字形の違いが字体の違いに及んでいると見られないためにも中高生は文字を丁寧に書くこと!【番外編】
更新日:2026/08/04
小論文・作文指導者の〆野が普段の添削・採点指導からよく見かける、中高生の間違えやすい表記を紹介し、世の中高生・受験生に警鐘を鳴らすのが、このシリーズ【間違えやすい表記】。
「その漢字は✕でいいのか?」という書体デザイナーの問いかけ
昨日、X(エックス)を見ていたら非常に興味深い記事が目につきました。この毎日新聞の記事です。
(「その漢字、本当に×ですか?」 ある書体デザイナーの投げかけ)
大手フォントメーカー「モリサワ」の書体デザイナーである高田裕美さんが、テストで誤った指摘がされやすい漢字を集めたユニークなクリアファイルを製作したという記事です。
記事の中で高田さんは、こうしたクリアファイルを作った理由について、こう話しています。
「文化庁の指針を知ってもらい、『そこまで厳しくしないで』と漢字の指導をする方に伝えたい」
あわせて、記事では「学校現場では子どもたちが書く漢字に対し、教科書通りの形を求め、採点が必要以上に厳格になっている実態がある」と伝えています。
記事の中でも一部説明していますが、漢字には「字種」・「字形」・「字体」というものがあります。
たとえば、「学」と「學」は同じ字種として考えられます。かたや新字かたや旧字ですが読む上では「同じ字」として認識されます。しかし「学」と「字」とは似ていますが同じ字種とは言えません。なぜなら、字形(文字の骨格や組み立て)が違うからです。字形が違うのでこの二つは違う字であると言えます。しかし、これらの字を手で書く上で、一画一画を丁寧に書いたものからくずし書きしたものまで、さらにそこにその書き手の手癖もあいまって「さまざまなかたち」が生まれます。これを「字体」と言います。
つまり、漢字においてそれがその文字である(字種)と認識されるのは字形(文字の構成)によってであり、その字形が決める枠組みの中でさまざまな字体として書かれることが許容されているのです。
文化庁の指針も「字形の違いが字体の違いに及ばない限り、誤りであると判定することはできない」と定めている。
「土」と書くべきところを「士」と書けば、別の字になってしまうので誤りだが、「天」や「戸」など細かい字形の違いは間違いではない。
上記のこの記事の説明はこういうことを指してのことです。「土」を「士」と下の横棒より上の横棒を長く書いてしまったら、それは「字形の違いが字体の違いに及んでる」ためダメです。なぜなら、「土」と「士」はそもそも字形の異なった違う字種であり「字形が同じ」とは言えないからです。しかし、「吉(正字)」を上を「土」のようにしてしまっても(異体字―俗字)それは同じ字形の同じ字種であるため、その字形の違いが字体の違いに及んでいるとは言えないことから問題はないと言えます。つまり簡単に言えば、字形の違いによって字体が変わるのは別の字になってしまうのはダメですが、字形が変わらない限りそれはその字種として認識できるため、その字形の許す範囲内で字体が変わる分には問題がないということです。ここで言っている「採点が必要以上に厳格になっている」というのはこの許容される(許容できる)字体の違いでさえも間違いとしてしまう事例を指してのことでしょう。
なお、記事でもふれていますが、これは文化庁の「常用漢字表における「字体・書体・字形」等の考え方について(共通理解のための素案)」でも示されています。
(常用漢字表における「字体・書体・字形」等の考え方について(共通理解のための素案))
字形の違いが字体の違いになってしまっているかどうかの見極めが難しいケース
……とここまでは、おわかりいただけたかと思いますが、これがなかなか「言うは易く行うは難し」でしてね。その「字形の違いが字体の違いに及んでいるかどうかの見分け」はなかなか難しいものがあります。その書体デザイナーの方のおっしゃることはたしかにその通りなんですが、一添削者の意見としては正直「それはわかるのだがなかなか難しい事例もある」と言えます。つまり、「そこまでいってしまうと別の字になってしまう」というラインを越えているのか越えずに踏みとどまっているのかが判断しがたいケースや、その字として書いているのか別の字として書いているのかが判別しにくいケースが、実際にあるのです。きっと、他の国語や作文の先生でもそんなケースに当たったことがあるはずです。
たとえば
「頃」
という字ですが、これはしばしば
「項」
と書き間違えられることがあります。その逆もあります。これは、中学生の作文に多く見られますね。
しかし、この「項」の左の「工」、やや雑に書くと「頃」の左の「ヒ」にやや見えるときがあるのです(ちょっと手近に紙とペンがある方は書いて試してみてください)。またその逆に見えるときもあります。「ヒ」の左下の曲がりをやや鋭角にし上のでっぱりがやや短くなると「工」に見える場合があります。そういうときは、その生徒が「頃」と書いているのか、また「項」と書いているのかが非常に判別しづらいです。一体どっちのつもりで、その生徒がその文字を書いているのかが十分にわかりません。
したがって、こんなときは「ここは正しい字は『頃』ですが『項』に見えます。文字は丁寧に書きましょう」と私はコメントします。字形の違いが字体の違いに及んでいるのかどうかがわからない(その字として書いているのか異なる字としてそれを書いているのかがわからない)以上、それを間違いだと断ずることもできません。しかし、「あなたの書いた文字は読み手からこう見えていますよ」と教えてあげて、丁寧に文字を書くことをうながすことは教育的指導としては必要だと考えています。
字形の違いが字体の違いに及んでいる(別の字として書いている)と見られないためにも……生徒諸君!文字は丁寧に書くのだ!
結局、この問題は「文字を丁寧に書くこと」を習慣づけることで解決させるしかありません。ですから、中高生のみなさんには、作文や小論文では「文字は一画一画を丁寧に書きましょうね」と申し上げることに尽きます。そもそも雑に書きすぎていて別の字に見えてしまうこと自体が問題です。その人の「手癖」なのでいろいろな字体になるのは許容しますが、雑に書くことでもはや字形が異なる別の字になってしまうのは問題です。また、そう読まれないように字は丁寧に書く配慮が必要と言えます。生徒諸君!文字は丁寧に書くのだ!
……しかしひるがえって、前掲の記事にあるように、文字の指導をする際に、教科書にある印刷フォントに忠実になったがために(その文字が同じ字形の同じ字種にもかかわらずその)字体の違いすら許容しないというのは、漢字の教育や指導としてやや行き過ぎであると私も思います。この記事を読んだことを機会に、私もそういう指導になっていないかどうか、ふだんの添削指導を見直したいと思いました。
なお、このモリサワさんのクリアファイルは非売品なんだそうですよ。これ欲しいなと思ってしまいました。イベントとかで配布していると記事にはありましたが、モリサワさん売ってくれないですかね。私は勉強のために買いますよ(笑)。
(検索と引用では以下のサイトにお世話になりました)
毎日新聞
文化庁(文部科学省)
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