真理はシンプルだと気づく瞬間|天動説と地動説の図を見て
「私は美しくない宇宙に生きたくない」
これは、『チ。』で数々の名言を残した
フベルトの言葉。

フベルトは、地動説の研究者。
天動説が常識だった時代、地動説を主張したことで拷問を受け、顔には傷が残っています。
その後、「研究はしない」と嘘をついて獄を出たものの、地動説への探求をやめることはありませんでした。
冒頭のセリフは、複雑な惑星の動きを無理やり説明する天動説の宇宙を指して語られたものです。
「美しい宇宙」と「美しい真理」
「真理」って聞くと、日本では「なんだか怪しい…」と感じる方もいるかもしれません。
でも真理って、とっても当たり前で、身近なものなんです。
たとえば――
「物体は上から下に落ちる」
「ゴミは誰かが拾わない限り、その場にあり続ける」
…どちらも、怪しいというより
「当たり前だよね」って感じですよね。
そして真理は、とてもシンプルでもあります。
たとえば、植物は種から芽が出て、花が咲き、やがて枯れて土に還ります。花が咲いた後、
いきなり動物に進化したりはしません。(!?)
人間も同じです。乳児期、幼児期を経て、学童期、青年期、壮年期、そして高齢期へと進みます。
わざわざ説明しなくても、私たちはこの流れを自然と理解しています。
青年のまま永遠に若さを保つことはありません(残念)。
100歳になって、乳幼児に戻ることもありません(それはそれで怖い…)。
もしそんな世界だったら、きっとこの世はとんでもなく複雑で、生きるのが大変になってしまうかもしれませんね。
真理とは、「神様の法則」とも言えます。
……「法則」って聞いただけで、
ちょっと胡散臭いって感じたあなた。
わかります(笑)
でも実は、法則になるって、
かなりすごいことなんです。
考えてみてください。
学問だって、法則で成り立っています。
数学なんてその代表ですよね。
いろんな法則がありすぎて、ほぼ覚えてません(笑)
科学なんかもその代表ですよね。
いろんな法則があるのに、「フレミングの法則」だけなぜか覚えています。
科学も、物理も、生物も——
この世のあらゆる分野は、
無数の「法則」によって形づくられています。
言い換えれば、それらは
「誰もが確かにそうだと感じていること」だからこそ、法則になっているんです。
そして、そうした
「誰もがそうだと感じる確かさ」こそが、
真理でもあるんです。
「天動説」と「地動説」の図
見てください、この動画を。
こちらは、それぞれの説における惑星の動きを示しています。
作品に登場する図と同じものです。
最初に天動説の惑星の動きを見たとき、
「なんだこの花びらは」と思いました。
まあ、綺麗に見えなくはないけど…美しいかと言われたら、ちょっと微妙ですね。なんというか、複雑で…。
それに対して地動説の図は本当にシンプルで美しい。
丸、丸、丸、〇、〇、〇…
全て丸だけで構成されています。
惑星たちは、それぞれの軌道をなぞるようにして、整然と太陽のまわりを公転している。
シンプルに見えて、実はとてつもなくすごいことですよね。
これこそが自然の法則――つまり、神様の真理です。
この美しさに魅了されて、フベルトもラファウも、その後の登場人物たちも死を恐れず真理を語り続けていきました
真理は「すべてに共通する」
真理とは「すべてに共通するもの」だと私は捉えています。
さらに本編では、第2集以降に登場するキャラクター、
デバーニがこんなふうに語っています。
「ではもし――
積み重ねた研究を一瞬で否定する力があって、個人の都合や信念を軽く超えて、究極に無慈悲で、それ故に平等な、
そんなものがあるとしたら――それを、なんと言うと思いますか?」
ーーそれは真理だ。
たとえば、全人類がどれだけ声をそろえて
「人は空中に浮けるはずだ!」と主張したとしても、
「肉体は(絶対に)空中に浮けない」のです。
それは、重力という法則があるから。
それが、真理なのです。
(もちろん、時代が進み、テクノロジーの力で人が空を飛ぶことはできるようになりました。でも、人が何も使わずに宙に浮くことは、今も起こりません。)
すべてに共通する「真理」だからこそ、それは時に、人間のロマンに対して冷たく、そして無慈悲に感じられます。
でも同時に、そこに宿る平等性は、
「誰に対しても同じように働く真理」の姿なのかもしれません。
今回は『チ。』で語られる「天動説と地動説」に焦点を当てながら、「真理」というテーマについて触れてみました。
作品で扱うテーマはとても深く、語りたいことがまだまだ尽きません。
これからも少しずつ言葉にしていきたいです。
それでは~

