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60代、自分も童心に帰って『童話』を書いてみた――初めて童話を書いて気づいたこと。――

夏の連休のある日、家でぼんやりしていた。

外は暑いし、とくに出かける予定もない。

ふと、「童話を書いてみよう」と思った。

なぜ、そう思ったのか。

自分でもよく分からない。

これまで小説はいくつも書いてきたけれど、童話を書いたことは一度もない。

まあ、同じ物語なのだから何とかなるだろう。

そう思って書き始めた。

ところが、これが意外に難しかった。

私は通常、「設計図」を作ってから小説を書く


私がこれまで書いてきたのは、主に伝奇ロマンだ。

伝奇ロマンを書くときは、最初にかなり大きな構造を考える。

物語の背景にある歴史や哲学。

何十年、時には何百年も前から続く因縁。

登場人物たちが、なぜそこに集まるのか。

そして、それらが最後にどう結びつくのか。

全体像ができたら、部、章へと分解していく。

この章では何が起きる。

ここで伏線を置く。

この人物の行動が、後になって別の意味を持つ。

そうやって設計図を描いてから、文章にしていく。

だから童話も、最初は同じように作ろうとした。

しかし、どうもしっくりこない。

話をきちんと作ろうとすればするほど、子どもの感性から遠ざかっていくような気がする。

理屈は通っている。

構成もできている。

でも、なんだか楽しくない。

これは困った。

童話の方が簡単だろうなどと、少しでも思った自分が甘かった。

子どもの頃、何に心を動かされたのだろう

そこで、いったん物語を作ることをやめてみた。

代わりに、自分が子どもだった頃のことを思い出した。

何がうれしかっただろう。

何が怖かっただろう。

何を見て驚いただろう。

何十年も前のことなのに、なぜか今でも覚えているものは何だろう。

考えてみると、大きな出来事ばかりが、記憶に残っているわけではない。

知らない場所へ続いているように見えた階段。

初めて乗った電車。

大きな街へ出かけたときの高揚感。

少し怖い。

でも、見てみたい。

行ってみたい。

そんな感覚の方が、妙に鮮明に残っている。

子どもの頃の私は、世界の仕組みなど考えていなかった。

目の前に知らないものがあれば、近づいてみたい。

見たことのない場所があれば、その先へ行ってみたい。

そこに理屈はいらなかった。

「なんだろう?」
「見てみたい。」

それだけで、世界は十分に面白かった。

大人の私は、いつの間にか何にでも理由を求めるようになっていたらしい。

そこで、書き方そのものを変えてみることにした。

今回は、水彩画を描くように書いてみる。

きっちりした下描きは作らない。

子どもの頃の記憶に残っている色。

音。

匂い。

うれしかったこと。

怖かったこと。

驚いたこと。

そんなものを、淡い絵の具で一つずつ置いていく。

少しくらい輪郭がにじんでもいい。

その方が、子どもの頃の記憶には近い気がした。

物語の辻褄を先に考えるのではなく、

「この景色を見たら、子どもの自分はどう感じただろう」

と考えてみる。

物語を前へ進めることより、そこで何を見て、何を感じるのかを大切にするようになった。

気がつけば、私自身が少しずつ子どもの目で景色を見るようになっていた。

60代になって、忘れていた感覚を使ってみる

これが、思った以上に楽しかった。

もちろん、苦労もした。

子どもに分かる言葉だけで景色を描くのは難しい。

説明しすぎれば退屈になる。

省きすぎれば、何が起きているのか分からない。

大人向けの文章なら便利に使える言葉も、できるだけ使わない。

すると、自分自身がその景色をもっと具体的に想像しなければならなくなる。

何色なのか。

どんな形なのか。

どう動くのか。

どんな音がするのか。

そして何より、

それを見た子どもは、どう感じるのか。

子どもだった頃なら、そんなことをもっと素直に感じていたのかもしれない。

大人になるにつれて、知識は増えた。

経験も増えた。

言葉もたくさん覚えた。

その一方で、目の前のものをただ「きれい」「怖い」「不思議」「見てみたい」と感じる力は、少しずつ奥へ引っ込んでしまったのかもしれない。

主人公は「まこと」という子。

いつもの日常から、ほんの少し不思議な世界へ迷い込んでいく物語である。

それ以上は、ここでは書かないことにする。

せっかく童話を書いたのだから、先に大人が説明してしまっては面白くない。

現在、第4章まで公開している。

そして今夜、第5章を公開する予定だ。

物語も、いよいよ後半に入る。

もし興味を持っていただけたら、少しだけ童心に帰って、まことと一緒に不思議な世界を歩いていただけたらうれしい。

初めて童話を書いてみて、一つ気づいたことがある。

大人の目線だけでは、童話は書けない。

もちろん、長い間に身につけた知識や経験は役に立つ。

文章を書く技術も必要だ。

でも、それだけでは足りなかった。

童話を書くというのは、物語を作るだけではなく、忘れていた子どもの感性を取り戻すことなのかもしれない。

童話を書きながら、ずいぶん昔に置いてきた自分を、少しだけ拾い直している。


今日の持ち帰り

大人の目線だけでは、童話は書けない。
童話を書くには、上手に物語を組み立てることよりも、自分の中に残っている「子どもの感性」を取り戻すことが大切なのだと思う。


大人になって見慣れてしまった世界を、もう一度新鮮に見る。

それもまた、人生を再点火する一つの方法なのかもしれない。

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【60代から始めたもう一つの挑戦】
人生再点火の一環として、小説創作にも取り組んでいます。
現在、TALESにて童話を公開中です。
興味をお持ちいただけたら、ぜひご覧ください。

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