見出し画像

神に呼ばれたのか?それとも?――あの日の古いコインの後日談 その後――

その日は、不思議なくらい早く目が覚めた。

机の引き出しからコインを取り出す。

私はそれをポケットへ入れ、家を出た。

早朝。

バイパスには車がほとんど走っていない。

ペダルを踏むたび、まだ冷たい風が頬を抜けていく。

草むらからは朝露の匂いが立ち、空はどこまでも高かった。

その青空の端では、白い積乱雲がゆっくりと湧き上がっている。

祖母がよく言っていた。

――朝焼けの日は、夕方に雨になる。

そんな言葉を思い出しながら、私は雷電社へ向かった。

二十分ほどで鳥居が見えてきた。

鳥居。

その奥にある大きな切り株。

社殿はない。

私はポケットからコインを取り出した。

「ここら辺に置いておけばいいんだよな……。」

「お参りかい。」

不意に声がした。

振り向くと、一人の老人が立っていた。

白い作務衣のようなものを着ている。

穏やかな顔だった。

「いや、これを返しにきたんですけど。」

私はコインを見せた。

老人の表情が変わる。

柔らかな笑みが、すっと消えた。

「……あれが、まだ残っとったか。」

老人は小さく息を吐いた。

「悪さをせんといいが……。」

「知ってるんですか。」

老人は黙って頷いた。

「それは返したらいかんコインじゃ。」

私は思わず聞き返した。

「え?」

「返すなら、返し方がある。」

「返し方?」

老人は鳥居の向こうへ目を向けた。

「本当なら……」

そこまで言って口を閉ざす。

私は一歩近づいた。

「どういうことです。」

返事はなかった。

ふと顔を上げてみると、老人はいない。

切り株の陰にも、鳥居の向こうにも、人が隠れられる場所などない。

私は胸騒ぎを覚え、スマートフォンを取り出した。

両手で構え、鳥居と切り株を画面の中央へ収める。

シャッターが切れた。

写真を開く。

思わず息を止めた。

画面の上から、誰かの右手がレンズを覆うように写っていた。

最初は、自分の指が写り込んだのだと思った。

だが、それはあり得ない。

私はスマートフォンを両手で下から支えて撮影していた。

この角度で、手のひらが画角を塞ぐことはない。

しかも、その手は私のものではなかった。

背中が冷たくなる。

「もう一枚……。」

私は慌ててカメラを向け直した。

シャッターボタンを押す。

反応しない。

もう一度押す。

画面が、そのまま固まった。

「え?」

電源ボタンを長押しする。

黒い画面は何も映さない。

その時だった。

遠くで雷が鳴った。

見上げると、朝は遠くにあった積乱雲が、いつの間にか頭上まで広がっていた。

風が変わる。

湿った空気が頬にまとわりつく。

ぽつり、と一粒。

次の瞬間、激しい雨が降り始めた。

私はスマートフォンを鞄へ押し込み、自転車へ飛び乗った。

雨はすぐに視界を白く染める。

雷鳴が空を裂くたび、胸の奥まで震えた。

振り返る余裕はなかった。

家へ着いた頃には、全身ずぶ濡れだった。

濡れた服を脱ぎ、ポケットからコインを取り出す。

その瞬間、私は息をのんだ。

昨日まで鈍く錆びていた銅色は、どこにもなかった。

掌の上にあったのは、目にも鮮やかな朱色のコインだった。

私はしばらく、その色から目を離すことができなかった。

窓の外で、もう一度雷が鳴った。

掌中の朱色だけが、妙に鮮やかだった。

#note #人生再点火 #小さな探訪 #神社巡り #郷土史 #不思議な話 #怪談 #伝承 #散歩 #60代

【60代から始めたもう一つの挑戦】
人生再点火の一環として、小説創作にも取り組んでいます。
現在、TALESにて伝奇ミステリー小説を公開中です。
noteとは少し違う世界ですが、こちらも私の大切な創作活動です。
興味をお持ちいただけたら、ぜひご覧ください。

▼ TALES作品ページ
(リンク)



いいなと思ったら応援しよう!