寿命を延ばす魔法の食品――世界の長寿研究がたどり着いた意外な答え――
窓の外はもう薄暗くなっていた。
味噌汁の湯気がゆっくりと立ち上り、その隣には豆の煮ものが添えられている。
私は特に意識することもなく、一粒つまんで口に運んだ。
正直に言えば、その時の私は何も考えていなかった。
この豆が何からできているのか。
なぜ昔から食べられてきたのか。
健康にどんな意味があるのか。
そんなことは考えたこともなかった。
ただ目の前にあるから食べる。
豆の煮ものとは、私にとってそんな存在だったのである。
嫌いではない。
出されれば食べる。
だが正直に言えば、それを見て心が躍ることもない。
「今日は豆か」
そんな程度のお惣菜だった。
ところが最近、その見方が少し変わった。
きっかけは一つの論文だった。
豆を一粒口に運びながら、ふと思ったのである。
日本人は昔から豆を食べてきた。
納豆、豆腐、味噌、醤油、枝豆、煮豆。こうして並べてみると驚く。豆は単なるお惣菜ではない。主菜にもなり、副菜にもなり、さらには調味料の原料にまでなっている。
日本の食卓は、思っている以上に豆に支えられているのである。
もちろん昔は肉も魚も今ほど簡単に手に入らなかった。だから植物性のたんぱく源として豆が重宝された、という説明はできる。
だが、それだけだろうか。
長い歴史の中にはさまざまな食材があったはずである。しかし豆は何百年もの間、日本人の食生活の中で重要な位置を占め続けてきた。
それは単なる偶然ではないのではないか。
長い年月をかけて食文化の中心に残ったものには、それなりの理由があるはずである。
そんなことを思いながら調べてみると、一つの興味深い論文に出会った。
【論文は何を示したのか】
2004年、Darmadi-Blackberryらは、日本、ギリシャ、オーストラリア、スウェーデンなどの高齢者785人を対象に、食生活と寿命の関係を調査した。
出典:
Darmadi-Blackberry I, Wahlqvist ML, Kouris-Blazos A, et al.
"Legumes: the most important dietary predictor of survival in older people of different ethnicities"
Asia Pacific Journal of Clinical Nutrition, 2004.
この研究はFHILL(Food Habits in Later Life)研究の一部であり、高齢者が何を食べているかと、その後の生存率との関連を追跡したものである。
研究者たちは野菜、果物、肉類、魚介類、乳製品、穀類など、さまざまな食品群を比較した。
その結果、最も強く生存率との関連がみられたのが豆類だった。
さらに、豆類の摂取量が一日20グラム増えるごとに、死亡リスクは約7〜8%低下していた。
もちろん、この研究は観察研究である。
「豆を食べれば長生きする」と証明したわけではない。
だが、世界各国の高齢者を比較した結果として、最後まで残った食品が豆だったことは非常に興味深い。
【私が驚いたこと】
私が驚いたのは、結果そのものだった。
魚ではなかった。
野菜でもなかった。
最近話題になるスーパーフードでもなかった。
研究者たちが長寿との関連を調べた結果、最後に残ったのは豆だったのである。
正直に言えば、私はもっと派手な答えを想像していた。
テレビで紹介される健康食品や、高価なサプリメントのようなものを思い浮かべていた。
ところが論文が示したのは、納豆や豆腐や味噌といった、昔から日本人が食べてきた食品だった。
【和食を思い浮かべてみる】
論文を読み終えてから、私は改めて和食を思い浮かべてみた。
朝食には味噌汁がある。
納豆を食べる人もいる。
昼には冷や奴が出ることもある。
夕食には煮豆が添えられる。
さらに考えてみると、醤油も味噌も大豆から作られている。
私たちは米や魚を和食の主役だと思いがちだ。
もちろんそれは間違いではない。
だが改めて眺めてみると、和食は驚くほど豆に支えられている。
納豆。
豆腐。
味噌。
醤油。
枝豆。
煮豆。
どれか一つ欠けても、日本の食卓はずいぶん違うものになってしまうだろう。
そう考えると、豆は単なるお惣菜ではない。
和食そのものを支える土台の一つなのかもしれない。
【昔の人は知っていたのだろうか】
もちろん、昔の人が栄養学を知っていたわけではない。
死亡率の統計を取っていたわけでもない。
それでも長い年月の中で、人々は経験的に食べ物を選び続けてきた。
豆は決して派手な食材ではない。
ごちそうでもない。
だが主菜になり、副菜になり、保存も利き、発酵させれば味噌や醤油にもなる。
気が付けば、日本の食文化のあちこちに入り込んでいる。
もしかすると昔の人たちは、数字では説明できなくても、豆の価値を何となく知っていたのかもしれない。
【私たちへの示唆】
もちろん、豆だけ食べれば健康になれるわけではない。
運動も必要だろう。
睡眠も必要だろう。
人とのつながりも大切だ。
だが今回の論文は、一つのことを教えてくれた。
健康は案外、地味なところにあるということである。
私たちはつい特別な健康法を探してしまう。
しかし長寿研究が最後に残した答えは、昔から食卓に並んでいた食品だった。
その日の夕食で、私は豆の煮ものをもう一口食べてみた。
相変わらず派手なおかずではない。
だが以前より少しだけ見方が変わった。
お通じに良さそうなお惣菜、くらいにしか思っていなかった豆が、世界の長寿研究の中では主役級の存在だったのである。
世界中の研究者が何十年もかけて探した答えが、昔から日本の食卓にあった。
そう思うと、なんだか少し頼もしく見えてきたのである。
