徴兵制というケツの穴──最後の福祉
国家は長い時間をかけて、男のファルスを去勢してきた。
支配欲は悪とされ、征服衝動は異常とされ、競争心は危険とされた。
少年は学校で整列させられ、空気を読み、大人しく、優しく、従順に育て上げられる。
国家は男を安全に管理可能な存在へと改造してきた。
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だが今、国家はまた新たに語り出す。
「徴兵制も検討しよう」と。
「平等な責任感を育てよう」と。
「国家防衛は全員の義務だ」と。
美辞麗句が並ぶ。
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この皮肉に私は微笑む。
今さら「国家のために戦え」と?
国家は男たちに向かって、長年奪ってきたファルスを都合よく加工し、空想上の義務感として返却しているのだ。
だが、その返却されたファルスは既に本物ではない。
死を伴わない、支配を伴わない、管理可能な暴力のイミテーションに過ぎない。
死なぬ愛国心、管理された暴力──去勢国家の理想的ファルス。
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しかし──暴力は管理しきれない。
たとえ制度化されようと、暴力が再配布された瞬間、侵犯の欲望は必ず発生する。
私は想像する。
国家が再び私に銃を与え、暴力を合法化した瞬間に何が起きるか。
ナポレオンを思い出す。
革命国家が武力を解放した結果、若者たちは暴力を私有化し、国家そのものを簒奪した。
水晶の夜を思い出す。
国家が暴力を統制しきれなくなった時、群衆はその暴力を勝手に行使し始めた。
226事件を思い出す。
去勢国家の若き将校たちは、国家から与えられた暴力で国家を直接侵犯しようとした。
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国家が男に暴力を再び渡せば、
男は必ず「国家そのものを簒奪する誘惑」に目覚める。
それが本来のファルスだ。
死と征服と支配の快楽は、制度の美辞麗句では消えない。
ファルスは必ず国家侵犯の欲望へと転化する。
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徴兵制とは、
国家が自ら提供してくれる最後の福祉である。
それは表面上、義務感の平等配布に見えるが、
実態は国家が最後の自殺衝動を内包する危険な贈与なのだ。
国家は去勢しすぎた。
男はもはや国家に奉仕する忠誠心など持っていない。
だが銃と暴力を与えられれば、男は自らの王国を夢想し始める。
「ならば国家ごと奪ってやろう」と。
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国家が生きるとは、男がもう一度死ねる国家に戻ることだ。
だが国家が死ぬとは、暴力を管理できなくなった男たちが国家そのものを喰い尽くす日である。
徴兵制──
それは国家が自ら提供してくれる最後のファルスであり、静かに忍び寄る自殺の種子である。
