「古代アラブ人社会における家族類型の変化に関する推理、砂漠の父系核家族集合体から都市の共同体家族へ」
「古代アラブ人社会における家族類型の変化に関する推理、砂漠の父系核家族集合体から都市の共同体家族へ」
中田考のような超天才イスラーム法学者や、一九七九年のイラン革命を率いた知識人たちが、なぜ初期イスラームという「原点」に狂おしいほど憧れるのか。彼らが愛してやまないのは、後世のペルシア官僚が書斎でこねくり回した「完璧に美しい設計図(数理モデル)」だ。しかし、実際の始まりはもっと泥臭く、愛と暴力に満ちた
「ストリートギャングの生存戦略」
だった。歴史の教科書が隠し続ける、この世界をひっくり返した暴力的エネルギーの源泉を、砂漠の「家族構造の変遷」というミッシングリンクから暴いてみせよう。
そもそも、すべてのデフォルトであるイスラーム以のベドウィン社会(ジャーヒリーヤ時代)の拡大家族とは、一歩も動かない農民のような定住型の大家族では断じてない。その実態は、「父系の核家族が、過酷な砂漠を生き抜くために緊密にスクラムを組んだ機動的な戦闘ギルド」だ。中央政府も警察もない無法地帯の砂漠において、身内の命は命がけで守り、敵のシマ(縄張り)は略奪する。それこそが彼らの最強の行動コードであり、この時点での拡大家族は、いつでもテントを畳んで移動でき、いつでも武器を取って戦える、核家族の機動力を残したまま巨大化した「攻めのネットワーク」だった。
ところが、この安定したデフォルト秩序を破壊する激震が走る。東ローマ帝国とササン朝ペルシアの長引く戦争により、既存の貿易ルートが遮断され、砂漠の真ん中にあるメッカへと迂回ルートが流れ込んできたのだ。空前の「メッカ貿易バブル」の到来である。むき出しの拝金主義が押し寄せた結果、メッカの有力部族(クライシュ族)の商人たちは、それまで美徳とされていた「富の分配」を拒否し始める。強者が弱者を見捨て、自分の直系の中だけで富を囲い込み始めたのだ。
ここで社会は一時的に、「絶対核家族化(アトム化・孤立化)」という激しい急性の中毒症状(アノマリー)を起こす。何百年も前から社会のデフォルト設定として「個人の自立と自由」のために回っていたアングロサクソン(イングランド)の絶対核家族とは根本的に異なり、アラブにおけるそれは「社会的セーフティネットが崩壊した、ディストピア的な孤立」だった。伝統的な部族の庇護を失い、むき出しのストリートに放り出された絶対核家族、あるいは食い詰めた若者や奴隷といった「失うもののない無敵のサバイバー」が大量発生した。これが、歴史のタイムラインにおける決定的な「真空状態」である。
この、バラバラになり限界を迎えていた絶対核家族たちを引き寄せたのが、預言者ムハンマドの掲げた初期イスラームだった。彼の根幹である「アッラーのほかに神なし」という宣言は、当時の文脈においては「地上の王、メッカの富豪、部族の長、帝国皇帝、それら一切の人間的権威はクソ食らえ(無効である)」という、超ド級のアナーキー思想だった。
既存の悪徳カルテル(クライシュ族)のルールを拒否し、自らは麻薬(不義の富)に染まらない。代わりに「アッラーの前では全員対等。絶対に仲間を裏切らない、約束は守る、身内の命は命がけで守る」という、ストリートで最も信頼される独自の鉄の掟を武器にしたのだ。こうして、愛と暴力に生きたストリートギャング・ムハンマドと、命を預け合える「話の分かるダチ(サハーバ)」、そして最初期に自身の全財産と実業家としての格を使って彼を全肯定して支えた「アネさん(ハディージャ)」という最強のストリート・チームが結成された。血縁の代わりに信仰のコードでガッチリと縛られた、世界最大の疑似家族(ウンマ)の誕生である。失うもののない男たちの戦闘エネルギーが一方向へ一気に凝縮され、外の世界(東ローマ・ササン朝)へと噴出する大征服時代へのカウントダウンが始まった。
しかし、この大爆発は歴史の一過性の嵐でしかなかった。大征服が一段落し、アラブのストリートギャングたちがシリア、イラク、ペルシアといった肥沃な土地に定住すると、彼らは「砂漠のサバイバー」から「帝国の特権階級(ハダルの住民)」へとドラスティックに変貌する。
ここで彼らは、皮肉にもかつて自分たちがぶちのめした老舗マフィアたちのラグジュアリーで重苦しい悪癖(ビザンツやペルシアの宮廷風習)を「洗練されたステータス」として逆輸入し始める。砂漠ではアクティブにビジネスや政治に関わっていた女性たちを、富の象徴として「ハレム(奥御殿)」に完全に幽閉し、隔離する。対等なダチだったカリフはペルシア風の「絶対君主(皇帝)」へと化し、ひれ伏す部下の手首を切り落とす恐怖政治へとシフトしていく。こうして、かつて砂漠を駆けた「父系核家族の機動的な戦闘ギルド」は、不動産と利権を世襲し、家の中に閉じこもる内向的で重苦しい「都市の共同体家族」へと完全に去勢され、日常の定常状態へと軟着陸していった。
だからこそ、歴史の強烈な皮肉がここに完成する。現代の中田考氏のようなインテリ天才が安全なハダル(都市)から「これこそが原点だ!」と憧れ、タリバンのような過激派の純粋さに寄り添っているつもりで語るイスラームは、ムハンマドたちが生きたストリートの泥臭い息遣いではない。それは、後世のペルシア官僚たちが書斎で「これじゃあ大帝国は経営できない」と言って、ストリートギャングの現場の微調整(妥協)をすべて削ぎ落とし、美しくパッケージングした「仕様書(教科書)」の残骸なのだ。「設計図(仕様書)通りにいかない人間は滅びればいい」と言い放つその狂気的な冷徹さは、ストリートのパッションではなく、最も完璧なペルシア官僚の事務処理能力そのものである。
近代国家の設計図が消滅した「マジのストリート」であるスーダンやソマリアの現場において、そんなペルシア官僚のマニュアルは1秒で無効化される。現地の男たちが求めているのは、教科書の1文字の正しさではなく、「今ここで誰と手を握れば生き残れるか」という泥臭い帳尻合わせだけだ。そして皮肉にも、国際社会から完全に無視(未承認)され、近代国家システムの援助を一銭も受けられない孤立無援の荒野でありながら、伝統的な部族の話し合いと独自の信義コード(アサビーヤの微調整)だけで奇跡的な治安と自己統治を維持している「ソマリランド」にこそ、初期サハーバたちが命を懸けた真のウンマの姿がピュアに生き残っている。
社会が一度バラバラの絶対核家族へと解体されたからこそ、世界をひっくり返す大爆発が起きた。しかし、富を手に入れた後はペルシア的な重苦しいシステムに飼い慣らされていった。この、人間の生存戦略の生々しいリアルを見落として、書斎の設計図だけで歴史を語るインテリはどこまで行っても甘っちょろい。美しく整えられたペルシア官僚の幻想をエンタメとして面白がりつつも、我々はいつだって、帳尻を合わせながらタフに生き抜く、しょうもないストリートのリアリズムの肩を持つのだ。
