わたしが手にいれたいもの
わたしは人生において目的地を決めておいた方が、安心して物事を選択できるので、大まかな目標を常に持つようにしている。
それでもときどき、目的地を見失う瞬間が訪れる。そんなとき映画、「パストライブス/再会」を観た。母と映画館にこの作品を観に行ったのは2年前のことである。
この時はまだ、この映画の真髄を理解しきれてはいなかった。でも、今ならこの作品を通して伝えたいことがわかるような気がする。
映画のあらすじ
韓国で育った少女ノラと少年ヘソンは幼いながらも、お互いに淡い恋心を抱いていた。だが、ノラの父親の転勤で12歳の時に離れ離れとなる。それぞれ異なる国、異なる人生を歩む中で、2人は時を経て12年越しに再び言葉を交わすようになる。
12歳〜24歳〜36歳とキャリア、恋愛とライフステージが変化する中で、過去を取り巻く人間や自分自身と対話していく物語だ。
私が、パストライブスをもう一度観ようと思ったのは、24歳のノラと自分が重なったからである。
この映画をもう一度観て分かったことは、単なる男女の再会の奇跡の物語ではないということだ。
気づいたこと
私がこの映画で観て気づいたこと、それはあのとき、自分がもし別の選択をしていたらと『今の自分を形づくった過去を見つめ直す時間が誰にでも必要だということ』そして、『選ばなかった人生を悔やむのではなく、選んできた人生を肯定することが重要だということ』ある。
物語の中では、一度でも自分に縁があった人とのことを“イニョン”=韓国語で運命と呼び、それはパストライブス(前世)から繋がりや、選ばなかった過去の人生を示唆している。
私は、これまで手に入れたいもののために、
沢山のものを手放してきた。
その選択には覚悟も責任も伴っていて、自分の人生だから好きに選択すればいいという綺麗事だけでは済まない現実があった。
今の人生は、自分の考えで選択したことと、自己発信ではない要素が組み合わさっている。その選択や影響は正しいものだったんだと自分に言い聞かせるために、一度選んだ道は正解にしようと決めて生きてきた。
でも、人生は一度選んだ瞬間に固定されるものではない。私のこころは明日も明後日も更新されていくのだから、変わった自分によって何度でも書き換えていいのだと思ったら、決断することを重く考えなくなった。
いまの私が手にいれたいもの、
目的地を考えた時、一つの答えにたどり着いた。
それは、「いつでも未知を選択できる自由を手に入れること」である。
少し抽象的になってしまったが、要は、健康な身体、時間、その生活を維持していくお金を維持して、自分の意思に基づく希望がいつでも叶えられる状態であること、そしてそれを妨げるものを排除していくことが必要なのだ。
自分が手に入れたいものは何年かかっても
手に入れられるように、理想は言葉にしていく。

