スターシードのつぶやき(11)【広島のおばあちゃんたちから、教わったこと】
10年以上前、私は広島を訪れました。一度は、この目で見ておきたいと
足を運んだ原爆資料館。
言葉にならないほどの、衝撃と重さを抱えることになりました。
その重さを抱えたまま、夕方の銭湯へ向かいました。旅の疲れを癒やそうと入った湯船には、地元のおばあちゃんたちが 7~ 8人。
みんな仲良く喋っています。
底抜けに明るいです。
よそ者の私にも、「どこから来たの?」と気さくに話しかけてくれました。
けれど、「どこを見てきたの?」と聞かれて、私が「原爆資料館です」
と答えた瞬間。
あんなに、賑やかだった空間が、水を打ったように静まり返ってしまったのです。
皆さん、口を閉ざしてしまいました。
これが原爆なんだと、私は感じました。
このおばあちゃんたちは、原爆が落とされた日だけでなく、原爆資料館の前を通ったり、原爆が落ちた時間になったりするだけで、いろいろと思い出してしまうのかもしれません。
資料館で見た写真や遺品からも、多くの衝撃を受けました。
けれど、それでは捉えられなかった「心の傷」を感じ取ったように思います。
スピリチュアルな視点では、「戦争も平和も、魂にとっては価値を同じで、必要な体験である」と説かれることがあります。
宇宙の大きな流れで見れば、それも一つの真実なのかもしれません。
けれど、それを語る人が、もし、戦争を体験していないのだとしたら……。
「必要な体験」という言葉だけで片付けることは、私にはできません。
宇宙の真理よりも、今ここにある痛みに寄り添うこと。
あの日のおばあちゃんたちの沈黙は、私にその大切さを教えてくれました。
私の奏でるサウンドヒーリングの音色が、
あの日のおばあちゃんたちのような、言葉にできない傷を抱える人たちの心へ、静かに届きますように。
そんな祈りも持ちながら、これからも少しずつ、活動していこうと思っています。
