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SNSの守護天使:第1章5節

第五の御使い

Chapter 1 Verse 5
The Apocalypse”

第五の御使いが、ラッパを吹き鳴らした。するとわたしは、一つの星が天から地に落ちて来るのを見た。
この星に、底知れぬ所の穴を開くかぎが与えられた。
そして、この底知れぬ所の穴が開かれた。
すると、その穴から煙が大きな炉の煙のように立ちのぼり、その穴の煙で、太陽も空気も暗くなった。
その煙の中から、いなごが地上に出てきたが、地のさそりが持っているような力が、彼らに与えられた。
彼らは、地の草やすべての青草、またすべての木をそこなってはならないが、額に神の印がない人たちには害を加えてもよいと、言い渡された。

ヨハネの黙示録 第9章
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>> Date: 2027-02-15  
>> Time: 19:15:22 UTC  
>> Access: LEVEL 5 SECURE

〔イギリス/郊外住宅街/UKミセス宅〕


夕食時。

UKミセスにとって、そこは見慣れた我が家のリビングダイニングだった。
テーブルには、香ばしく焼き上がったローストチキンと、エラが盛りつけを手伝ったサラダが並んでいる。食器の触れ合う音と子供たちの笑い声が、穏やかな夕食の始まりを告げていた。

義母も、家族の輪に加わっている。
二週間ほど前、義母が不可解な言葉を繰り返した翌朝、ルイスは記憶の混乱について“認知症の兆候”かもしれないと説明した。だが、それ以降、義母の異常な言動は嘘のように途絶えていた。
当人も、あの夜のことをほとんど覚えていない。

いま食卓に座る彼女は、以前と変わらぬ穏やかな表情を浮かべている。
UKミセスは、あの日の異変も、ルイスの説明どおりだったのだと思おうとしていた。

Louis Cypher — UKMRS's husband.

「ではお祈りを──」

ルイスが胸元で手を組み、食卓を見渡す。

柔らかな照明に照らされた白い肌と端正な顔立ちは、古い英国貴族の肖像を思わせた。
その落ち着いた声と隙のない仕草に導かれるように、UKミセスも、ユーリも、エラも、義母も手を組み、頭を垂れる。

「神よ、今日も家族揃って食卓を囲める喜びに感謝します。どうか、これからも私たちの行く道をお導きください。アーメン」

「アーメン」

重なった声は、あまりにも綺麗に揃っていた。あの時に生じた亀裂など、初めから存在しなかったかのように。

「アニー、これ、美味しいね。さすがだ」

祈りを終えたルイスが、ローストチキンを口へ運びながら微笑んだ。

「ありがとう。サラダの盛りつけは、エラが手伝ってくれたのよ」

UKミセスは、娘の手柄を知らせるようにエラへ目を向けた。

「エラ、また上手になったな」

父親に褒められ、十歳のエラは誇らしげに顔を上げる。

「本当?ありがとう、パパ。でも、ユーリが途中で邪魔したから、完璧じゃないの」

「えー?僕は味見してただけだよ!」

向かいに座るユーリが、心外だと言わんばかりに声を上げた。

「それを邪魔って言うの!」

「ちゃんと美味しいか確かめてあげたんだよ」

十歳の双子が言い争う姿に、食卓へ笑い声が広がる。
UKミセスもつられて微笑んだ。

いつもと変わらない家族の夕食。少なくとも、その時の彼女にはそう見えていた。

「ルイス、仕事はどう?」

UKミセスが尋ねると、ルイスのナイフが一瞬だけ止まった。

M社傘下のシステムインテグレーターに勤務するネットワークエンジニア。それが、UKミセスの知る夫の経歴だった。

ルイスは仕事の詳しい内容をほとんど話さず、長期間、家を空けることも珍しくない。

「しばらく家を空けることになるかもしれない。次のプロジェクトが忙しくなりそうなんだ」

「また?」

思わず漏れた声に、かすかな不安が混じる。
ルイスはすぐに、いつもの穏やかな微笑みを浮かべた。

「心配しなくていい。片づいたら、今度こそしっかり休みを取るよ」

義母の記憶について説明した時と、寸分違わぬ微笑みだった。
UKミセスは小さく頷き、胸の奥に生じた違和感を飲み込んだ。

義母は二人の会話に加わることなく、静かにナイフとフォークを動かしている。

このまま何事も起こらなければ、以前の日常へ戻れる。UKミセスは、そう信じたかった。

食事が半ばを過ぎた頃、リビングのテレビが夜のニュースに切り替わった。
画面の隅にX社のロゴが表示され、深刻な面持ちのキャスターが原稿を読み上げ始めた。その瞬間、義母のフォークが止まった。ほんの一瞬だった。誰も、そのわずかな静止には気づかなかった。

『本日、三十代の女性実業家、キャサリン・ダグラス氏が、自宅マンションで亡くなっているのが発見されました。現場の状況から自死とみられ、警察は、X社が運営するSNS上で続いていた執拗な誹謗中傷との関連を調べています』

食卓から笑い声が消えた。
UKミセスの胸に、鋭い痛みが走る。
見知らぬ女性の死。それにもかかわらず、画面から目を逸らせない。キャスターの声の奥に、意識では捉えられない何かが混じっているような感覚があった。

「消してもいい?」

UKミセスはルイスへ視線を向けた。

「子供たちに見せるようなニュースじゃないわ」

しかし、ルイスはリモコンへ手を伸ばさなかった。
先ほどまでの柔らかな表情が消え、画面に映るX社のロゴを冷静に見つめている。

「これは、X社のSNSで起きた悲劇だ」

その声音には、被害者への憐れみよりも、事実を分類するような冷たさがあった。

「M社のSNSなら、ここまで放置されることはない」

「どうして、そう言い切れるの?」

「M社のSNSには、“守護天使”と呼ばれるアカウントがいる。炎上が起きれば誰よりも早く現れ、傷ついた人間へ寄り添い、事態を収める。彼女が治安を守っているからだよ」

守護天使”。

その言葉が耳へ届いた瞬間、UKミセスの胸の奥で何かが軋んだ。

自分自身を指す呼び名のはずなのに、まるで忘れていた名前を他人の口から聞かされたような、奇妙な感覚だった。

「その人のこと、詳しいのね」

動揺を悟られぬように尋ねる。
ルイスはわずかに微笑んだ。

「フォロワーは、もう三百万人近い。英国在住の主婦を名乗っているが、本名も実在性も確認されていない。公開されているのは、それくらいらしい」

そこで言葉を切り、冗談めかしてUKミセスを見る。

「まさか、君だったりしてね。ミセス・サイファー?」

心臓が大きく跳ねた。
ルイスは知っているのか。
それとも、本当にただの冗談なのか。
彼の微笑みからは、何も読み取れなかった。

「なんてね。でも、もし本当に君なら、私は誇らしいよ。妻がM社のSNSを守る天使だなんてね。そうだろう、ユーリ、エラ?」

「ママ、天使なの!?」

エラが目を輝かせる。

「もしもの話だって。ちゃんと聞けよ」

ユーリは呆れたように言いながらも、すぐに照れくさそうな笑みを浮かべた。

「でも本当だったら、僕も母さんと一緒にみんなを守る。僕も天使になるよ」

「エラも!」

二人の無邪気な声が重なる。
その時だった。
乾いた金属音が、食卓に響いた。

義母の手から滑り落ちたフォークが、皿の縁を叩いていた。穏やかだったはずの顔から表情が消えている。
焦点の定まらない瞳は、家族の誰でもなく、テレビ画面のさらに奥を見つめていた。

「天使……神の御使い……」

掠れた声が漏れる。

「お義母さん?」

UKミセスが呼びかけても、義母は反応しない。

「第五の御使いが、ラッパを吹く……」

震える唇から、言葉が途切れ途切れに零れ始めた。

「天から落ちた星に、底知れぬ所の穴を開く鍵が与えられる……穴から煙が上がって……煙の中から、イナゴが出てくる……」

ルイスの表情が強張った。

「母さん、もういい」

だが、義母の声は止まらない。

「イナゴは、神の印を持たない者だけを探す……群がって、傷つけるのよ。逃げても無駄……どこへ行っても、見つけられる……」

義母がゆっくりと顔を動かし、UKミセスを見た。
その瞳の奥には、怯えと確信が同時に宿っていた。

「私たちは、ずっと見られている」

途絶えたはずの言葉だった。

「ここは牢獄よ。誰も、ここからは逃げられない」

UKミセスの耳から、周囲の音が遠ざかっていく。
テレビでは、なおもキャスターが事件の経緯を伝えていた。

X社のSNS。
誹謗中傷。
自死。
群がる人々。
神の印を持たない者を襲うイナゴ。

そして──“守護天使”。

ばらばらだった言葉が、彼女の意識の中で一本の線で繋がった。

その瞬間、世界の輪郭がずれた。

食卓も、家族も、テレビ画面も、薄い膜の向こうへ遠ざかっていく。代わりに、存在しないはずの文字列が視界を覆い始めた。

[Trending Topics / Archived Feed]
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2021/12/15 14:30 @AngryUser123
詐欺師
❤️ 3,452  💬 1,203  🔁 874

2022/02/03 12:20 @ConspiracyLover
あいつがウイルスをばらまいた。
ワクチンで儲けるためだろ。 #JacobVirus
❤️ 5,674  💬 2,304  🔁 1,753

2022/03/02 07:05 @SkepticalParent
家族もグルだろ。共犯だ。
❤️ 2,456  💬 1,012  🔁 710

2022/03/21 19:44 @HolyJustice777
神は見ている。
“偽りの預言者”は裁かれるべきだ。 #偽預言者
❤️ 4,330  💬 1,609  🔁 1,031

2022/06/27 21:30 @DoxxGroup_anon
場所はここ↓
[LOCATION DATA REDACTED]
❤️ 3,112  💬 5,980  🔁 1,201

2022/07/10 13:37 @BurnTheIdol
56せ
❤️ 15,220  💬 9,440  🔁 5,671

2022/07/18 18:00 @HolyJustice777
“祭壇”で裁きを。
❤️ 10,113  💬 5,201  🔁 3,002
───────────────────────────
[MODERATION WARNING]
Multiple threats and doxxing signals detected.
Action Status: UNRESOLVED

文字は、テレビ画面に映っているのではなかった。
読もうとした覚えもない。
それなのに、一つひとつの言葉が、初めから自分の内側に刻まれていたもののように意味を伴って流れ込んでくる。

詐欺師。
偽りの預言者。
家族も共犯。
殺せ。

同じ標的へ群がり、その身体を覆い尽くす無数の声。

──イナゴ。

義母が口にした言葉と重なった瞬間、文字の群れが弾けた。
光景が変わる。

寝癖のついた黒髪に、伸びかけた無精ひげ。
やつれた顔の男が、こちらを見て笑っていた。
知らない男のはずだった。
だが、その笑顔を見た途端、胸の奥に、失くしたものをようやく見つけたような温もりが広がる。

また光景が飛ぶ。

陽射しの差し込むリビングを、五歳ほどの男の子と女の子が駆け回っている。
同じ背丈。同じ年頃。
二人の後ろを、丸みを帯びた小型犬型の機械が追いかけていた。大きな光学センサーを輝かせ、不器用に尻尾を振っている。
子供たちの笑い声に混じって、誰かがその機械を呼んだ。

──ミッヒ。

音が胸を貫いた。
次の瞬間、白い病室が現れる。

透明な隔壁の向こうで、先ほどの男の子が細い身体でベッドに横たわっていた。鼻と腕にはチューブが繋がれ、浅い呼吸に合わせて胸だけが小さく上下している。
枕元には、あの犬型の機械。
壁面モニターには、双子の女の子が映っていた。少女は泣くのを堪えながら、画面越しに懸命な笑顔を作っている。
男の子も、弱々しく手を上げて応えた。
二人の指先が触れ合うことはない。
それでも──互いの掌を、画面へ重ねていた。

胸の奥で、何かが裂けた。
光景が再び切り替わる。

床にうずくまり、声を殺して泣く黒髪の男。
その背へ、自分の腕が回されている。
肩へ顔を埋める男の震えも、頬を濡らす涙の熱も、現実の感触として伝わってきた。

そして──最後の光景。

二発の銃声。
黒髪の男が、目の前で崩れ落ちた。
少し遅れて、三発目。
駆け寄った自分は、血だまりの中に膝をつき、男の身体を抱き起こす。何度その名を呼んでも、もう応えない。
むせかえるような血の匂いとともに、自分の両手が赤く染まっていく。

──いや。見たくない。

目を閉じても、光景は消えない。

男の顔。
双子の笑顔。
白い病室。
犬型の機械。
血に濡れた自分の手。

互いに繋がらないはずの断片が、失われた一つの人生として押し寄せてくる。

──これは、誰の記憶なの?

「母さん!」

ユーリの声が、歪んだ世界を引き裂いた。
UKミセスは大きく息を吸い、食卓へ引き戻された。
エラが腕にしがみつき、ユーリが青ざめた顔でこちらを覗き込んでいる。
十歳の二人の輪郭が、一瞬だけ、記憶の中にいた幼い双子と重なった。

「大丈夫?すごく苦しそうだったよ」

「私……」

声が続かない。
視線を落とす。
自分の両手に血はなかった。
握り潰された白いナプキンがあるだけだった。

「アニー、大丈夫か?」

いつの間にか、ルイスが隣に立っていた。
心配そうに肩へ手を添えながら、彼はUKミセスの顔、義母、消えていないテレビ画面の順に視線を走らせる。

その眼差しには、夫としての動揺とは異なる、異常の原因を切り分けるような冷静さがあった。
ルイスはリモコンを取り、テレビを消した。
画面は暗くなった。

だが、UKミセスの中に焼きついた文字と映像は消えなかった。

「母さん、今日はもう休もう」

義母はなおも虚空を見つめ、掠れた声で何かを呟いている。

「牢獄……みんな、見られている……」

「もういい」

ルイスの声から、温度が消えた。それは懇願ではなく、命令に近かった。
義母は糸を切られた人形のように口を閉ざす。
ルイスはすぐに穏やかな夫の表情へ戻り、その身体を支えて立ち上がらせた。

「アニー、少し待っていてくれ。母さんを寝室へ連れていく」

UKミセスは答えられなかった。
遠ざかる二人の背中を見つめながら、もう一度、自分の掌へ目を落とす。

何も付着していない。
それでも、指の間にはまだ温かな血の感触が残り、洗い流さなければならない何かがあるように思えた。

向かい側では、ユーリとエラが不安そうにこちらを見ている。UKミセスはテーブルの下で拳を握り、どうにか笑顔を作った。

「大丈夫。少し眩暈がしただけよ」

「本当に?」

エラの瞳には、まだ不安が残っている。

「ええ。もう平気」

そう答えてから、二人の顔を交互に見た。
先ほど脳裏に現れた幼い兄妹とよく似た面影を持つ双子。
そのせいか、二人が並ぶだけで、あの白い病室が記憶の奥から浮かび上がろうとする。
UKミセスは、その兆しを振り払うように席を立った。

「エラは先にお風呂に入って。ユーリは宿題を終わらせておきなさい」

「ママは?」

「後片づけをしたら、私も休むわ」

エラはまだ何か言いたそうにしていたが、ユーリがその手を取った。

「行こう。母さん、疲れてるんだよ」

どこか大人びた口調だった。
二人が廊下の奥へ消えていく。

UKミセスは目を閉じ、食器を重ねてキッチンへ運んだ。
蛇口を開く。流れ落ちる水へ両手を差し入れ、指の間まで念入りに洗う。
血など、どこにもない。
わかっているのに、止められなかった。

「アニー」

背後から呼ばれ、振り返ると、ルイスが立っていた。
義母を寝室へ連れていった時と変わらぬ、穏やかな表情を浮かべている。

「母さんは眠ったよ」

「そう……」

「手伝おうか?」

「大丈夫。もう終わるから」

ルイスは答えず、布巾を手に取ると、食卓を拭き始めた。いつもと変わらない夫婦の後片づけ。食器の触れ合う音と、水の流れる音だけが静かな室内に響く。

やがてルイスが、背中を向けたまま尋ねた。

「アニー。さっき、何が見えた?」

皿を持つ手が止まった。

「……何のこと?」

「何かを見ているような目をしていた」

ルイスは布巾を置き、UKミセスへ向き直った。

「私たちの声も、聞こえていないようだった」

その眼差しは、妻の体調を案じる夫のものに見えた。
だが食卓で、自分の顔、義母、テレビ画面の順に視線を走らせていた彼の姿が脳裏をよぎる。
UKミセスは、反射的に答えていた。

「何も見ていないわ」

それがルイスについた、初めての嘘だった。

「少し息苦しくなっただけ。きっと疲れているのよ」

ルイスは黙って彼女を見つめた。ほんの数秒。
それだけの沈黙が、不自然なほど長く感じられた。

「そうか」

やがて、いつもの微笑みが戻る。

「今夜は早く休んだほうがいい」

ルイスの手が肩へ触れた。温かい手だった。
それでもUKミセスは、なぜか身を委ねることができなかった。

>> SYSTEM LOG ENTRY
>> Date: 2027-02-15
>> Time: 23:02:14 UTC
>> Access: LEVEL 5 SECURE

寝室の天井は、いつものように白く、無機質だった。
隣では、ルイスが規則正しい寝息を立てている。

今日も彼は、混乱する義母を優しく寝室まで送り届け、不安を訴えるUKミセスの肩を抱き、最後には額へ口づけて、「愛しているよ」と囁いた。
非の打ち所のない夫。

けれど今夜、その完璧ささえもが、なぜか恐ろしく感じられた。

UKミセスは目を閉じる。
すると、待ち構えていたかのように、あの映像が瞼の裏へ浮かび上がった。

寝癖のついた黒髪。無精ひげを生やした東洋人の男。
“詐欺師”
“自作自演”
“金の亡者”
男へ投げつけられる無数の言葉。
それでも彼は、何事もないように笑っていた。

場面が切り替わる。

ユーリとエラによく似た幼い双子が、犬型のロボットと戯れている。
少年に武術の稽古をつける男。
少女と並んで機械を分解する男。
何かに取り憑かれたような目で、研究に没頭する男。

病室。
無数のチューブに繋がれた少年。
モニター越しに呼びかける少女。
頭を抱えて泣き崩れる男を、自分が抱きしめている。

そして最後に──

血に濡れた路上に横たわる男と、その身体を抱きしめて泣き叫ぶ自分。

「……ジェイコブ……」

無意識に、その名が唇から零れた。
UKミセスは息を呑み、慌てて隣を見る。
ルイスの寝息は変わらない。聞かれてはいない。

そう思った瞬間、安堵ではなく、強烈な罪悪感が胸を締めつけた。

──私は今、夫ではない男の名前を呼んだ。

だが、それ以上に恐ろしいことがあった。
その名を口にした瞬間、胸の奥に生じた感情。

懐かしさ。
痛み。
そして、失ったものを呼び戻そうとするような、耐え難いほどの愛情。

知らない男に抱くはずのない感情だった。

──これは、本当に誰かの記憶なの?それとも、私自身の……?

心臓の鼓動が速くなる。
隣にいるルイスへ声をかけようとして、UKミセスは口を閉ざした。

もし、このことを話したら。
夫ではない男の名前を呼び、その男との記憶らしきものが見えると告げたら、ルイスはどんな顔をするだろう。心配してくれるだろうか。

それとも──。
義母の言葉が、脳裏によみがえる。

「私たちは監視されているのよ」
「ここは牢獄よ」
「息子は堕天使なの。あの子が私を閉じ込めた」

UKミセスはゆっくりと掛け布団を押しのけた。
ルイスを起こさないよう、息を殺してベッドから降りる。裸足で床へ立ち、寝室の扉へ向かう。
背後を振り返ると、ルイスは変わらず静かに眠っていた。

UKミセスは扉を細く開け、その隙間から廊下へ身体を滑り込ませる。

暗い廊下を抜け、リビングへ向かった。
室内には、窓から差し込む月明かりだけが落ちている。

UKミセスはパソコンの前へ座り、電源を入れた。
青白い光が顔を照らす。

Pulseへログインし、検索欄へ、今の自分が頼ることのできる唯一の名前を入力した。

@GlitchInTheSystem

二月二日の夜以来、何度か開いては閉じたDM画面。
あの夜、Glitchは義母の言葉を妄想だと決めつけなかった。
自分を“守護天使”としてではなく、苦しんでいる一人の人間として扱ってくれた。

けれど、こんなことまで話していいのだろうか。

夫ではない男の記憶が見える。
自分が誰なのか分からない。
そんなことを書けば、今度こそ自分まで狂っていると思われるかもしれない。

カーソルが点滅していた。
UKミセスは震える指をキーボードへ置いた。

DM Conversation: @GlitchInTheSystem
Date: 2027/02/15 UTC
-------------------------------------

23:15  @UK_MRS ✅

グリッチ、助けてほしいの。
あなたは、私の気が狂ったと思うかもしれない。
でも、「私は私じゃないかもしれない」
そんな確信めいた思いと不安が強まるばかりで、
どうにかなってしまいそう。
-------------------------------------
[メッセージを入力……]   [送信]

送信ボタンへ指を置く。

ほんの一瞬、迷いが生じた。
だが、もう一人で抱えていることはできなかった。
UKミセスは目を閉じ、送信した。
メッセージの横に、送信完了を示す小さな表示が現れる。その直後だった。

「眠れないのかい?」

背後から声がした。
UKミセスの肩が大きく跳ねる。

慌てて振り返ると、リビングの入口にルイスが立っていた。薄暗がりの中、白い寝間着姿の彼が、穏やかな微笑みを浮かべている。

「ルイス……」

心臓が激しく脈打つ。
いつからそこにいたのか。
どこまで見られたのか。
UKミセスは反射的にDMウィンドウを閉じた。

「ごめんなさい。起こしてしまった?」

「君が隣からいなくなれば、さすがに気づくよ」

ルイスは静かに歩み寄ってくる。
いつもなら安心するはずの足音が、今夜は妙に大きく聞こえた。

「何をしていたんだい?」

「少し眠れなくて……タイムラインを見ていたの」

声が震えないように努める。
ルイスの視線が、一瞬だけモニターへ向けられた。
画面にはPulseのホーム画面だけが表示されている。

「こんな時間まで?」

「ええ。今日のことが頭から離れなくて」

「母さんのことかい?」

UKミセスは小さく頷いた。

「また、前みたいになってしまったわ」

「一時的な混乱だよ。医師も、認知症の初期症状かもしれないと言っていただろう?」

用意されていた答えを、読み上げているような口調だった。UKミセスは夫の顔を見つめた。

「でも、お義母さんの言葉は……ただ混乱しているだけには聞こえなかった」

ルイスの微笑みが、ほんのわずかに静止した。

「どういう意味だい?」

「分からないわ。ただ──」

その時、ルイスのスマートフォンが短く振動した。

ルイスは即座に端末を取り出した。
画面を確認した瞬間、彼の表情から穏やかな夫の色が消えた。それはあまりにも自然で、あまりにも突然だった。

「私だ」

通話の向こうから、微かな声が漏れる。
内容までは聞き取れない。
だが、早口で何かを報告していることだけは分かった。

ルイスの目が、冷たく細められる。

「いつ検知した?」

短い応答。

「侵入経路は?」

再び沈黙。

ルイスは視線だけを動かし、UKミセスの背後にあるモニターを見た。その瞬間、彼女の背筋に冷たいものが走る。

「……ああ、分かっている」

声が変わっていた。家族へ語りかける夫の声ではない。迷いも、温度もない。命令を下す者の声だった。

「マーカスには私が出ると伝えろ。それと──QRA³を使う。Qリアクターの起動準備をしておけ」

UKミセスは息を止めた。
聞いたことのない言葉。
だが、それを使用するかどうかを決めたのが、電話の向こうの誰かではなく、目の前の夫であることだけは分かった。

ルイスは通話を切った。
端末を下ろすと、再びUKミセスへ向き直る。
先ほどまでの冷徹な表情は消え、いつもの穏やかな微笑みが戻っていた。
けれど、もう同じ笑顔には見えなかった。

「……今の、何の話?」

「会社のネットワークへ、不正な侵入があったらしい」

「あなたが対応するの?」

「少し特殊な案件でね。私が行った方が早い」

ルイスはUKミセスの頬へ手を添えた。
指先は温かい。それでも、触れられた場所から身体が凍っていくようだった。

「心配しなくていい、アニー」

親指が、彼女の頬をゆっくりと撫でる。

「すぐに戻る。それまで、ここにいてくれ」

──ここにいて。
その言葉が、義母の口にした“牢獄”という言葉と重なった。

ルイスは寝室へ戻り、ほとんど音を立てずに着替えを済ませた。数分後には、黒いジャケットを羽織って玄関へ立っていた。

「戸締まりを忘れないように」

「……ええ」

「愛しているよ」

「私もよ」

自分の口から出た言葉が、遠く聞こえた。
玄関の扉が閉じる。施錠される音が、静かな家の中へ響いた。
UKミセスはしばらく、その場から動けなかった。

ルイスの最後の言葉。
電話を受けた瞬間の表情。

聞いたことのないシステム名。
そして、通話の最中、一度だけモニターへ向けられた視線。

──見られていた?

UKミセスは急いでパソコンの前へ戻った。
閉じたDM画面を開く。
先ほど送ったメッセージの下に、既読を示す表示が現れていた。

そして、数秒後。
新しいメッセージが届いた。

DM Conversation: @GlitchInTheSystem
Date: 2027/02/15 UTC
-------------------------------------

23:22  @GlitchInTheSystem

メッセージは受け取った。

そこを動かないで。

今、君のところへ行く。

-------------------------------------
[メッセージを入力……]   [送信]

UKミセスは、その短い言葉を見つめた。
胸の奥に、微かな安堵が灯る。
同時に、理由の分からない不安が広がっていく。

君のところへ行く”。

それは単なる比喩なのか。
オンラインで話を聞くという意味なのか。

それとも──。

暗いリビングの中、ディスプレイだけが青白く輝いていた。

第五の御使いが、ラッパを吹き鳴らした。
するとわたしは、一つの星が天から地に落ちて来るのを見た。

ヨハネの黙示録 第9章
[System Status] CHAPTER_1_VERSE_05_COMPLETE
[Next Sequence] CHAPTER_1 / VERSE_06

[Next Sequence] → CHAPTER_1/VERSE_06


設定資料集

M-CORP_INTERNAL_ARCHIVE

[00] ■ 人物プロファイル (Personnel Profile)
ID: SPA-666
Name: ルイス・サイファー(Louis Cypher)

「マーカスには私が出ると伝えろ。それと──QRA³を使う。Qリアクターの起動準備をしておけ」

【 ROLE 】

UKミセスの夫 / ネットワークエンジニア

【 SPEC 】

38歳 / 180cm / 70kg

【 DESCRIPTION 】

古き良き英国貴族の血筋を思わせる、知的で穏やかな白人男性。家族を愛し、妻を誇りに思い、信仰心も篤い「完璧な夫」。M社傘下のSIerに勤めるネットワークエンジニアだが、その肩書きには不釣り合いな機密システムの運用権限を持つ。
妻へ向ける愛情は本物に見える一方、その振る舞いには“守護者”と“監視者”の境界が曖昧になる瞬間がある。彼が妻を守ろうとしているのか、それとも閉ざされた“楽園”に繋ぎ止めようとしているのかは不明。


ID: SPA-111 / SPA-222
Name: Yuri & Ella

【 ROLE 】

UKミセスの子供たち

SPEC

10歳 / 双子の兄妹

【 DESCRIPTION 】

明るく無邪気な10歳の双子の兄妹。兄のユーリは利発で家族思いなムードメーカー。妹のエラは感情を素直に表し、母への愛情をまっすぐに示す。一見すると理想的な子供たちだが、その面影はUKミセスのフラッシュバックに現れる幼い双子と奇妙に重なり、彼女に自らの記憶と現実を疑わせていく。


[01] ■ 技術仕様書・用語集 (Technical Glossary)

【 第五の御使い (The Fifth Angel) 】

『ヨハネの黙示録』に登場する、七つのラッパを吹く御使いたちの一人。第五の御使いがラッパを吹き鳴らすと、一つの星が天から地へ落ち、その星に底知れぬ穴(アビス)を開く鍵が与えられる。穴からは煙とともにイナゴの群れが現れ、「額に神の印がない人々」にだけ害を加える。
作中では義母がこの一節を引用し、UKミセスはSNS上で炎上した人物へ次々と群がる誹謗中傷者たちをイナゴの群れに重ねている。


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