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聴かないレコードが私の部屋にある理由――一枚のLPが教えてくれたこと。――

午後になると、西日が本棚を照らし始める。

コーヒーを片手に、その本棚をぼんやり眺める。

最近のお気に入りの時間である。

本と本の間には、一枚のレコードが飾ってある。

若き日のブーニンが写った、ショパンコンクールのライブ盤だ。

実は、このLPは数年前にオークションで購入したものだが、最初からレコードを探していたわけではない。

完全な勘違いだった。

私はCDだと思い込んでいたのである。

届いた箱を開けた瞬間、自分の思い込みの激しさに少し驚いた。

令和の時代に、再生環境のないLPを買ってしまったのだから。

ところが、この失敗は思いがけない結果をもたらした。

とりあえず本棚に立てかけてみると、これが妙にしっくりきたのである。

若き日のブーニン。

ショパンという名前。

LP特有の大きなジャケット。

CDにはない存在感があった。

以来、この一枚は私の部屋のインテリアになっている。


最近、『失われた時を求めて』を読んでいる。


その中で、一つの文章に目が留まった。

“The past is hidden somewhere outside the realm, beyond the reach of intellect, in some material object.”

過去は知性の届かない場所に隠されている。

そして、それは一つの物の中に宿っている。

そんな意味の一節である。

この文章を読んだとき、不思議なことに、真っ先にこのLPが頭に浮かんだ。

プルーストの言葉を借りるなら、このレコードは単なる音楽メディアではない。

その中には、過去の時間が閉じ込められている。

ショパンの音楽。

若き日のブーニン。

アナログという時代の空気。

そして、そのジャケットを眺めている今の私。

しばらく本棚を眺めながら、私はこのLPに自分自身を重ね合わせてみた。

レコードは、もう音楽を再生しない。

しかし、その存在が消えたわけではない。

役割を変え、今もこの部屋の風景の一部になっている。

そこに、少しだけ自分の未来を見た気がした。

もちろん、人間とレコードを同じように考えるのは少し乱暴かもしれない。

それでも、年齢を重ねるにつれて、役割が変わっていくことは避けられない。

仕事。

肩書き。

生活。

そのすべてが少しずつ変わっていく。

だからだろうか。

この一枚のLPが、妙に気になるのである。

そこには確かに哀愁がある。

若き日のブーニンの姿も、その一つだ。

しかし、不思議なことに、そこには希望もある。

音楽を再生しなくなったレコードが、新しい役割を見つけたように、人にも新しい居場所があるのかもしれない。

私は今日も、本棚の前でコーヒーを飲んでいる。

そして、ときどきブーニンと目が合う。

もちろん、LPジャケットの中のブーニンである。

今日の持ち帰り

役割を終えることと、価値を失うことは同じではない。

人生の後半は、新しい役割と居場所を見つける時間なのかもしれない。

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【60代から始めたもう一つの挑戦】
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