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【企画参加・#noteでBL】 PINKY AFFAIR

本作は、毎度恒例、なみさんによる以下の素敵な企画に参加するために書いたものです。今回からあらすじとジャンルを付記し、別記事であとがきも投稿しますので、よろしければ、本編とあわせてそちらもお読み頂けると嬉しいです。

あらすじ:予備校生の汐見は、同じスクールに通う一歳上の永瀬に、とある秘密を握られている。永瀬は、その秘密をネタに汐見を呼び出すが、強請られるのかと思いきや、相手は自分の目的をなかなか口にしない。微妙にズレていく会話、見えない意図…。人を食った性格の永瀬に翻弄される汐見だったが、遠回しな彼の態度に振り回されるうちに、思いがけない事実を知り…
ジャンル:ライト・ミステリー


東京駅構内の、小さな書店に併設されたカフェで、汐見は待ち人を待っている。

目の前の通路を忙しなく通り過ぎてゆく人々と比べて、荷物が極端に少ないのは、彼が旅行者ではないからだ。テーブルの隅に置かれた、小さな革のサコッシュは、汐見とともになかなか訪れない相手を待っている子犬のようである。

先ほど購入した文庫本は、最初の数行だけが彼の興味を惹いて、その後はひたすらに退屈な展開が続いた。カウンターでテイクアウトしたアイスティーは、すでに半分以上が胃袋におさまっている。

東京駅は、都内にあるほかのどの駅よりも、旅の予感に満ちた場所だ。

お互いにアクセスが良い訳でもないのに、この駅を、「交渉」の場に選択する待ち合わせ相手は、やはり一筋縄ではいかない。そもそも、予定時刻を十五分ほど過ぎても、何の連絡もよこさないという事実が、彼の方が汐見よりも優位に立っていることを言外に証明している。

”午後一時に、あのカフェで。カレーが美味いから食ってみるといいよ”

時間を読み違えたのかと思い、スマホをチェックするが、やはり記憶通りのメッセージが画面に表示される。ちなみに、汐見はカレーを注文していない。一応、ささやかな抵抗、のつもりだった。

”大丈夫ですか?”

メッセージを送ると、意外なことにすぐ既読がついた。

”悪い、もうすぐ着く”

”今、どこですか?”

”駅に到着したところ”

汐見の記憶が正しければ、彼は中央線ユーザーである。恐らく、現れるまでにかかる時間は、あと一、二分。時限爆弾の導火線に、火が点されるところを、汐見は想像した。「交渉」の結果次第で、彼は危機的な状況に陥ることになる。

何となくそわそわして、伏せてあった文庫本を再び開く。しかし、視線はページを上滑りするばかりで、文字が頭に入ってこない。そのうちに、外国語を読んでいるような気分になり、目が回りそうになった。

お守り代わりに持ち歩いている漢方薬を取り出そうと、サコッシュを探る。それと同時に、入店した客の姿が視界に入った。

「ああ、ごめん、待たせたな」

「彼」——永瀬は、そう言って片手を上げた。言葉とは裏腹に、その表情には余裕がある。

汐見は、何と言おうか少し迷った後、小さく会釈をするに留めた。

***

時計の針を、逆に回す。

その日——汐見がピンク色の服を身につけたのは、「顧客」の指定によるものだった。

世間的に見れば、汐見は無職である。あえて職業を述べるとするなら、予備校生、ということになる。しかしそれは、肩書きであって、やはり生業を意味する言葉ではない。いくら勉学に励んだとしても、遊ぶための金は得られない。自然と、「仕事」が必要になった。

どうせ働くなら、割りのいい職場が良い。そして割りのいい職場は、高いリスクと隣り合わせであると相場が決まっている。しかし、十九歳という若さは、そのリスクをカバーして有り余る行動力と、愚かさを汐見に与えた。加えて、始末の悪いことに、彼は年齢なりの好奇心も持ち合わせていた。

彼を擁護する言い方をすれば、汐見は決して違法なことをしていたわけではない。ただ、指定された相手とデートをするだけだ。問題なのは、彼の所属する職場の顧客に、変わった性癖を持つ人間が多いことだった。その大半は男性だった。

「うん、やっぱりよく似合うね」

「…ありがとうございます」

その日の顧客は、汐見に女性ものの衣服を身につけるよう、オーダーした。注文が変わっているからといって、見た目までそうとは限らない。年齢は四十歳ということになっていたが、スーツを身につけたスマートな佇まいは、それよりもかなり若く見えた。

「写真を見て、絶対に君だと思ったんだ」

銀座、並木通りにある高級なカフェバーで、男はそう言って、汐見をまじまじと眺め、満足げに頷いた。

「女優のKに似ているって言われない?」

「いや、言われたことないです」

「そうか、化粧をしたらもっと変わるかも」

さすがにそこまでするのは、腰が引けた。汐見は、なるべく相手の感情を煽らないように穏便な相槌を繰り返し、何とかその日の仕事を終えた。別れ際、男は彼の手を握り、「また指名するよ」と、耳元で囁いた。悪い気は、しなかった。

しかし、そこで微笑んだのは、汐見の失策だった。

まさかそれを、近くで見ている人間がいるとは思わなかったのだ。さらに運の悪いことに、その人間は彼の通う予備校の生徒であった。

「これ、お前だろ?」

翌日、永瀬から送られてきたメッセージには、男に頬を寄せられて微笑む、自分の画像が添付されていた。

***

「カレー、食べなかったんだ」

テーブルに着くなり、永瀬は目ざとくその事実を見つけて、汐見に笑いかけた。その笑顔は、二十歳という年齢にしては無邪気に見えるが、何を考えているかまでは読み取れない。汐見は、警戒しながら「はい」と答え、グラスの底にわずかに残っていたアイスティーを、ストローで啜った。

ほとんど氷水のようになった薄い液体は、汐見の喉を余計に渇かした。

「永瀬さんは、食べないんですか?」

「うん、俺、カレー嫌いなんだよね」

「…そう、なんですか」

どこまでも、人を食った性格だ。「交渉」の相手として、これほど手強い人間はなかなかいない。ますます、汐見の警戒心は強まった。しかし、問題の画像は相手のスマホに収められている。永瀬の狙いが分からない以上、下手な態度を取るわけにはいかない。

「今日は普通の格好なんだね」

「あれは、ただの仕事で、俺の趣味じゃないので」

「そうか、なんか着慣れているように見えたから」

褒めているのか、弄んで楽しんでいるのか、判断がつかない。永瀬は、もう一度こちらへ向かってニコッと笑いかけ、わざとらしく自分のスマホをテーブルの上にのせた。整った容姿のせいだろうか。その様子は、やけに芝居がかっているように、汐見には感じられた。早く本題に入りたい。焦る気持ちが、手の平に汗になって滲み出た。

「あの、お金…ですか?」

汐見が小さい声でそう尋ねると、永瀬は、何かとても意外な言葉を聞いたかのように、片方の眉を上げて、首を傾げた。

「お金?」

「その、いくらで画像を買い取るとか…」

「ああ、なるほど、そういうこともできるね」

親指を顎に当てるだけで、否定も、肯定もしない。弱みを握られている立場とはいえ、やはり相手の方が、一枚上手である。たった一つしか年齢は違わないのに、その差がとても大きく感じられる。

「俺としては、なるべく穏便に済ませたいんだ」

言葉の意味を、図りかねた。

「お金じゃないなら、どうやって?」

汐見は、恐る恐る彼の顔を見た。一点の曇りもない青空を見ているような、不安な気持ちになった。

「当ててみてよ」

永瀬はそう言うと、軽くハミングしながら、スマホに手を伸ばした。

***

汐見が永瀬と話をするようになったのは、単なる偶然だった。

「あれ、何かついてるよ」

春——志望していた大学に入り損ねた汐見は、自宅から電車で十分ほどの場所にある予備校に通い始めた。真っ先に取ったのは、最も苦手とする古文の授業である。同じ教師の受け持つクラスに、永瀬も在籍していた。初めての授業の日、座ったのが、たまたま空いていた彼の隣の席だった。

「え?」

「ほら、これ」

話しかけられたのは、始業前のわずかな時間だ。永瀬は、何の躊躇いもなく、汐見の髪の毛に手を伸ばすと、指先についたそれを、こちらに示して見せた。恐らく、駅から予備校へ向かう並木道のどこかで、頭に降ってきたのだろう。薄桃色の、桜の花弁が、モノトーンの教室の中で、鮮やかに汐見の目を引いた。

「あ、すみません、ありがとうございます」

「いや、お礼を言われるほどのことじゃないよ」

彼の年齢を、知っていたわけではない。しかし、初めから汐見は永瀬に対して敬語を使い、永瀬は汐見に対して砕けた口調を用いた。この時点で、すでに二人の間の上下関係は決定づけられていたと言える。その後も、何度か教室が一緒になる偶然が続いた。いつしか、汐見と永瀬は顔を合わせれば会話をする仲になっていた。

「汐見って、女優のMに似ているって言われない?」

「…言われません」

「そうか、何となく目の辺りが…」

そう言いながら、軽く頬に触れてくる永瀬を、友人と呼ぶべきなのか、知人と呼ぶべきなのか、迷うところだった。連絡先は交換していたものの、会うと距離感が近いわりに、交わすメッセージの内容は、多くが予備校の授業に関することだった。ますます永瀬の印象は謎めいた。

桜が散り、青葉が繁る頃になっても、不思議な関係は続いた。

「駅まで一緒に帰らない?」

「はい」

普通、こういう場合、友人同士であれば、どこかへ遊びに行ったりするものではないだろうか。しかし、彼の誘いは、文字通り駅までの道のりをただ一緒に歩くことを意味していた。改札の近くになると、「じゃあ」とあっさり手を振り、足早に去っていく。

汐見は、そんな彼の背中を眺めながら、いつもどことなくもやもやした気持ちを抱え、自分も改札を抜けた。

そのもやもやが、このような形を取ることまでは、想像できなかった。

***

「要は、お前がどうしたいかによるよ。俺がどうするかは」

気がつくと、永瀬は自分で喋り出している。彼が口にする内容は、いよいよ禅問答めいてきて、趣旨が不明瞭だ。汐見は、混乱しながら、とっくにただの氷水になってしまったグラスの中の液体を、音を立てて啜った。案の定、味などしなかった。

「俺がどうしたいか?」

「そう、そこからまず、話さないか?」

「画像は…消してほしいです」

「それは簡単な話だ。けど、俺の記憶までは消せないだろ?」

何を求められているか、さっぱり分からない。ひどく近いところへ行くのに、わざわざ迂回したルートを選んでいるような気分に、汐見はなった。

「俺のこと、怖がってる?」

そう言って、永瀬は汐見の頬へ手を触れる。一瞬、体がこわばったが、動くことはしなかった。しかし、これは相手の気に召さなかったらしい。永瀬は首を横に振って「それじゃダメなんだ」と言った。

何がダメなのか、どうしてそんなことをするのか、やはり分からない。伏線を立てるばかりで、一向に回収されない推理小説を読まされているようなもどかしさを感じる。そして、より奇妙なことに、この事件の犯人が誰で、被害者が誰なのか、いまいち判然としない。探偵すらいない。汐見は、思い切って言った。

「あの、俺はどうすれば良いんですか?」

グラスの中で、氷が音を立てて崩れた。

「つまりさ…」

永瀬は、少しだけ横に視線をやると、普段と変わらない調子で、汐見に向かって言った。

「ほかの男にされても、お前は平気なんじゃないかってこと」

不意を突かれて、何も言えずにいると、彼はさらに言葉を繋いだ。

「やっぱり、俺の片想いか」

黙り込むと、一気に駅の喧騒が、汐見の耳に押し寄せてきた。雑音はひどかったが、バラバラになった点が線で結ばれたような感覚が、確かにあった。これまで永瀬に対して抱いていた正体不明の感情が、はっきりと輪郭を得た…気がした。

「それならそれで良いんだけど」

トーンを変えずに、そう言う相手に向かって、汐見は答えた。

「多分、違うと思います」

「え?」

「まだよく分からないけど、嫌なら、初めから避けると思うので」

本心だった。そして、この言葉は、永瀬の心に届いたらしい。彼は、来たときと同じように余裕のある笑みを見せながら、「そうか」と言った。手に取ったスマホを操作して、問題の画像を見せる。

「実はね」

「はい」

「これ、俺の兄なんだ」

「え?」

「昔から、筋金入りの変人でね。それは別にいいんだけど。困るのは、男の好みが俺と似ていること」

変人は、血筋ではないか、という言葉は、あえて口にしなかった。多分、それを言えば話はまたややこしくなる。強請られていたかと思っていたが、実は強請る立場にあったのは汐見の方だったらしい。永瀬は、汐見の目の前で、いとも簡単に画像を消去してみせた。

「その言葉がきけて安心したよ」

永瀬は、にっこり笑うと、再び汐見の頬に手をやって、言った。

「やっぱり、汐見はMに似ていると思うな」

続く言葉は、容易に予想がついた。

「化粧すれば、もっと似るはずだ」

やはり悪い気は、しなかった。

Fin.

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