志望理由書を書くときに将来のことは「そういうもの」だと「割り切って」考えて欲しい~『選ばない仕事選び』(浅生鴨)をヒントとして~
更新日:2026/03/10
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正解がない将来のことを考えなければならない「しんどさ」
以前下の記事でもふれたように、多くの中高生は「自分の将来のことを考えるのは『しんどい』と考えている」ようです。
(将来進路を考えるときの「しんどさ」の正体に関する試論)
上の記事では、その「しんどい」の正体を少し考えてみました。自分の将来を明確にして志望先やその志望先での学びについて考えて志望理由書をまとめることは、自分の未来を「物語化」する営みです。そしてそれが、高校の進路指導の中であれ実際の大学入試で課される中であれ、教育的指導の名の下で強制されます。そのとき、学校・塾の先生や親といった他人によって侵襲的に「物語化」されることにより、「自分の将来のこと」であったはずのものが「自分が考えたこともない、他の誰かによって作られた『自分の話』」に変容し自分の前に立ち現れてくる……、それによって高校生や大学受験生は、自分の将来のことを考えるのにある種の「しんどさ」を感じるのではないか……。そんな試論を、難波優輝氏の『物語化批判の哲学』をヒントにしながらまとめてみました。
今日は改めて、ここから話を始めていきたいと思います。
「しんどい」という言葉にはいろいろな意味がありますが、一般的に言えば「疲れる」ということです。しかし、いくら肉体的にまた精神的に疲れてもそこにある種の「充実感」や「達成感」があるなら「(それが)しんどい」とはならないと思います。たとえば、部活動で厳しい練習にも耐えた結果全国大会で優勝したとなれば、もちろんそこに至るまで心身共に疲れるでしょうが「しんどい」という結論にはならないはずで、むしろそこで感じるのは「やりきった感に満ちたよい疲れ」とも言うべきものでしょう。優勝したことで今までの苦労が報われるからです。しかし、それが「しんどい」ということはそうではないということです。ただ疲れるだけで「何も報われない」、「徒労に終わる」、そうしたときにその疲れは「しんどい」ものとして感じられるのではないでしょうか。
この話をもう一歩進めて細分化すると、その「しんどさ」につながるものとして三つの因子が考えられます。一つ目は「締切を与えられて『物語化』を強制される」ことです。「高校で志望理由書を書かされる」というのはまさにこういうことです。自分の意思と自分のタイミングで自分の将来を夢想する分には「しんどい」とはならないはずです。外部から精神的プレッシャーをかけられ、他人に設けられた(入試本番までにという)制限時間の中で志望理由書をまとめなければならないとなったとき、その志望理由書の作成は「しんどい」ものになっていきます。二つ目は「他人によって自分の『物語』が変えられてしまう」ことです。自分で自分の「物語(=志望理由書)」を紡いで完成に至るのなら、疲れてもまだ「自分でやり遂げた充実感」があるはずです。しかし、そこには多かれ少なかれ「指導の手」が介入し「評価」と「修正」が成されます。これにより「自分の力でそれを成し遂げた」といった「達成感」が希薄になります。これは、たとえば自分の書いた文章や絵を先生に直されたときの「何とも釈然としない気持ち」を考えればわかりやすいかもしれません。そしてもう一つ、それは「正解がない」ということです。志望理由書に何らかの「正解」が確実にあるなら、疲れていてもそこにたどり着けさえすれば山を登り切ったような「達成感」はあるはずです。しかし、志望理由書を書き切ったとて、はたしてそれがほんとうに正解なのかどうかはわかりません。いや正確に言うとこれにははなから「正解がない」のです。以上が、私の考える「しんどさ」につながる因子です。
この三つのうち、以前書いた上掲の拙記事の話は一つ目と二つ目に焦点が置いていました。しかし、今回のここで話題にしようとしている本の話は、どちらかというとこの三つ目の「将来のことには『正解』がない」ということに焦点が置かれています。大変長い前置きでしたが、ここでようやく本題に入ります。
「将来どんな仕事をしたいのか考えて、進路を決めなさい」なんて先生から言われても、自分には何ができるのかも、何がしたいのかも分からない。それに、世の中にはいったいどんな仕事があるのかだってあまり知らない。それなのに、そろそろ進路は決めなくちゃならないから、焦ってしまうよね。
どうしてなかなか決められないのだろう、どうしてこんなに迷ってしまうのだろうと、頭の中は悩みで一杯になっているはずだ。
でも、それでいい。
実は大人だって、自分が何をしたいのかをはっきり分かって仕事をしているわけじゃない。分かったと思っても、次の週になれば、やっぱり違うかもと迷い続ける人がたくさんいる。その理由は簡単で、仕事選びには正解がないのだ。
仕事選びにはなから正解がないのに、志望理由書の作成ではそれについて考え続けることを強いられます。これほど「しんどい」ことはないかもしれません。考え抜いてどうにかこうにか「活路」が見出せるならまだいいです。しかし、この『選ばない仕事選び』で浅生鴨氏が言うように、最初から「仕事選びには答えがない」のです。たしかに、大人もいまだ答えが出ずに迷い続けている人が現実にもたくさんいます。
実際、仕事選びに答えはありません。ひるがえって自分のことを考えてみても、いまだにこの仕事が自分にとって「天職」であるかどうかなんてわかりません。いや、はっきり言って今仕事としていることよりも向いている仕事があると、私にもふと思うときがあります。そのもやもやは、学生の頃と同じくいまだ解消されずにいます。では、何が本当に向いているのかと考えるとき、答えがない分、大人になってもなおそこには「しんどさ」があるのです。
将来のことについての周りの大人の言うことは「話半分に」聞く
浅生氏の「将来の仕事選び」に対する考えは、「すがすがしいまでの諦念」の下にありました。将来はいくら考えてもその通りにはならないし、また周りの意見を聞いてそれについて考えたところで大概「間違っている」、だからそれを考えてくよくよすることはないのだと言います。
先生や大人にどれだけ急かされても、世界にどんな仕事があるのか君はまだ知らないから、今は将来の仕事を選べないわけで、だから慌てて選ぶ必要もない。
だいたい、先生やまわりの大人たちだって、よく知らないのだ。よく知らないのに自分の知っている範囲だけ考えて、あれがいいんじゃないか、これが向いているんじゃないか、なんてことを適当に言っているだけなのだ。
大人は過去の経験の中に住んでいるから、大人が未来へのアドバイスをしたときにはだいたいまちがっている。そんなアドバイスは無視して構わない。聞きたいところだけ聞いておけばいいのだ。
そもそも、たとえ何かを選んで決めたところで、どうせその通りにならないし、そのうち君に合う仕事が向こうから勝手にやってくるのだから、放っておけばいい。
もちろん僕のこのアドバイスだって、聞きたいところだけ聞いて、あとは無視して構わないんだぞ。
この本はちくまプリマ―新書として出ています。ちくまプリマ―新書は本来中高生や学生をターゲットにした新書シリーズですが、そこそこ読み応えがあって若年者にはなかなか理解が難しいのではないかという本も中にはあります。しかし、こちらの本はこのように平易な語り口で書かれており、想定する読者ターゲット層に伝わりやすいのではないかと思います。また、この引用箇所の内容を見て明らかなように、徹底して、将来進路に迷う若者に寄り添う内容となっており、まさに「将来を考えるのが『しんどい』」若者には福音のように「ささる」内容と言えます。
しかし、この筆者のこうしたことばをそのまま真に受けて、「じゃあ将来のことなんて考えなくていいんだ」と腹落ちするのもちょっと違います。現にここでも最後に「僕のアドバイスも無視して構わない」と言っています。「僕のアドバイス」すらも真理ではないのです。過去に生きる大人のアドバイスが未来に通用するわけもない、第一大人だって仕事のことをよくわかっていない、そんな大人の言うアドバイスなんて聞かなくていい……と言っている筆者もまたそうした大人の一人です。したがって、「僕のアドバイスもまた聞く必要がない」と言うのです。では、誰の言うことなら信じられるというのでしょうか。
おそらく筆者がここで言いたいことは、「自分含めて周りの大人の言うことなんて話半分に聞いておけ」、「そんな大人から少し距離を置いて、あなたはあなたの将来に向けて生きたらいい」ということなんだと思います。大人の言うことは「聞きたいところだけ聞いて」あとは放っておけばいい、そう「僕」の言うことさえもね、というわけです。
思えば、「将来を考えることでもたらされる『しんどさ』」は三つのうち二つが「大人由来」のものと言えます。志望理由書を書かせるのも自分の書いた志望理由書に手を入れるのも、大人です。そうした大人の指示やことばに振り回されることで「しんどさ」が生まれているのが現状です。であるなら、その大人の言うことなんて聞きたいところだけ聞いておけばいいというわけです。全部言うことを鵜呑みにしていたらますます「しんどい」ことになるからです。第一、そもそもこれには「正解がない」のです。たしかに、大人はそれらしいことをさも正しいように言ってきます。しかし、そもそも「正解がない」のだからそれすらも正しくはないわけです。だからそんな大人の言うことを全部信じる必要もないでしょう。
ただし、筆者は「大人に反抗しろ」という「不良のすすめ」を説いているわけでもありません。こうして言っている「僕」もまた大人なんだから、この「僕」が言っていることだって適当に聞いておけばいいと筆者は言っているのです。「大人の言うことをまともに信じるな」と主張する大人である浅生氏は、いわば「信頼できない語り手」です。ですから、「将来の仕事なんて選ぶ必要がない」という浅生氏の主張もまた、この言葉通りに信用することができません。この本を読んで将来を考える「しんどさ」からようやく解放されると喜んだ若者のみなさんには、大変残念なお知らせになりますが……。
将来とは「そういうもの」だと「割り切って」考えてほしい
大体、タイトルからして矛盾しています。「選ばない仕事選び」です。「選ばない」と言いながら結局は「仕事を選ぶ」話なのですからおかしなタイトルです。しかし、それが現実的には合っていることを本書を読めばわかります。筆者の言う「仕事を選ばなくていい」は恒久的に仕事は選ばなくていいという話ではないのです。学生時分の今無理に「選ばなくてもいい」し直ちに「選べなくてもいい」ということであり、だから今だろうが大人になってからだろうが現実的には「いつ選んでもいい」ということを言っているのです。
(前略)それなのに、学校の先生も親も社会も昔と同じままのタイミングで、将来について、たったの一回で決めさせようとするから話がややこしくなるのだ。
もちろん今の君が決めることは将来の君自身につながっていく。でもそれだけですべてが決まるわけじゃない。この先、何度も選ぶタイミングはやってくるし、ここがおもしろいのだけれども、たとえ選んでもけっしてそのとおりにはいかない。
浅生氏の言うことは、一見矛盾するように見えて、将来進路に対する現実的な話として的を射てます。ただし、浅生氏は「たったの一回で決めさせようとするから話がややこしくなる」と言っていますが、学校の先生も親もそして私も一回で決めるものだとは思っていないでしょう。また、大学入試の志望理由書に書いたことで将来の「すべて」が決まるわけではありません。私たちも筆者とこうした同じ人生観を抱いています。私たちもまた大人だからです。大学入試を終え、大学に進学した後も将来を考えて就活に勤しむだろうし、どこかに就職した後だってその先の将来を考え続けるはずです。そう、人生が続く限り将来進路を「何度も選ぶタイミングはやってくる」のです。さらに、ここで浅生氏も言っていますが「たとえ選んでもけっしてそのとおりにはいかない」のも人生のおもしろいところです。だからこそ、今大学入試を目の前に志望理由書を書いている高校生や大学生も安心して「適当に」・「気楽に」自分の将来進路を選んで欲しいのです。それを書いたくらいであなたの未来は確定するわけもないし、それどころか実際は将来その書いた通りにならないことの方が多いからです。ですから、将来の仕事は実際のところ無理に選ばなくていいですし、いつ選んでもいいと言えます。
しかし、その一方で筆者が言うように「今の君が決めることは将来の君自身につながっていく」のも事実です。全く将来について考えることなく人生を五里霧中で迷いながら歩むよりかは、ちょっとでも将来について考えて将来の仕事や生き方を決めたならば、それが人生を送る上での一つの「ガイド」となり少しは生きやすくなるのです。「将来のことは考えても正解なんてないのに、なぜ将来について考える必要があるのか」と言う生徒もいるかもしれませんが、わからないからこそガイドを作っておく必要があるとも言えます。学校の先生や親など私たち大人が、将来進路の決定や志望理由書の作成を強いるのは主にそうした理由からであり、持っている人生観自体は同じ大人である以上浅生氏とそう違いはありません。
将来の仕事なんて一発で決まるものじゃない、長い人生何回も将来進路が変わる機会がある、私を始め全ての大人はそれはとっくにわかっています。以前、別の拙記事の中でも書いた通り、「大学進学後に将来の目標が変わるかもしれない」ことを理由にして志望理由書が今書けない生徒に対して私が伝えたいことは、「大人はそれをわかった上で、今考えられる範囲で志望理由書を書いてほしいと言っているのだ」ということです。大人は長い人生の中で人生が計画通りに行かないことなんて最初からわかっています。高校生のときに決めた将来の目標が、大学に進学して多くのことを学びまた多くの人と接した結果変わったということはほとんどの大人が過去に経験しているのではないでしょうか。ですからそうしたことは「織り込み済み」で、大人は高校生や大学受験生に志望理由書を書かせているのです。したがって、志望理由書を書く高校生や受験生にも、将来のことを「そういうもの」だと「割り切って」考えて欲しいと私は思っています。「将来をこの一回で決めろ」と大人も考えているわけではないとわかれば、あなたの中にある将来を考える上での「しんどさ」も多少軽減されるのではないでしょうか。
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