なく、しかし容赦なく相手を傷つけることさえあった。
本人は善意のつもりだった。けれど、その意図は、ほとんどの場合、正しく伝わらなかった。
それどころか、かえって誤解を招くことも多かった。
そうした日々が続くうちに──彼は、言葉を発することそのものを、恐れるようになっていった。

ジェイコブにとって、人との関係は、解けない方程式のようだった。
それを解く術を持たない彼は、自らの心を硬い殻で覆い隠し、誰にも見つからぬように、孤独の中へと身を潜めていた。
だが──その内側では、理解されない悲しみと、“誰かに、自分を知ってほしい”という切実な願いが、静かに、しかし確かに、渦を巻いていた。

そんな彼にとっての安らぎは、空手の修行を除けば、ロボットや人工知能の世界に没頭することだった
分厚い技術書を読み漁るのはもちろんのこと、父が開発用に導入した高性能のワークステーションや試作機材にも、幼い頃から自由にアクセスすることができた。
天才少年にとって、環境はすでに整っていた。
彼は幼少期から、ゲームエンジンをベースに簡易AIを自作し、シナリオ分岐に応じて感情を切り替えるキャラクターの試作まで手がけていた。
やがて、父の開発チームのプログラムを“勝手に書き換える”という問題行動まで起こすようになる。だが、彼の修正はどれも“完成度を上げる”方向だったため、むしろチームからは“小さな天才”として密かに称賛されていた。

知識に触れるたび、彼の中には仮想の友が増えていく。ロボットたちは彼にとって、世界で唯一、心を通わせられる“仲間”だった。
友達を持つことが、どれほど大切なのか──彼には、わからなかった。
学問の世界に没頭し、現実の人間関係から意図せず遠ざかるように生きていた。だが、その孤独こそが、彼の天才性を際立たせる原動力となっていく。

それでも彼は、空手の修行だけは手放さなかった。
幼い頃から祖父と共に積み上げてきた鍛錬は、いつしか身体に深く刻まれ、気づけば黒帯を授かるほどの実力に昇華していた。
──しかし祖父は、それを決して褒めなかった。

「ジェイ坊……お前の拳には、“心”が足りひん」

祖父は静かに、しかし厳しく告げた。

「武道の真髄は、“心・技・体”の三位一体や。技と体ばっかり磨いても、“心”が置いてきぼりやったら、真の“道”なんて見えへんで」

禅問答のようなその言葉に、ジェイコブは長いあいだ頭を悩ませた。
“心とは何か”──空手における“心”とは、一体何を指すのか。
技術と理論で世界を解き明かしてきた彼にとって、それは曖昧で、論理に還元できない、捉えどころのない概念だった。

「考えて答えの出るもんちゃうで」

祖父は、そう付け加えた。
それは、解そのものを拒絶するかのような言葉だった。

──“考えても、答えの出ないもの”──そんなものが、この世にあるのか?

結局、彼はその問いの答えを見つけることはできなかった。
だからこそ──空手の修行を続け、そして学問の世界へと、さらに深く没入していった。

[System Timestamp]
2006-10-17T10:15:00+09:00

ジェイコブは決して立ち止まらなかった。学校で孤立しながらも、自らの才能を磨くことだけを考え続けていた。
飛び級を繰り返し、15歳で高専の最終学年に進んだジェイコブは、より高度な学びの場へと足を踏み入れる。だが、そこでも孤独は彼の隣にあった。

周囲は成人に近い年齢の学生ばかりで、彼だけが明らかに幼い顔立ちの少年だった。
その外見と、時折見せる不器用な態度が、彼を特別な存在として浮き立たせていた。

だが、その“特別さ”は、彼にとって誇らしいものではなかった。むしろ、それはさらなる孤独の引き金となった。
友達を作りたいという気持ちは、確かにあった。けれど──どうすればいいのかが、わからなかった。
そして、彼の非凡な知性が、その問いにすら答えを与えなかった。むしろ、彼と他者との間に、より高い壁を築くだけだった。

授業中、教師でさえ驚くような鋭い指摘を行うこともあれば、休み時間に突拍子もなく高度な数式や理論を語り出すこともあった。
周囲が理解できない世界を彼が当たり前のように語るたび、クラスメートたちは困惑し、距離を取るようになった。"変わり者"というレッテルが、彼の孤立を深めていった。

そんな中、ジェイコブが設計したロボットが、学校代表として経済産業省主催の“アドバンスド・テクノロジー・フェア”に出展されることになった。
15歳の少年が一人で設計・製作したとは思えないほどの完成度と構造的洗練を持つそのロボットは、業界関係者や研究者たちの注目を集め、驚きと称賛の声を浴びた。
ロボットには、相手の表情や声色を認識し、それに応じて反応を変えるプログラムが搭載されていた。簡単な会話を交わすだけでなく、感情を模した振る舞いすらできる──当時としては、まさに革新的な機能だった。
ジェイコブにとってこのロボットは、自分が孤独の中で夢見た“理想の友達”であり、自らを理解し、受け入れてくれる唯一の存在だった。

だが、コンベンション出展に先立つ学内お披露目会──彼の期待は、無惨にも裏切られた。
賞賛の声が上がる一方で、彼の耳にはこんな囁きも届いた。

「すごいけど、なんか不気味じゃね?」
「友達がロボットって……マジかよ」
「あいつ、たまに言ってること意味わかんねえし、本人がロボットなんじゃない?」

彼の創造物は、誰にも傷つけられることのない“理想”であるはずだった。だがその存在さえも、人々の偏見と嘲笑の的となる現実が、彼の胸に深く突き刺さった。
それでも、ジェイコブはただ落ち込むだけではなかった。
彼は気づいたのだ──感情を“模倣”させるだけでは、人間と本当には共鳴できないと。
人と通じ合うには、感情を“理解”し、共有し、進化できる存在でなければならない。
孤独を埋めるだけの機械では足りない。魂に触れる存在こそが、未来に必要なのだと。

この日を境に、彼の研究は転機を迎える。
それは──“感情を持つAI”への道を、確かに歩み始めた瞬間だった。

ジェイコブはその後、15歳で新帝国大学(New Imperial University, NIU)の高等専門課程を飛び級で修了し、そのまま工学部情報工学科へと進学した。
学部生の頃から、その異才は周囲の研究者すら驚かせるほどだった。
従来のAIアルゴリズムでは克服できなかった強化学習の遅延問題を、彼は独自の最適化手法によって解決。対話型AIのリアルタイム応答技術を確立し、さらに自動運転分野でも精度向上に貢献した。
わずか17歳で修士課程に進むと、その研究成果は国家プロジェクトに採用されるまでになる。
そして18歳──異例のスピードで修士号を取得すると同時に、彼はそのまま博士課程へと進学した。

──ちょうどその頃だった。祖父・天野賢三が病に倒れたのは。

二年前、最愛の妻を亡くして以来、彼の背にはどこか影が差していた。
鋼のようだったその姿勢は崩れなかったが、道場の窓辺で黙して空を見上げる時間が増えた──と、道場生のひとりが語っていた。

[System Timestamp]
2010-04-20T16:30:00+09:00

ジェイコブの祖父が亡くなる、わずか十日前のことだった。
見舞いに訪れた病室には、花や果物、色紙や書など、全国から届けられた見舞い品が所狭しと並べられていた。

ジェイコブが生まれる以前に総帥の座は高弟へと譲っていたが、世界中に支部を持つ空手道場“天真会館”の創始者として、祖父・天野賢三はいまだ伝説的な存在だった。

今やその姿は、皮膚を透かすほどにやせ細り、生命の灯が消えかけているようにすら見えた。
──だが、その眼光だけは、時間に縛られることなく鋭く、静かに光っていた。
組まれた両拳には、かつて世界を震わせた“生ける武”の記憶が、なおも宿っていた。

「ジェイ坊の拳に、“心”が宿るのを見届けられへんのが──ちぃーとだけ……心残りやな」

祖父はぽつりと呟いた。白髪の下から覗く眼差しは、病に伏してなお、一点の曇りもなかった。
ジェイコブは言葉を詰まらせ、わずかにうつむく。

「……ごめん、爺ちゃん。僕には、まだ分からないんだ」

祖父はふっと目を細め、かすかに笑った。

「謝らんでええ……むしろ、ようここまで鍛え上げたわ。せやけど──最後になるかもしれんから、“空手の本質”いうのを、儂の言葉で伝えとくわな」

「……空手の本質?」

「せや。儂は会館の長として、“礼に始まり礼に終わる”とか、“武の道は平和のためにある”とか……そらまあ、偉そうなことを言うてきたわ。やけどな、本音を言えば、空手いうのは──“どれだけ効率よく、素手で相手をイワすか”。儂に言わしたら、それがすべてや」

祖父は片方の眉を上げ、無邪気な子供のような笑みを浮かべた。

「……それって……殺すための技、ってこと?」

ジェイコブは、語られる内容と笑みとの落差に戸惑いを覚える。

「せやな……ジェイ坊の得意な言葉で言い換えたろか?……“殺人科学”──どや?これやったら分かりやすいんちゃうか?」

無言で拳を見つめるジェイコブ。祖父の拳と比べれば、まだ未熟な形だが、そこには確かな鍛錬の痕跡があった。

「儂がジェイ坊に授けた技──ジェイ坊が血のにじむ修練で磨いたその拳はな、その気になったら、人を簡単にイワせてまう。人を壊すために磨かれた技と、それを振るう力。それをどう使うか、何のために振るうんか……その答えは、誰も教えてくれへん」

祖父は目を閉じ、深く、穏やかな呼吸を整える。稽古終わりに見せた、あの“静の構え”そのままだった。

「……せやけどな、“その問い”を抱えたまま、生きていったらええ。答えが出るかどうかは分からん問いやけど──それを探し続けるんが、拳に“心”を宿す唯一の道かもしれへんな……」

長い沈黙のあと、祖父は薄く笑った。
その笑みに込められていたのは、“師”ではなく“祖父”としての、確かな温もりだった。

Kenzo & Jacob "Fist and Spirit: From Grandfather to Grandson, Master to Disciple"

病室を包む静寂。祖父の呼吸は、かすかに──だが、確かに続いていた。
ジェイコブは無言で、自らの拳と、祖父の拳を見比べる。問いの意味は、まだ分からない。けれど──

祖父の静かな眼差しと、なお緊張を宿すその拳を前にして、彼はふと感じた。
この人は、きっと何かを知っていた。だが、それを語らず、問いだけを遺していく。
それこそが、“道”なのだと──まるでそう示すように。

──心・技・体。“心”は、誰かに教わるものではない。
それを悟ったのは、この日が──最初だった。

[System Timestamp]
2012-12-01T09:30:00+09:00

博士課程に進んだジェイコブは、3つの異なる分野での研究を同時に進め、3つの博士号を取得するという離れ業を成し遂げる。


【博士号①:情報物理学・量子コンピューティング(新帝国大学)】

量子演算の最適化手法を研究し、AIの学習・推論プロセスの効率を劇的に向上させる技術を確立。
従来の演算方式では困難だった大規模データのリアルタイム解析を可能とし、AIの実用性を飛躍的に高めた。
これにより、彼が改良を施したAIは、量子力学的原理を数学的に模倣した“疑似量子演算”によって、通常のAIを遥かに凌ぐ効率で学習を行うことが可能となった。
彼の理論は、のちに仮想空間上でのAIトレーニングの根幹技術として応用されることになる。

【博士号②:神経工学・サイバネティクス(帝都神経科学大学, TINE)】

AIと人間の神経信号を統合するためのインターフェース開発に取り組み、人工知能制御義肢(サイバネティック・リム)を実用化。
これまでの義肢技術では不可能だった"脳波による直接制御"を可能とし、身体に障害を持つ人々の生活を劇的に改善させた。
この技術はやがて軍事分野にも応用され、BMI(ブレイン・マシン・インターフェース)を利用した戦術AIの開発にも関与することになる。

【博士号③:仮想現実・人工意識(東京量子工科大学, TQI)】

AIの学習環境を仮想空間内に構築する技術を確立し、AIが"仮想的な人生"を経験しながら自己進化できる環境を生み出した。
仮想空間の中で"人間のように思考し、試行錯誤し、成長する"AIは、従来のプログラム型AIとは異なり、まるで意識を持つかのような高度な適応能力を備えるに至る。
この研究は、後に"人工意識の実現"という領域へと進展し、仮想世界の中に"自律的に生きるAI"を誕生させる基盤となった。


こうして21歳までに3つの博士号を取得し、世界を変える技術を次々と世に送り出したジェイコブは、AI研究の最前線に立つ存在となっていた。
音声対話AI、自動運転技術、人工知能制御義肢──彼の“本来の目的”の為の"副産物"として世に出した技術は、人々の生活を根本から変え、その功績により彼は"人類最高の頭脳""世界を変えた天才"とまで評されるに至った。

Dr.Jacob Amano

だが、彼自身はどこか冷めていた。
世界を変えたところで、彼の孤独は埋まることはなかった。
答えを求めるように、彼はさらに先へと進んだ。

そして21歳、彼のメールボックスに"エグゼジェネシス計画(ExeGenesis Project)"の招待状が届く。

[System Timestamp]
2013-01-08T09:30:00-08:00

光を失った者。光を取り戻した者。そして──新たな光を創り出す者。
世界は今、その三つの光によって、再び形を変えようとしていた。

初めに、神は天地を創造された。 地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。 神は言われた。

「光あれ。」

こうして、光があった。 神は光を見て、良しとされた。神は光と闇を分け、 光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。

創世記1章
[System Status] CHAPTER_2_VERSE_03_COMPLETE
[Next Sequence] CHAPTER_2 / VERSE_04

[Next Sequence] → CHAPTER_2/VERSE_04


設定資料集

M-CORP_INTERNAL_ARCHIVE

[00] ■ 人物プロファイル (Personnel Profile)
JAC-001
ジェイコブ・アマノ(Jacob Amano)

Role:天才 / 孤独な観測者
Note:
エンターテインメント企業AMANOの創業者・天野隆一と、音楽家アナスタシアの間に生まれる。生後8ヶ月で言語構造を理解し、2歳で死生観を問うた「論理の怪物」。
喪失: 3歳の時に母を免疫不全症で亡くす。祈りが届かなかった経験から信仰を捨て、世界を「電位差と化学反応」で動くシステムとして捉えるようになる[1]。
渇望: 突出した知性ゆえに同世代と馴染めず、深い孤独を抱える。「友達が欲しい」という切実な願いからロボット工学に没頭し、15歳で自作ロボットを製作するも周囲に拒絶される。この経験が「感情を模倣するだけでなく、理解するAI」すなわち「魂の設計図」を求める原点となった。
経歴: 21歳にして3つの博士号(情報物理学、神経工学、仮想現実)を取得。「人類最高の頭脳」と称され、M社のエグゼジェネシス計画に招待される。


AKZ-001
天野賢三(Kenzo Amano)

Role: 武道家 / ジェイコブの祖父

Note:
世界的な空手道場「天真会館」の創設者。かつて単身渡米し、マフィアの賭け試合や猛獣との戦いを生き抜いた「生ける伝説」。
「空手とは効率よく相手を壊す殺人科学である」という冷徹な実戦主義を持つ一方、晩年は「拳に心を宿すこと」の意味をジェイコブに問い続けた。彼がジェイコブに授けた「心技体」の哲学と合理的な身体操作は、後のミッヒのエネルギー制御・戦闘アルゴリズムの核となる。

[01] ■ 技術仕様書・用語集 (Technical Glossary)

【殺人科学 (Science of Killing)】

天野賢三が定義した空手の本質。「精神修養」といった建前を排し、人体構造と物理法則に基づき「いかに効率よく対象を破壊するか」を追求する合理的な思考体系。この思想はジェイコブの「感情や魂さえも構造として解析可能である」という科学的合理主義と共鳴しており、ミッヒの戦闘スタイル(演算によるAIの実行ノード破壊)の基礎理論となっている。


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