読書を学びに変える魔法の5分間
休日の午後、喫茶店の窓際で本を閉じた。
コーヒーはまだ少し残っている。店内には静かなジャズが流れ、隣の席では年配の夫婦が小さな声で話をしていた。
読み終えた余韻に浸りながら鞄の中を探ると、一冊の本が出てきた。
その瞬間、妙な既視感を覚えた。
家に帰って本棚を探してみると、同じ本が並んでいた。
先に買った方には付箋まで貼ってある。
どうやら私は、本を再読していたのではなかった。
もう一度買っていたのである。
読書好きとしては少々情けない話だが、似たような経験をした人は案外いるのではないだろうか。
私は長い間、勉強とは繰り返し読むことだと思っていた。
忘れないように何度も読む。
線を引く。
付箋を貼る。
気に入った箇所にはマーカーを引く。
そして、なんとなく賢くなった気分になる。
ところが最近、教育心理学の研究を読んで少し驚いた。
アメリカの心理学者ヘンリー・ローディガーとジェフリー・カーピックは2006年、学生に文章を読ませた後、「何度も読み返すグループ」と「内容を思い出すグループ」を比較した。結果は意外だった。直後のテストでは読み返したグループが有利だったが、一週間後になると、内容を思い出したグループの方がはるかによく覚えていたのである。
この研究は心理学の主要学術誌 Psychological Science に掲載され、その後4,700回以上引用されている。現在では「Testing Effect(テスト効果)」あるいは「Retrieval Practice(想起練習)」として、教育心理学の代表的な知見の一つになっている。
つまり、
「もう一度読む」
よりも、
「何が書いてあったか思い出す」
方が、長い目で見ると記憶に残りやすいというのである。
私はこの研究を読んで少し苦笑した。
なぜなら、長年やってきたことがほぼ逆だったからだ。
忘れないように読み返す。
忘れないように付箋を貼る。
忘れないように線を引く。
そして忘れる。
今振り返ると、私は知識を増やしていたというより、安心感を増やしていたのかもしれない。
もちろん、読み返しが無意味という話ではない。
実際、この研究でも直後のテストでは読み返した方が良い成績だった。
ただ、長く覚えておきたいなら話は別らしい。
記憶は、頭の中から取り出そうとした時に強くなる。
筋肉が負荷をかけることで成長するように、記憶もまた「思い出そうとする負荷」によって鍛えられるのである。
さらに興味深いのは、この効果がその後も多くの研究で再現されていることだ。現在では医学教育や資格試験対策などでも応用され、「自分をテストすること」が学習法として推奨されている。
そこで最近は、本を読み終えたらすぐ閉じるようにしている。
そして自分に問いかける。
「著者が一番言いたかったことは何だろう」
「印象に残ったのはどこだろう」
「自分ならどう考えるだろう」
答えられないことも多い。
驚くほど覚えていないこともある。
しかし、その時間が妙に面白い。
思い出せない部分があると、そこだけ読み返したくなる。
すると以前より内容が頭に残る気がする。
読書好きの人なら分かると思う。
本を読むこと自体が目的になってしまうことがある。
何冊読んだ。
何ページ読んだ。
積読が減った。
もちろん、それも楽しい。
しかし本来の目的は、本を読むことではなく、本から何かを得ることだったはずだ。
人生の後半になると、時間はますます貴重になる。
だから私は最近、「何冊読んだか」よりも、「一冊から何を持ち帰ったか」を大切にしたいと思うようになった。
本を閉じた後の五分。
学びは、その短い時間から始まるのかもしれない。
もっと早く知っていれば、本棚に同じ本が二冊並ぶことも少なかったかもしれない。
いや、おそらく三冊になっていただけだろう。
