個人通信”Simple Dreams”1460号
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個人通信"Simple Dreams" 1460号
2026.2.1
石川 晋
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ぼくのnoteは1号だけの購入だと500円。月に4号は出ますが、月刊購読なら100円。どうぞ、単体ではなく月単位で購入してみてください、すぐ辞めてもいいですから、8号くらい(2ヶ月くらい)まとめて流れで読んでほしいなあと思っています。
We最新刊「ただひたむきに生きるアート。できました。渾身の連載記事も書いてます。そのうちあざみ野でこの雑誌を読む講座もするつもりです。雑誌も存続危機なので、ぜひ定期購読もして欲しいです。
授業づくりネットワークNO.52「学校組織の中でどう生きるか」発刊です。ぼくは、小金井市立南小学校の村上聡恵さんへのロングインタビュー記録をまとめました。小金井南小学校には、現在単元自由進度学習で全国的な注目が集まりつつあります。でもそこに至る流れは実はとても複雑で繊細なのです。組織の士気を高め、新しい息吹の芽生えを呼び起こし・・・これまでにないいわば見えにくい舞台裏を丁寧に聞き取ることができました。
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今回は、1月26日(月)から2月1日(日)までの期間。
・札幌は壮絶な雪
・さらに続く苦難
・厳寒の札幌駅で考えていたことの一部
・山下和仁の死
・三日目の札幌駅
・令和7年度小金井市立南小学校 第6回公開校内研究会 2026.1.28
・いすみ市小学校
・いすみ市中学校
・崔文洙さん
・土日曜日は廃人のように
・選挙に行く
・1月下旬のつぶやき
・カタリストが論点整理を読みやすく(ビジュアル化)してくれた——————————
・札幌は壮絶な雪
25日。前号の最後にも書いたが、この日は悲惨だった。
早く出たが、江別東ICで下された後は、とにかく悲惨だった。札幌駅近くのレンタカー屋に返却するまでに、たくさんの人たちの地獄を見る。大型トレーラーが斜めになって車線を塞ぐ中を、すり抜けて走るかどうか判断を迫られたり、まあ、北国ならではのスリリングな運転と判断を味わった。こんんなにひどかったのは、10年ぶりくらいだと思う。あの日は長都付近で渋滞に巻き込まれ、スタックし、近くを走る重機の運転手を説得して引っ張ってもらった。渋滞の席では、一酸化炭素中毒で死んだ人もいた。あの日も悲惨な夜だった。
結局25日は、新千歳空港には辿り着けず、札幌市内のホテルを辛くも確保して、翌日の飛行機も辛くも確保して。まあ、大変だな。
たしか、2.26事件のあった東京大雪の年の1-2月に、シャリアピンが来て、日比谷公会堂で歌った日(2月4日のはず)、大雪で帰れなかったお客さんたちが日比谷公会堂に滞留したと記憶している。東京の大雪なんて北海道とは全然違うけれども、なぜだかそのことを思い出した。歌ったシャリアぴんも聴きに行った人たちも偉かった。世界的な歌手が日本にやってくるなんて、とみんなが胸をときめかせた。そんな時はもう一度全部壊れてしまわないとこの国には起こるまい。
夜は、沖縄。映像の世紀バタフライエフェクト「愛と悲しみの女性たち」を見る。コザ暴動は描かれなくて残念すぎたけれど、でも、女性に焦点を当ててその苦難を語っていく素晴らしい番組だった。バタフライエフェクトは、おそらくいろんな圧力と対峙しながら、本気で作っていることが伝わってくる。NHKのテレビ番組はETVともども日本人の教養を支えてきたと最近改めて思うことが多い。番組の最後で、本番組の主役の一人オキナワンROCKを支えてきたバンドJUPITERのSATOMIが歌うモトリー・クルーの”Home sweet home”はただただかっこよかった。
・さらに続く苦難
翌朝ホテルを出て再び札幌駅へ向かったが、JRは各方面完全ストップのままだった。近くのカフェを点々としながら時間を潰す。本も集中して読めず、仕事もほとんど捗らない。原稿も書いてみたが全くダメだった。そもそもカフェを転々と書いたが、札幌駅構内も周辺も時間潰しに入れるような飲食店は、新幹線の工事でほとんどなくなってしまった。頼みの綱のミスタードーナツも閉店するのだという。何度も書くが、こんなことになってまでさらに数兆円をつぎ込んで通す新幹線は北海道の人に何か益をもたらすのだろうか。JR北海道と新千歳空港のインフラの脆弱さにちゃんとお金を使って、道民の生活を支えた方がいいに決まっているではないか。本気でそういうことを言う知事候補はいないのだろうか。
結局夕方に諦めて、必死にホテルを探し、なんとか安めのホテルの部屋を確保する。駅からは少し離れていて、歩いているうちに、手袋の片方を無くしてしまった。ほんの3、4日しか履いてあげることができなかった。ぼくの部屋周りには何故か片一方になってしまった靴下や手袋がいっぱいある。片っ方になってしまった靴下や手袋を見ると、心の奥底まで悲しく寂しい気持ちになる。何に謝っているのかよくわからないが、ごめんねごめんねと言う言葉が胸の中に溢れてくる。
今日もひどい1日だった。



・厳寒の札幌駅で考えていたことの一部
小野田紀美氏にしてもフィフィ氏にしても、ヘイトをばら撒いて、その中で、いわば育て上げてきたとも言えるヘイトスピーカーたちに、今度はあべこべに罵詈雑言の刃を向けられ、手を焼いている様子である。そうした様子を見ながら、ぼくは、二重三重に絶望的な気持ちになる。
学生時代、北海道教育大学旭川分校の哲学専攻の准教授だった佐々木周さんにずいぶん可愛がってもらった。周さんはあの松岡享子さんの甥であり、保育士から大学教官しかも哲学専攻へと進まれるというとても変わった経歴の人でもあった。その周さんのうちに遊びに行った時に、彼はいろんなことをぼくに話してくれたのだが、若いぼくは酒も飲んでいてほとんど覚えちゃいない。しかし一つとても強く印象に残っている話が、尾崎豊のコンサートビデオの話だった。「盗んだバイクで走り出した」「窓ガラス壊して回った」「高校卒業直前に退学した」と歌い語る彼に心酔した若者たちが、彼のコンサートに押し寄せていた。そのビデオ映像には、最前列で「俺も学校やめた」「俺も先公に楯突いた」と大声で尾崎に呼びかける青年たちの姿が映っているのだと言う。そしてそれに対して「そんなに早まっちゃいけない」とステージ上から語りかける尾崎の姿も映っているのだと、周さんは言う。その話を聞いて、ぼくには、責任の重さに狼狽える、すでに制御できない暴徒と化している青年たちの前で呆然としている尾崎の姿が、あの日ありありと目に浮かんできたのだ。
周さんが、あの日なんでそんな話をぼくにしたのか全くわからない(記憶していない)。しかし、小野田氏やフィフィ氏が生み出してきたヘイトの人々は、もう小野田氏やフィフィ氏の制御できる代物では無くなってしまったんだろうな、とあの日の周さんの話を思い出しながら、考えていた。
二日間立ち往生した札幌駅は寒すぎたので、そんな寒寒とした光景ばかり頭に浮かんでしまったのだろう。何しろ考える時間はいっぱいあったから。途中で明らかに考えるのにも疲れてしまったけれど。
・山下和仁の死に、ショックを受けて、展覧会の絵を聴く。結局山下も実演に触れることができなかった。ぼうっとしていたら福田進一も壮村清志も聞けずに終わってしまうかも知れないな。
・三日目の札幌駅
この日も朝から入り、購入済みの特急よりも一本早い特急(何しろ後続も動く見通しはないから)の自由席に滑り込む。旭川駅まで戻り、そこからバスで旭川空港へ移動し、確保してあった飛行機で関東へ戻る。
この間予定していた関西の2校には結局入ることはできなかった。それぞれ前日の早い時間帯から、気象状況と交通状況を伝え、ひょっとすると辿り着けないかもしれないとお知らせしていた。対応についても色々と連絡を取り合った。みなさん状況に理解を示してくださって感謝だった。早めに連絡を取り、状況を丁寧に説明して理解を得る、どうしようもない状況でも先にやらなければならないことはたくさんある。
キャンセルになった関西のホテルの対応などもとてもありがたかった。えきねっとで確保していた電車代金は運休なので、全て戻ってきた。

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