60代、楽器経験ゼロから作曲してみたら世界が広がった――『篝火問答』ができるまで――
きっかけは、コンサートだった。
矢野顕子さんと上妻宏光さんのジョイントコンサートである。
正直に言えば、その日まで私は津軽三味線を熱心に聴いていたわけではなかった。
もちろん存在は知っている。
演奏も耳にしたことがある。
だが、自分から積極的に聴くことはほとんどなかった。
ところが、その日の演奏は違った。
津軽三味線の音は、私が思っていたよりずっと自由だった。
激しく、鋭く、時に打楽器のようでありながら、不思議な叙情もある。
矢野顕子さんの自由なピアノと絡み合うことで、その魅力がさらに際立っていた。
コンサートが終わった後も、音が頭から離れなかった。
帰宅してからYouTubeで津軽三味線を探した。
上妻宏光さんの演奏も聴いた。
さまざまな演奏家の音源も聴いた。
気が付けば、今まで知らなかった世界を覗き込んでいた。
若い頃なら、それで終わっていたと思う。
良いコンサートだった。
面白い音楽だった。
そう思って満足していただろう。
だが今回は少し違った。
自分なりに、この音の世界を表現してみたいと思ったのである。
不思議な話だ。
私は三味線が弾けない。
尺八も吹けない。
作曲家でもない。
それでも「作ってみたい」と思った。
最近の私は、そんなことが増えた。
AIを使ってみる。
音楽を作ってみる。
小説を書いてみる。
思い付いたら、とりあえずやってみる。
若い頃より行動力が増しているのだから、自分でも少し可笑しい。
そこで私は、自分なりの津軽三味線のイメージを考え始めた。
演奏会場ではない。
舞台でもない。
もっと静かな場所だった。
山あいの集落。
夜。
焚き火。
旅人。
老人。
語られる昔話。
そして問答。
そんな情景が浮かんできた。
そこから『篝火問答』というタイトルが生まれた。
篝火を囲みながら語り合う人々。
答えを求めるのではなく、問いを交わす時間。
若い頃は答えばかり探していた気がする。
だが六十代になると、問いそのものを味わう時間も悪くないと思うようになる。
音楽の方向性が決まると、今度はAIと一緒に試行錯誤が始まった。
津軽三味線。
尺八。
和太鼓。
静けさ。
余白。
何度も作り直した。
思っていた音にならないことも多かった。
それでも少しずつ、自分の頭の中にあった風景へ近付いていった。
曲が完成すると、今度は画像を作った。
篝火の揺れる夜。
山里の静寂。
曲の世界観を一枚の絵に閉じ込めようとした。
さらに動画を作り、YouTubeで公開した。
そして今、こうしてnoteを書いている。
振り返ると不思議な流れである。
コンサートへ行く。
津軽三味線に出会う。
自分なりに解釈する。
曲を作る。
画像を作る。
動画を作る。
世界へ公開する。
そして文章を書く。
一つの感動が、次の行動を呼び、その行動がまた次の創作へつながっていく。
若い頃の私は、音楽を聴く側だった。
それで十分楽しかった。
だが今は違う。
聴くだけでは終わらない。
自分でも作ってみたくなる。
表現してみたくなる。
人生の後半になって、そんな変化が訪れるとは思わなかった。
『篝火問答』は単なる自作曲ではない。
私にとっては、一つのコンサートが創作へ変わっていく過程そのものだった。
人生は思ったより閉じていない。
新しい趣味も、新しい表現も、意外なところから始まる。
だから私は、またどこかへ出かけてみようと思う。
次の感動が、次の創作を連れてきてくれるかもしれないからだ。
