原油は240日分あるのに、なぜナフサは2〜3週間分しかないのか
ナフサは石油化学製品の基礎原料だが、長期保存には適さない。揮発性が高く劣化しやすい性質上、国内在庫は数週間分の運転在庫にとどまる。
有事の際もナフサ在庫は限定的であり、ポリエチレン等の中間製品を相互融通することで供給リスクに対応するのが実態だ。
備蓄よりも調達の多角化と中間製品での補完を優先するこの構造は、ナフサが「エネルギー源」ではなく「化学原料」であることに起因する。では、その具体的な仕組みはどうなっているのか。以下で詳しく見ていく。

その実態を端的に示すのが、国内のナフサ運転在庫だ。その量はわずか2〜3週間分にすぎない。
背景にあるのは、ナフサの法的な位置づけである。日本ではナフサは「燃料」ではなく「石油化学原料」に分類されるため、原油や石油製品のような国家備蓄の対象外となっている。結果として、企業が保有するのは操業維持に必要な最小限の運転在庫のみだ。
中東情勢の緊迫化など供給途絶リスクが高まる局面では、この2〜3週間という数字は致命的な脆弱性に映る。しかし問題の本質は「備蓄しない」のではなく「物理的に備蓄できない」点にある。なぜナフサは溜め込めないのか。その理由は、素材そのものの化学的特性に起因している。

ナフサが長期保存に適さない理由は、主に三つの物理的・化学的障壁に集約される。
第一に、高い揮発性と爆発リスクだ。沸点範囲が35〜180℃と広く、常温でも容易に揮発する。密閉された専用タンク以外での保管は極めて危険であり、設備面での制約が大きい。
第二に、酸化・重合反応の進行である。数ヶ月が経過すると軽質分が揮発して組成が変化し、石油化学原料としての厳格な仕様を満たせなくなる。燃料と異なり、化学原料としての品質基準は厳しく、わずかな組成変化も許容されない。
第三に、ゴム状沈殿物の生成だ。劣化が進むと変色や沈殿物が発生し、プラントへの投入が不可能になる。
つまりナフサは、保存すればするほど「使えないもの」に変わっていく素材なのだ。この特性こそが、備蓄戦略の根本的な制約となっている。

ナフサの保存上の制約は、他の石油製品と比較すると一層明確になる。
重油の使用推奨期間は3ヶ月程度、灯油・軽油は6ヶ月程度とされている。対してナフサはそれら同等以下であり、揮発性は「極めて高い」と分類される軽質混合物だ。重油が粘度の高さゆえに揮発しにくく、灯油・軽油が中程度の安定性を持つのとは、根本的に性質が異なる。
用途の違いも重要だ。重油・灯油・軽油が燃料として設計されているのに対し、ナフサの主な用途は石油化学原料である。燃料であれば多少の品質変化は許容されるが、化学原料としてのナフサは組成の精度が求められるため、劣化への許容度が極めて低い。
結果として、ナフサは類似石油製品の中で最も軽質かつ揮発性が高く、数年単位の長期備蓄は実務上不可能という結論に至る。これは運用上の選択ではなく、素材の本質に由来する構造的な制約だ。

仮にナフサを大量に備蓄しようとした場合、企業は三つの壁に直面する。
第一が「コストの壁」だ。揮発性の高いナフサを安全に保管するには、大型冷却・換気設備や防爆対策への多大な設備投資と維持費が必要となる。さらに保管中の揮発損失は目減りコストとして直接収益を圧迫する。
第二が「規制の壁」だ。消防法および高圧ガス保安法による極めて厳格な管理義務が課される。備蓄量を増やすほど法的対応コストと管理負担は比例して拡大する。
第三が「品質の壁」だ。プラント側が求める原料仕様は厳格であり、劣化したナフサはそのまま使用できない。廃棄または再処理が必要となり、備蓄したこと自体が損失に転じるリスクがある。
これら三つの壁が重なることで、企業レベルでの在庫積み増しは経済合理性を欠く選択肢となる。備蓄しないのは怠慢ではなく、構造的に備蓄が成立しない環境に置かれているという現実だ。

「国家備蓄の原油を放出すればいい」という発想は一見合理的に見えるが、現実はそう単純ではない。
日本の原油国家備蓄は約240日分と相応の規模を持つ。しかし原油を精製してもナフサとして得られる割合はわずか10〜20%にすぎない。残りの大部分はガソリン、灯油、軽油、重油として産出される。
さらに有事の局面では、輸送・暖房・発電といったインフラ維持に直結する燃料の確保が最優先となる。精製能力には上限があり、ナフサの増産を優先する余地は構造的に乏しい。
つまり原油備蓄の放出は、燃料不足への対応策としては機能しても、ナフサ不足の根本解決にはなり得ない。「備蓄はある」という事実と「必要な原料が確保できる」という結論の間には、精製という工程と収率という現実が横たわっている。

こうした制約を踏まえ、業界が採用しているのが「川上から川中へ」という備蓄のパラダイムシフトだ。
ナフサ(液体原料)の在庫は2〜3週間分にとどまるが、これをポリエチレン・ポリプロピレン等の誘導品・中間製品(固体)の形で保有することで、2〜4ヶ月分の在庫水準を確保できる。固体製品は品質が安定しており、保管コストも大幅に低い。劣化リスクと保管コストが大きい不安定な液体原料をそのまま積み増すのではなく、すでに加工済みの固体製品として時間を稼ぐ発想への転換だ。
これは単なる在庫管理の工夫ではない。備蓄の起点を「原料」から「製品に近い段階」へ移すことで、物理的・経済的制約を回避しながら供給途絶リスクに対応するという、業界全体のレジリエンス戦略の核心をなしている。

以上を整理すると、ナフサを巡る供給リスクの構造は三つのインサイトに集約される。
第一に、物理的限界。ナフサはその高い揮発性と劣化特性から、数年単位の長期保存に構造的に不適合である。これは意思決定の問題ではなく、素材の本質に由来する制約だ。
第二に、非現実的な備蓄。コスト・安全規制・品質維持の三重の壁により、原液のまま大量の在庫を積み増すことは経済的・法的に破綻する。「備蓄すれば解決する」という発想自体が、この素材には当てはまらない。
第三に、川中シフトによる最適化。サプライチェーンの強靭化は、川中製品(誘導品)の在庫活用と調達先の多角化によって担保されている。2〜4ヶ月分の中間製品在庫こそが、現実解としての備蓄戦略だ。
ナフサの問題は、備蓄の「量」ではなく備蓄の「形」をどう設計するかという問いに帰着する。素材の制約を所与のものとして受け入れた上で、いかにサプライチェーン全体でレジリエンスを確保するか。それが、この産業が静かに実践してきた答えだ。
