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裸になると、未来が少し軽くなる。 ――心配事は脱衣所に置いてきた――

仕事帰り、少し足を延ばして郊外の温泉施設へ行ってきた。

最近は、水着とゴーグルをバッグに忍ばせて会社へ行くことがある。

時間があれば、そのまま立ち寄れるようにするためだ。

この施設には、25メートルプールのほか、露天風呂、寝湯、肩に勢いよく湯が流れ落ちる滝湯、サウナなどがある。

まずはプールで五百メートルほど泳ぐ。

速く泳ぐわけではない。

一定のリズムで水をかいていると、不思議と頭の中が静かになっていく。

泳ぎ終えると、そのまま温泉へ向かった。

外は三十五度近い暑さだというのに、さらに熱い湯へ浸かる。

我ながら不思議なものだと思う。

けれど湯から上がる頃には、体だけでなく心まで軽くなっていた。

最近の私は珍しく、これからの生き方や老後について考え込み、少し憂鬱になっていた。

健康はいつまで保てるのだろう。

退職した後は、どんな毎日になるのだろう。

創作は続けられるだろうか。

考え始めると、答えの出ないことばかりが頭を巡る。

湯船でぼんやり天井を眺めていると、ふとマーク・トウェインの有名な言葉を思い出した。

"Clothes make the man. Naked people have little or no influence on society."

「衣服は人をつくる。裸の人間は、社会ではほとんど、あるいはまったく影響力を持たない。」

社会では、その通りなのだろう。

人は服装や肩書、立場によって見られ、評価される。

けれど温泉では、その服を脱ぐ。

社長も、会社員も、学生も、退職した人も、同じ湯に浸かる一人の客である。

肩書も見栄も、脱衣所のロッカーへ置いてくる。

私は、その光景が好きだ。

そして、もう一つ気づいた。

温泉で脱ぐのは、服だけではない。

起きるかどうかも分からない未来への不安まで、ほんのひととき脱衣所へ置いてこられるような気がした。

少なくとも、この日の私はそうだった。

湯から上がる頃には、さっきまで心を占めていた重苦しさが薄れていた。

代わりに浮かんできたのは、新しい小説の構想だった。

「ああ、この展開なら面白い。」

そんなことを考えながら、自転車で家路につく。

真夏とはいえ、日が落ちたあとの風は心地よい。

ペダルをこぐたびに、さっきまでの憂鬱な気分が少しずつ後ろへ流れていくようだった。

来るときは、老後のことばかり考えていた。

帰るときは、新しい物語のことばかり考えていた。

現実は何も変わっていない。

それでも、自分の心は少しだけ前を向いていた。

温泉には、たとえ加熱循環式であっても、不思議と気持ちを切り替える力がある。

少なくとも、私はそう感じている。

だから、また水着をバッグに忍ばせて会社へ行こうと思う。

今日の持ち帰り

考えても仕方のないことは、ときどき湯船に預けてこよう。

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【60代から始めたもう一つの挑戦】
人生再点火の一環として、小説創作にも取り組んでいます。
現在、TALESにて伝奇ミステリー小説を公開中です。
noteとは少し違う世界ですが、こちらも私の大切な創作活動です。
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