ロシアが打ち破ったのは何だったのか?──それは西洋のくびきだ
ロシアが打ち破ったのは何だったのか?──それは西洋のくびきだ
ウクライナ戦争は、プーチンの奇策でも、帝国の復活劇でもない。むしろその本質は、ロシアが「西洋の論理」からの離脱を試みた、その精神的・制度的な決裂にある。打ち破られたのはNATOだけではない。欧州的秩序という「見えざる首輪」──すなわち、進歩史観、民主主義信仰、市場の中立性、そして官僚制度による国家運営の信仰体系そのものだった。
ロシアはそれらの「合理的世界」を否定することで初めて「戦争が現実にある」世界へ回帰した。他方、西側は、未だに「戦争は抑止できる」「国際法が機能する」「戦後秩序は普遍である」と信じて疑わない。まさにこれはイブン・タイミーヤの時代に酷似している。世界の中心を失った人類が、正統と背教の間を揺れ動き、旧支配の残響にすがりながら、新しい支配の正当性を見出せずにいる時代。
ロシアはウクライナを平定できていない。ドンバスは泥濘に沈み、キエフはなお抗っている。だが、ロシアが打ち破ったのは領土の境界ではない。西洋的世界観の「くびき」そのものだ。法が秩序を支えるという信仰、選挙によって正統性が得られるという迷信、制度が暴力より上位に立てるという幻想。
そしてこの動きは、プリマコフに端を発する。かつてソ連が崩壊したとき、ロシアは一度「西洋になろう」とした。市場経済、民営化、選挙制度──だがそれはうまくいかなかった。プリマコフはその失敗を見て、「ロシアは西洋ではない、むしろユーラシアである」と言った。ここから「多極化」という理想が語られはじめた。だが、出現したのは多極化ではなかった。むしろそれは無極化──どこにも中心がなく、正義も通貨も制度も漂流する時代だった。
この世界において、プーチンが構築したロシアとは何か。それは制度的国家ではない。むしろ制度を凌駕するネットワーク的国家、諜報、経済、宗教、そしてユダヤ人的知性──古くからロシアの制度を実質的に支え続けた周縁の知が、中心を失った国家を代行している。だからこそ、ロシアはユダヤ人を迫害できない。プーチンはイスラエルとも一定の距離を保ち、アメリカ的リベラルの「善悪二元論」にも加担しない。キュロス大王のような表向きの寛容、その裏にあるのは、制度への不信と、制度外の知への依存である。
つまり、ロシアが打ち破ったのは「制度的西洋」なのだ。戦略的合理性、制度的信仰、統計と予測による世界把握──そのすべてが西側で崩壊しつつあるなか、ロシアは予測不能で非合理な「世界そのもの」と共にある。戦争が再び、政治の延長ではなく、世界そのものの真実をあぶり出す時代。それがイブン・ハルドゥーンが見た時代、イブン・タイミーヤが戦った世界だ。
制度はまだ生きているように見える。だがすでに、制度は制度のふりをしているだけだ。国家は国家の演技を続け、大学は大学のフリをし、通貨は金属の記憶を失ったまま印刷される。
ロシアが打ち破ったのは、この演技された西洋だった。
