✕「固定『概念』」〇「固定『観念』」
更新日:2025/10/09
小論文・作文指導者の〆野が普段の添削・採点指導からよく見かける、中高生の間違えやすい表記を紹介し、世の中高生・受験生に警鐘を鳴らすのが、このシリーズ【間違えやすい表記】。
本日は、「『固定概念』は誤り。正しくは『固定観念』。」というお話しです。「固定概念」と誤って表現している答案をよく見かけます。本日は、この言葉と表記について確認していきます。
まず「概念」とは何でしょうか。手元の辞書を引いてみましょうね。
がいねん【概念】(名)ある名前で呼ばれるものに共通する、だいたいの特徴。
たとえば「『犬』という言葉の概念」と聞いて、「犬ってあんな感じの動物だな」と大まかな(概ねの)イメージが浮かびますよね。それが「概念」です。「ワンワン吠える」・「四つ足」・「モフモフしている」なんていう共通点によって「犬」の概念が作られています。だから「シェパード」見ても「ポメラニアン」見ても「シベリアンハスキー」見ても、どれも犬種は違いますが同じ「犬」だと認識します。でも、「キリン」見て「犬」とは思いません。それは「キリン」が「犬」の概念枠に含まれない(「犬」が共通して持つ点を持っておらず別の点を有している)からです。
では、対して「観念」とは何でしょうか。
かんねん【観念】(名)一①形・色・音・においなど感覚を通じて知覚したり、頭で想像したりするもの。②世の中にはこういうものがある、それはこういう性質のものだという考え。二(後略)
二の意味は「観念しろ!」とか「あきらめ」の意味であり全く別の用法なのでここでは扱いません。問題は、一の②の意味。これが「固定観念」です。
概念とは、言うなれば「その言葉の持つ意味」です。ですから、「犬」とか「dog」とか言語によって単語は異なりますが、「あの動物のあのイメージ」は、日本語圏の人でも英語圏の人でもほぼ(概ね)変わりはないです。ここが違うとなると、もはや翻訳行為そのものが成立しません。
しかし、観念の一の②にあるように、「観念」とは「その事物や事象に対する考え」です。そして「考え」である以上、そこには(信念や宗教などによる)文化差や個人差が生じます。たとえば、キリスト教の人もイスラム教の人も仏教の人も、「善」という言葉の概念は変わりません。それは誰にとっても「善いこと」を指します。でも、「善」の観念というとその宗教や民族・文化によって考え方が違います。つまり、何が何を基準として「善い」と考えるのかが各々違うわけです。だからロシアの人もウクライナの人も「平和」の概念(言葉の意味)は共有しているはずです。でも「平和」の観念(考え方)は違います。それはロシアの人が望む平和とウクライナの人の望む平和のイメージは、文化や民族そして国家観の差によって違うからです。
このように観念は「考え」である以上、その主体(考える人)の所属する文化圏や民族観、国家観に大きく左右されます。ですから、たとえば「イスラム法に則ればその行為は罪である」という観念が先に立ち「イスラム法以外の宗教の持つ考えは受け入れられない」となることがあるわけです。これが、観念が所属する文化のバイアスによって固定化された状態(自分の持つ観念しか受け入れられず、他の観念に対し排他的になる)であり、こうした観念を特に「固定観念(平たく言えば『自分中心の思い込みのイメージ』)というのです。
「概念」も「観念」も同じ「念(イメージ)」を指す言葉ですが、思い込みを指すのは「固定観念」です。「概念」ではありません。辞書にもこれは単独の項目語として掲載されています。
―かんねん【固定観念】(名)①何かある一つのことだけにこだわって、そこからはなれられない考え。固着観念。②思い込み。
この間違いは大人でも結構多いです。正しいのは「固定観念」です。小論文や志望理由書などを書く時には注意しましょう。
参考図書:三省堂国語辞典 第七版 2014年1月10日 第一刷
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