「取り替え子」歴史と伝承・事件と映画
映画『Changeling』は、アンジェリーナ・ジョリー主演の、実話にもとづく犯罪ミステリーだ。
主人公の女性は、行方不明だった息子がせっかく見つかったのにもかかわらず、この少年は自分の息子ではないと主張する。警察や市当局にそのことを証明しようとすると、彼女は精神科病棟に入れられてしまう。
なんとも奇妙な話だが。1920年代の米国で本当にあった出来事なのだ。この親子に一体何が起こったのか。映画の内容を知っている人も知らないも、どちらも楽しめるように書いていくつもりだ。
子どもに関わる悲惨な事件であるため、「楽しめる」という言葉は不適切かも。ごめん。
子どもがいれかわっているーーという内容から、タイトルを「Changing」だと誤解している人がいたとしても、わかる。聞き慣れない言葉だが『Changeling』なのだ。
チェンジリングとは何なのか。
チェンジリングは、ヨーロッパの民間伝承にたびたび見られる、人間に似た別の生き物である。おとぎ話の中で。超自然的な存在が人間の子どもを誘拐した時に、代わり身として自分の子どもをおいていく。トロルやエルフの子と人間の子が、とりかえられてしまうのだ。
絵をいくつか貼ってみる。イメージがつかめると思う。


物色しているのだ。





魔法で本人に似せてあったりして、気づかない/多少違和感があるくらいになるという話。人間の赤ちゃんよりずっと賢い・食欲が異様に旺盛・歩行が困難などの特徴があるという話。赤子だけでなく、少年少女も対象になるという話。……複数のパターンがある。
1980年の同タイトル映画のイメージ画像には、車椅子が。こちらは、歩行困難説から発想を得たストーリーなのかも。

ここからは歴史を見ていく。
ある民俗学者によると。チェンジリングの一連の物語は、産業革命以前のヨーロッパにおける貧しい家庭と関連性がある。

農民の生活は基本的に厳しいものだったが。中には、飢餓状態に近い家庭もあった。いずれは重要な労働力になるとしても、そこまで養っていくのは困難なことだった。
食欲旺盛な幼な子は、家族全体にとってある種の脅威である。そういう感覚だったことが伝承から垣間見える。チェンジリングの特徴として、猛烈な食欲というのがひんぱんにあげられていた。
「チェンジリング」を殺害していたことも、物語の中だけの話ではなかったのかもしれない。

19世紀ヨーロッパ最大の飢饉は、(チェンジリングの伝承が複数ある)アイルランドで起こった。当時のアイルランドの人の半数が、ジャガイモしか食べていなかった。小麦や家畜は英国にうばわれていたからだ。そんな状況で、北アメリカから野菜の伝染病が入ってきて。頼みの綱のジャガイモまで腐ってしまった。
取り替え子の話ではないが。日本も、このようなことと無関係ではない。

間引きは、江戸時代中期以降に広く行われていた。親が生児を圧殺していた。
財政困難におちいった諸藩が貢租収取を強めていたところに、さらに災害が農村をおそった。全国的な飢饉もあった。
そういった背景があるにしろ非人道的な行為である、と戒めるための絵馬だったのだろう。上部に鬼が描かれている。

19世紀アイルランドの女性ブリジット・クリアリーは、夫からチェンジリングであると疑われ、殺害された。
アイルランドには、「あなたは魔女ですか。妖精ですか。それとも、マイケル・クリアリーの妻ですか」という格言があるという。
妻をとり戻すにはどうしたらいいか、妖精医師に相談したーーこういうことを嘲笑ってはいけない。昔のアイルランドの田舎に、「妖精より確実なものは存在しなかった」のだから。
昨日まで存在しなかった疫病(?現代ほど知識も情報もない)で、いきなり収穫全体が失われる世界で。原因や解決法を考えることができる、そういう対象が必要だったのだろう。
では、映画のもととなった事件を見ていこう。
1920年代にカリフォルニア州ワインヴィル(現マイラ・ローマ)で起きた、連続的な少年の誘拐と殺害。ゴードン・ノースコット事件/ワインヴィル養鶏場連続殺人事件だ。
裁判で3人の少年を殺害したとして有罪になった男は、本当はもっと殺したなどと語っていた。この人物は死刑になった。絞首刑で即死せず、死にいたるまで13分かかったそう。

男の名はゴードン・ノースコット。

カナダのブリティッシュ・コロンビア州育ち。1924年に両親と、アメリカのカリフォルニア州へ移住。
父親に頼んで、ワインヴィルの土地を購入し養鶏場を建設してもらった。
そこで、複数の少年たちに性的虐待を行っていた。虐待後は少年たちを家まで車で送り、解放していたという。誰かに話せば殺すぞとでも脅して、口封じをしていたのだろうか。
その内の3人を養鶏場で殺害。未成年のメキシコ国籍者と、カリフォルニア州で行方不明になっていた10才と12才の兄弟だ。
1925年、ゴードンとその母親が逮捕された。

母親サラ・ノースコットは、ウォルター・コリンズという少年の殺害にも関与した/ウォルター・コリンズは自分が殺害したと自供。
だが。ウォルター少年の母親クリスティーン・コリンズは、息子が死んだことを信じようとしなかった。
映画のビジュアルを使いながら、より詳しく解説していく。
1928年3月10日の夕方。クリスティーン・コリンズは、息子のウォルター(9才)に、映画館に行くためのお金を渡した。米国の都市で10才以下の子を1人で出歩かせるのは、危険だが。当時の感覚は今と同じではなかったのかもしれないし、彼女はシングル・マザーで働きづめだった。ウォルターが帰ってこず、警察に電話し行方不明者届を出した。

1928年5月16日。ネルソン・ウィンスロー(10才)とルイス・ウィンスロー(12才)兄弟は、帰宅途中に行方不明になった。後日、両親は奇妙な手紙を受けとった。1通目:僕らはメキシコへ向かう。2通目:僕らは有名になるまで帰らない。
メキシコ人未成年者と思しき、首なしの男性遺体が発見されていた。(時系列的にはこちらが先)
カリフォルニア州で、少年にまつわる連続性のある事件が起こっているのかーー。子ども・誘拐・殺害。
シングル・マザーで幼な子を育ててきたクリスティーンの悲劇が、特に世間から同情され。事件は全国的に有名になっていった。
いくつもの手がかりを追った後も、これら事件は未解決のままで。ロサンゼルス市警への圧力はじょじょに高まっていった。

と捜索している写真。
事件解決を求める報道の加熱と世論の拡大に、警察はとてもあせっていた。

ウォルターが行方不明になってから5か月後。イリノイ州警察からロサンゼルス市警察に連絡が入った。イリノイ州で1人で行動していた少年が、自分はウォルター・コリンズだと名乗ったのだ。
イリノイで見つかった?カリフォルニアにいた子が?旅客機など一般化していなかった時代だ。イリノイ在住者がカリフォルニアへ……カリフォルニア在住者がイリノイへ……今、考え得る可能性をあたまの中に書き出してみたのだが。その全てに合点がいかないところがある。

メディアは、ウォルター少年が優秀な警察のおかげで発見されたと報道した。公開同窓会なるものを企画し、放送する予定まで立てた。
少年の写真を渡された母親は、すぐさま、似ているところはあるものの自分の息子ではないと断言した。面目を保とうと必死だった警察は、それを聞き入れようとしなかった。ここは「ひとまず」少年を家に連れ帰ってくれ。そう、彼女に懇願した。


右:ウォルターだと名乗る少年
断言するが。警察の一部はわかっていた。「試しにこの子のめんどうを見てみてはどうか」「この子も行くアテがないのには違いないのだから」あなたの息子とさえ呼ばず、こんな発言をしていたのだから。
この映画は、こういう部分を問題提起するための作品でもある。大切なことだと思う。しかし、警察にも事情がないわけではなかった。
この前年から、ロス市警は大きなトラウマを抱えていた。身代金目的の誘拐事件で12才の少女を救えなかったこと。この少女がとんでもなく残酷な殺され方をしたこと。



ああ、今度は無事で本当によかった!!思考停止と言うか、無意識に最悪の現実から逃げると言うか。そんな心理状態の警官もいたのではないか。無理もない。
もう少し、この事件の話を続ける。

「お父さんが事故にあった」と、生徒の父親の同僚を名乗る男が、生徒をむかえにきた。今のアメリカでは(今の日本でも)ありえないが、大してたしかめもせず、学校は該当生徒をその男にひき渡した。その生徒は双子で2人とも同じ学校へ通っていたのに、男は1人しか連れて行かなかった。教師らは、後になって、双子の片方は帰っていないことに気づいたのだろう。信じられない失態だ。
悪いのは殺人だ。悪いのは殺人犯だ。しかし、しかしだ。あまりにも悔しい。この日この子を守るミッションは非常に簡単なものだった。世界から悪を根絶することはできない。私たちは精一杯努力して対抗せねばならない。
後に逮捕された犯人は、かつての父親の同僚だった。銀行員になりたての若い男が、出納係(父親)に横領を告発されたことへの逆恨みで、起こした犯行だった。これはどうしようもない。いつか報復されることを恐れて横領を見逃すなんてことは、誰もしない。
有罪確定後、男はすぐに死刑になった。
話を戻す。
3週間経ってから、クリスティーンは少年を警察署へ戻した。その際、ウォルターの歯科記録や、ウォルターをよく知る人たちによる「この少年はウォルターではない」という署名を持参した。彼女はいたってまともだ。

そこで、警察はどうしたか。彼女を精神科病棟に収容した。「コード12」をコールして。
ロサンゼルス警察の無線コードの12「個人逮捕令状に関する情報の要請の頻度をクリアする要求」だ。警察があつかいにくい/迷惑とみなした人物を拘留などする時に使うもの。

ちなみに。作中、彼女に手荒な治療がほどこされるシーンがあったと記憶しているが。それは、脚色がすぎると言わざるを得ない部分である。
結局、少年は、アイオワ州から家出してきた別人であることを認めた。
ウォルターになりすました動機は、ハリウッドに行ければ、映画館を体験できたりハリウッド・スターに会えたりすると考えたことだった。

アイオワ → イリノイの家出少年だったんだね。親元に帰りたくない極端な理由があったわけでもないのに、他人の家に他人の子として数週間暮らせた。そんな彼の精神状態の方がクリスティーンの精神状態より、よほど気になるのだが。自分が嘘をついている間にウォルター君が殺されるかもしれない!とか、思わなかったのか。よく黙っていられたものだ。
「彼女は僕にやさしかったし、自分ではない誰かになるのは楽しいことだった」12才でシャレにならない嘘がわからないなんて、ダメだろ。
無論、彼女は解放された。
警察の1人に対して訴えを起こした。

警察サイドからクリスティーンへの言葉(実録)。「私たち全員を侮辱するつもりか。それとも、母親としての義務をおこたって、息子を国に養わせたいのか。あなたは私が知る限り最も冷酷な女性だ」
シングル・マザーのみならず世界中の母親が、乾いた笑いを発するだろう。
彼女は勝訴した。その警察官と本部長はクビになった。
犯人逮捕へいたったきっかけは、カナダに住むゴードンの親戚からの通報だった。
行方知れずのサンフォード・クラーク(15才)を探すジェシー・クラーク(19才)は、カナダからワインヴィルへ向かった。

クラーク家は、うちの子がそちらへお邪魔していないでしょうか、といった質問をさまざまな関係者にしていた。ノースコット家にも聞いていた。こちらには来ていない、と回答されていた。嘘だった。ゴードンはサンフォードを呼び寄せていた。おおかた、アメリカに来てみたいだろう・映画館があるロサンゼルスが近いんだぞ、などと言ったのだろう。
姉は弟に再会できたが。とんでもない話を聞かされた。(ゴードンはサンフォードにも性的虐待をし、彼の目の前で他少年らを殺害していた)ジェシーの判断は懸命だった。その場で騒ぎ立てずに即帰国して、カナダの米領事館へ駆けこんだ。
移民法が邪魔をして、ロス市警はすぐに捜査に踏み出せず。はじめは、移民局員がノースコット家へ行った。ゴードンとゴードンの母親は、すでにカナダに逃亡してしまっていた。最終的に、カナダで2人は逮捕された。
まず、サンフォードが少年らの埋められている場所を示し。そこから遺骨が見つかった。ラテン系の少年が首を切り落とされたという彼の証言も、真実として聞き入れられた。農機具から、人間の血のついたオノなどが見つかった。

20人は殺したなどとのたまっていた犯人だが。どういうワケか、最期まで、ウォルターの殺害については否認していた。ウォルターを殺害したと語っていた母親も、後に自白を撤回した。ウォルター少年の痕跡(所持品など)は1つも見つからなかった。
この2人の口述など意味がないが。それは他人だから言えることで。母親からしてみれば、息子は生きているのではないかと思うのに、じゅうぶんな「情報」だったのかもしれない。
私は、殺人犯の言うこと = 全て信用できないと言っているのではない。
サラ・ノースコット「ゴードンは英国貴族の私生児だ」「ゴードンは私の夫と娘との近親相姦で生まれた子だ(私はゴードンの祖母だ)」「ゴードンはあらゆる性的虐待がある家庭で育った」このように女の発言が支離滅裂だったからだ。
『御定書百箇条』(『公事方御定書』の下巻)の78条には、乱心という単語が出てきて。心神喪失に対して減刑が考慮される可能性について、書かれているが。

この時代のカリフォルニア州法がどうこうと言うより。1920年代の一般人に、刑事責任能力の無さをねらうなどという知識はなかったはずだ。その辺りが定められていたかいないかの頃に、弁護士がそういう入れ知恵した可能性さえ低いのではないか。(そうであったのならば、もう少しまともな主張を展開していただろうというのもあり)
私が思うに、同情をさそおうと必死だったのだろう。自分に対してではない。もっぱら、息子に対してだ。息子の方は、母さんは関係ないなどとは一切言わなかった。あるあるだな。

サラは、この他にもありとあらゆる方法で、息子の無実と死刑回避を訴え続けた。絞首刑の判決を知ると、自分も絞首刑にしてほしいと切望した。(当時のカリフォルニア州法では、女性に対する死刑が認められていなかった)
被害者の母親クリスティーンと加害者の母親サラ。2人に共通点があるとまでは決して言えないし、言ってはならないとも思うが。母親というものの子どもへの愛情について、考える。
「子どもをもつと、世界全体が見えるようになる。他のものは全て消えてしまうからだ」ケイト・ウィンスレット
「母性の強さは、時には自然の法則よりも強いのである」バーバラ・キングソルバー
「彼女には、4本の腕・4本の足・2つの心・2倍の愛が必要だ。シングルマザーにシングルという要素は何もない」作者不明
私も何か、クリスティーン・コリンズに言葉を書いてみる。
彼女のまわりの誰もが、何らかの副次的な目的をもっていた。目的を1つしかもたなかったのは、彼女だけだった。息子に再会できる日まで、決してあきらめないーー。
75才で亡くなるまで、彼女は我が子を探し続けた。あの日、1人で外出などさせなければーーそんなことは本人が一番よくわかっている。最期まで自分を責め続けただろう。私たちがすることは、学ばせていただくことだけだ。
大人もいっぱいいっぱいの大変な世の中だが、社会全体で協力して、子どもたちを守っていこう。

