見出し画像

未来予測シナリオ「へずまりゅうが返り討ちにされる日」――木更津ナイジェリア自治区にて

未来予測シナリオ

「へずまりゅうが返り討ちにされる日」

――木更津ナイジェリア自治区にて

20XX年夏。木更津市の一角は、すでに「ナイジェリア自治区」として定着していた。警察も行政も立ち入らず、独自の市場と宗教施設、自警団が日常を維持している。SNSでは「リトル・ラゴス」と呼ばれ、日本の都市の中に存在しながら、別の主権が機能していた。

その区域に、一人の男が突撃した。
「お前ら日本ででかいツラしてんじゃねえよ!」
自撮り棒を掲げ、カメラを回しながら、へずまりゅうが大声を張り上げる。かつてスーパーで万引き突撃をして炎上し、地方議員にまでなった彼にとって、ここもまた“ネタの現場”に過ぎなかった。

だが、ここはもはや「日本」ではなかった。

カメラの向こうから現れたのは、数人の若者。Tシャツ姿だが腕は筋肉で膨れ上がり、鋭い目でへずまを囲む。言葉は通じない。だが、態度は十分に伝わった。
「侮辱だ」
その一言がきっかけとなり、次の瞬間には拳が飛んだ。自警団が集まり、群衆が集まり、へずまりゅうは地面に叩き伏せられた。

「日本で調子に乗るな!」
「ここは俺たちの街だ!」

その声は日本語ではなかったが、動画に映る怒声と暴力は、誰の目にも明らかだった。

SNSに上がった映像は瞬時に拡散した。
「日本のYouTuber、ナイジェリア自治区でリンチ」
「日本の治安が及ばない場所で何が起きているのか?」

しかし、日本の警察は動けなかった。ここはすでに「不可侵区域」だったからだ。暴力を使えば人権侵害と国際問題になり、放置すれば国家の権威が瓦解する。どちらを選んでも、日本は敗北する。

歴史家は語る。
「へずまりゅうが返り討ちにされた日こそ、日本人が“暴力の幻想”から目を覚まされた日でした。空気で維持された社会は、本物の暴力に一撃で貫かれたのです」

その後、ナイジェリア自治区の拡大はさらに加速した。リンチ事件はむしろ「彼らの自治権を示す儀式」として神話化され、六本木や原宿にも拠点が拡がった。日本人は警察ではなく自警団に守られるために自治区へ金を払い、やがて労働力として取り込まれていった。

かつて議員バッジをつけ、炎上を武器に生き延びた男も、この街ではただの一市民に過ぎなかった。そこで倒れた彼は、一つの時代の終焉を象徴していた。

――へずまりゅうが返り討ちにされる日。
それは単なる一人のYouTuber、元議員の悲劇ではなかった。
それは、戦後日本が作り上げてきた「笑いと空気による秩序」が、世界の現実に打ち砕かれた日だった。

へずまりゅうとは、平和で豊かな戦後民主主義が生み出した「無害な暴力」の象徴的人物だった。
だがナイジェリア人は違う。血と汗、暴力、生き延びるためならどんな嘘でもつくという、リアリズムの中の暴力的虚構を生きる人々だ。

彼のカメラは、この地では武器にはならなかった。
もはや彼のチャンネルは笑えない。
笑いは暴力に勝てない──そのことを、この夏の木更津は冷酷に証明したのだ。

いいなと思ったら応援しよう!