なんでもない日記:高級セダンが教えてくれた「Amazonの送料」より大事な資産
「俺は東京一択だよ。だって、Amazonの送料が安いから」
休憩時間の雑談で、都会育ちの同期が真顔で放ったこの一言に、僕は頭を殴られたような衝撃を受けた。老後の住まいに関する議論は、市役所駐車場で見た黒塗りの高級セダンから始まった。走る権威の塊、あれに乗るにはどれほどの資産が必要なんだろう、と。
同期は真剣だった。
「老後に深夜のドラッグストアまで歩く体力ある?地方はインフラがまだ不便で、病院行くにもバスで一時間。便利さこそ、老後のリスクヘッジだろ」
彼の合理性に、僕はすぐには言葉が出なかった。窓の外の、ぼんやりとした都会の光を眺めながら、無言でコーヒーを啜る。うるせえな、でもそうかもな。と心の中で呟くしかなかった。都会の人工的な照明の下で得られる安心感は、たしかに「資本」で買えるQOLだ。僕らは完全に合理性と数字に飼い慣らされている。
でも、同時に焦燥感にも駆られた。
東京の便利さは、いつも誰かに見られているみたいで、心が休まらない。常に張り詰めた空気に晒されていて、息苦しい。
僕が求めている「静けさ」とは、何だろう?
その正体は、故郷の記憶にあった。夕暮れの帰り道、田舎特有の湿った土と草の匂い。あれは、小学生の頃に父と歩いた畦道の匂いだ。都会の光にはない、心のスイッチをオフにできる静寂。情報から隔離され、自分だけのペースで呼吸ができる環境。
議論は結局、老後の「安心感」は高級車や貯蓄額といった数値化できる資産ではなく、「慣れ親しんだ人間関係や環境」という精神的な土台に支えられているという結論で全員が納得した。
ハッとしたね。老後の幸せは「どこに住むか」という物理的な場所よりも、「今の自分がどう生きるか」という生活の質(QOL)にかかっているのだと。
僕は、あの黒い高級車は買えないだろう。それでも構わない。
僕が磨くのは、心と生活の豊かさという「QOL資産」だ。
その燃料は、愛読書から得た新しい視点であり、穏やかな静けさは、心を癒やしてくれる人との無駄で有意義な時間で保たれている。
焦って老後のことばかり考えるんじゃなく、今の瞬間、この無形の資産を育てていく。そう決意すると、目の前のコーヒーの味も、少しだけ豊かなものに変わった気がした。
あなたにとっての「QOL資産」は何ですか?高級車のような目に見える資産ですか、それとも故郷の匂いのような心の静けさですか?ぜひ、あなたの考えを聞かせてください。
